ドール・芸術系日記




コスプレ研究6~70年代の、異世界キャラの肌の色関連で、焔仁氏について少し。 6/13
昭和当時のカメラ・フィルム系のヌード広告について更新中。
当時からの国内のヌード表現の情況。胸は消してるので例によって15歳以上向けと思ってもらえれば。
(2015_1/31 バルテュス最後の写真展 感想
2015_1/25 amazon問題  1/26 木村伊兵衛のパリ)
(感想他。少女マンガ・ガールズ系についての話題も)

コミケ系列の児童ポルノ関連に関する意見と自分の意見は違います。
僕は悪質同人誌に関するコミケの方針に反対していますので、念の為。
(猟奇や悪趣味を賛美したり女子キャラへの虐待内容を肯定する悪質同人誌群については批判してます)

● 偽ブログについて解説ページ あとで偽ブログを追加編集します。

● このページは現在IEだとフリーズします・・・Google Chromeならとりあえずはスクロールはできますが、
Google Chromeの場合、<A NAME=""#●●●>の定義を受け付けません。
各企業ブラウザの個性なのかバグなのか、差が激しすぎて何がなんだか・・・(--); 7/26


藤城清治美術館の館長、藤城亜希さんのブログが始まったみたいです!!

光の散歩 清治 亜季 影のおしゃべり
藤城先生手術無事成功!!ケロヨンもお祝いで楽しそうです。
冬きついですがお身体お大事に!!冬です。ウチの地区も寒いよ((^▽^))ブルブル


◎ ↓ 可決されちゃったらしい。やっぱコミケ系の反対運動は駄目だね。
◎ なんていうか、創作人形や彫刻、絵画など美術系志望の人にも他人事ではないだろうと思う、
例の法律の改正法案が提出されたみたいなので、その件について色々書いてみました。
あの法案はアニメコミック系側の理由からのみ反対するべきではなく、
美術製作上の資料保護という観点や時代を記録する写真というジャンルの保護観点から、より論じるべきだと思います。
僕の文はTOPページから参照です。(2013_6/1)

◎ コスプレイベントにはもう行ってないんだけど、以前からの悪質スタッフからの叩きについて、
コスプレ研究ページに更新しました。でも暗い内容なので、興味ない人は見なくてもいいです。
昔から僕に関する悪い噂について聞いて疑問があった方向けです。


昨年の88歳(米寿)記念展覧会、「藤城清治 光と影88」展の感想、あとで書きます。
ていうか写真撮影は自由だったのですが、どの写真を紹介しようか迷ってるというのがあって;
めったやたらに写真載せるというわけにもいかないし。(4/16)

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by Kohji Molimoto.





◎ 八王子夢美術館の「こえだちゃん40周年展」!!明日9/3まで!!
  桜井勇さんの各種イラストや歴代こえだちゃんトイが勢ぞろいです!!
  こえだちゃんのオモチャも限定グッズも多少あります。
  図録も売ってますが、それに載ってない展示もあるので、是非。中学生以下は入場無料です。(9/2 10:01)


● ・・・モジャQteの店長、和田氏がなくなられたそうです。公式ブログのコメント欄で本多氏の告知がありました。
  お別れ会は、9/3、京都の方だそうですので、昭和リカちゃん系他でお別れしたい方に、ご連絡までです。(8/31 23:43)
  Facebookにも書きましたが、亡くなられた原因は警察見解では熱中症だとの事です。(9/2 9:59)
  お別れ会の会場は公式ブログ通りだそうです。お寺の方が来るそうです。
  弔電は「故 和田圭史 ご遺族 様」で大丈夫です。(様を重ねるのは避けます) (9/2 19:37)


○ 創作系について近況。夏まで2〜3ヶ月間、結構重い腱鞘炎になってしまい、どうにもこうにもでした。
  あとは通風。結構なおるまで時間がかかった。1ヶ月くらいは苦しんでると思う。
  でも、タカタも飲み終わってザイロリックをしばらく飲んでるので、体質改善・・・出来てるといいなぁ・・・。
  今夏はほとんど日に当たる所に出なかったので、日焼けアレルギーも少なめだったんだけど
  実際それがアレルギーなのか、もはや自己免疫障碍のレベルなのか?ってのがかなり自分でも疑わしく、
  しかしその検査をしようにも通風なおらなきゃどうにもこうにもだ!!って感じで。 お医者さんにもそう言われたし。
  (でも、仮にそういう病気だとして、ステロイド飲み続けでムーンフェイスってのも、嫌なんだよ・・・生きるのに必要なら飲まなきゃだめだけど・・・)
  あとちらほら・・・年齢並みの問題が身体的には起きてきてます。まずー
  あぁ・・・腱鞘炎は、なんとか普通に色々道具がもてるようになってきたので、色々と・・・
  残り期間が短い中行きたいのは、古代ギリシア展かな・・・あとはマーガレットキャメロン展と、
  どうやら府中市美術館でフジタ展がまたあるらしいんだけど・・・秋が涼しくなるといいなぁ・・・!!      (2016_9/7 11:10)


○ もはやどうせ誰かに解ってもらおうとしてるわけでもなく。・・・今後はただ自分のラインを行きます。
  知ったことかなのです。 (2016_2/9 4:03)

○  ( ↑ の解説)・・・ていうか「文章で書いてきた事の中に「過去、解って欲しかった事」があるのは認めるし、
  それを今理解してくれている擁護派がいるのにも感謝しているんだけど、
  ぶっちゃけた話、いかんせん僕の主張がネットで多少なりとも力を持つまでネット民が成長するのが遅すぎたわけで、
  僕自身も自分の主張のデバッグ(無意識な情報的バグの)するのに時間がかかったわけで、
  ・・・しかも僕のオリジナルデザインなど作品の場合は、理解してもらえるようになるのを待つ程、理解してもらえるのを元々期待していないというか、
  その発表時期を1年とか逸すると時代遅れになりかねないリスクもあるわけで、
  そんなリスクしょう位なら、他人に理解できない作品延々作る方が全然いいのかもしれないし、
  解説説明の無い状態で絵などUpした方がキレイに見えるのかもしれないなとか思うわけじゃん・・・?
  その辺どうしたものかってのはあるけれど。(2016_2/9 4:09)


○ ていうか自分の場合、もう本当に好きな作品は自分の作品になってしまってるので、他の作家で狂うくらい好きってのはあまり無い。これは美術でも漫画でもアニメでも写真でも同じなんだけど、
  でも共感的な意味ですごく好きだ、ってのはたまにある。でも美術っていうか、アニメかな・・・やっぱりアニメは一人じゃなかなか作れないから。でも線画で誰かに嫉妬するとかは殆どない。漫画でも線画でも誰かに嫉妬するとか殆どない。
  でも連載再開後のFSSでちょっと嫉妬したりしちゃいそうなものが出てくれると、僕もモチベーション上がるるる〜〜〜〜!!とか思えそうで。なんか僕もロボット描きたい!!って思わせてくれる他人の作品って、もうFSSしかないんだよ!本当に!!(いや僕も自然発生的にはロボット描きたいって思うんだけど、限界があるんだ自分の初発動機のモチベーションでは!!パクる気とかは全然ないけど、自分の秘蔵ラフとかをクリンナップする気力が萎えるっていうか・・・さ・・・)
  あー待ってて良かった。某書店で予約したからさ。
  でも、最近本当に酷い話なんだが、某書店・・・僕が予約した書店・・・ショッピングセンター内にあるんだが、そこにはもう、NT誌って月に3冊しか入荷しないんだよね・・・。そして、それでも余ってる。売れない。きれいな書店なんだけどね、本当に駄目らしい。
  アニメ雑誌ってそこまで売れないか、ってくらいその書店では売れないらしい。だから「次のNT誌は売れると思いますよ?」と僕は言ったんだけど、店長自身が全くノリ気じゃなくて。なんか発注しようとしても「おそ松さん」のあれとか大変だったらしくて出版社に電話がかからないので「アニメ誌追加発注はもうやめた」状態らしい。うぅ・・・
  昔自分と仲良かった店長さんの書店が・・・もう閉店しちゃったんだけど(大河原さんの家が近くに書店開店してた頃、店長氏が書いてもらったというサイン入りポスターがずーっと店内に貼られてて、よくアニメ話などをした)、あそこには15冊以上は入ってたよね。でもあそこは閉店してしまった。本当に寂しいよ・・・
  みんなamazonとかで買ってるんだろうか?すごく売れてるんだろうなぁ、amazon。なんだかんだ言って僕も結構買ってる。けど僕は意外に本屋に買いに行くって行為自体も好きなんだよね。まぁそういう小売書店の心情を出版社がわかってるか?って言ったら・・・解ってないんだろーなーっ・・・
  だって見なくちゃ買いかどうかなんてわからないじゃん!「買いだ!」と思えば僕は買うからそれでいいんだよ。でも見れないと買おうかどうしようかって感じだし、それでめっきりコミック単行本買うのも減ったよね・・・・・・。もうずっとコミックに使う費用より、映画パンフや美術書籍に使うお金の方が多い。  (2015_2/5 3:49)


○ ていうか昔に比べたら球体関節人形作家ってのも本当に増えてきて。自分が中学高校の時なんかまだまだ本当に少なかったよね・・・
  でもなんかみんな相互影響しあっちゃっているし、世界は狭いしで、みんなどんどん似通っちゃってるじゃん・・・ってのがあって、それで結構逆に悩んでしまってたり。
  前も書いたか知らないけど、今僕の人形は日本人二重(自分は・・・奥二重になってしまったけどー)なんだけど、でも本当にかわいい外人少女を作りたいなら、本当は外人二重じゃなきゃって感じだった。だからどう見ても外人少女じゃなくてハーフ顔なんだ・・・・・
  まぁ、ほぼ、出来てはいる。

  でも塗装とかは結局レジンが全部出来てからじゃなきゃ決まらなさそうです。塗装で表現するか、やっぱりモールドにするか、ってのがあるじゃん?どこまで行っても・・・
  いまはちょっと金銭的に余裕があるので、材料先に色々買っとくのも良さそう。かわいいんだけどね、まだ追求が足らないってのは事実なんだ・・・。
  でもモールドの明暗だけで表現してるものがレジン化して下地塗装した時にどんなものになってくるかは解らないので・・・でもやってみるしか。  (2016_2/5 3:23)


○ 新作スターウォーズでキャプテンイサノという真紅の宇宙海賊が出てきて、そのデザインが前僕の描いたこれ→ と頭の形とか目から上下に伸びるラインとか似てるって点なんだけど、
  まぁそりゃ複雑な思いというのは確かにある。確かにあるんだが、ちょっと嬉しさもあるというか、それは自分の描いたものをもしかしたらSWスタッフも見てるのかもしれないという嬉しさというか、「フォースを学びなさい」じゃないけれど、SWスタッフが日本なり世界なりから常に色々学ぼうとしているんじゃないか?みたいな、その貪欲な姿勢。その「常に学習しながら世界に通用する作品を作る」という姿勢が感じられて、そこが多分嬉しいんだと思う。まぁ新作SWの骨組みは旧3部作のXウイングでタイファイターでストームトルーパーでハンソロでチューバッカなので、キャプテンイサノは本当にサブキャラどころかチラ見せキャラなんだけど。
  ていうか僕の絵じゃなくて、ライダーオーズのメズールかもしれないんだが。でもメズールには鼻の穴ないし。いやメズールってマントしてるな。やっぱメズール?
  まぁ僕のは鼻の穴一つなのに、二つになってるのがちょっと・・・ってのはあるけれど。その辺の感性はわからないな!!(笑)
  でも逆にSWにいきなり僕のデザインぶっこんだらヒーロー然としすぎてカッコ良すぎるだろうな、とは思う。
  ・・・SWはやっぱりアメリカ文化や聖書文化による所がどこかにあるから、作品の絶対的ヒーローは、もっともカッコいいのは、人間じゃなきゃいけないんだろうし。 そう色々僕も考えて、考えても今後描く絵はそんなに変わらないかもしれないけど、こういう事があると刺激にはなっていい。   (2015_12/22 7:43)


○ 今日東京の東京国立近代美術館の、「藤田嗣治、全所蔵作品展示。」を見に行ってきました。うーん・・・
  根本的に戦争画中心の展覧会で、多分みんなが興味持つ(&見たいと思う)裸婦画は殆どなかった感じです。「5人の裸婦」と他1枚のみ。その2枚の裸婦画は素晴らしかったですが。だから僕としては、戦争画中心だったって事で、うーん、って感じだった。展覧会自体のクオリティーとしては、bunkamura ミュージアムの数年前の展覧会の方がずっと高かったです。
  ただ、その展覧会では戦争画についてはほぼ全く抜けていたので......今回、藤田嗣治の戦争画を見たい人にとっては、すごく充実した展覧会だったと思います。この戦争画についてどうしてフジタがこう描いたかというのを、西洋美術の文脈で考える、その考え方を来場客に敷衍する事には成功していると言えます。
  例えば裸の人々の群像画は、僕が持ってる大昔の画集にも出ているんだけど、その群像画から進化したような描画法が、戦争画の中にも見て取れる。あと、ブラジルに渡った時の有色人種家族を描いた絵もあったんだけど、「乳白色の肌」とは違うブラジル人の肌を描いた時には、そのマチエールもやっぱりちょっと褐色や茶系に寄った乳白色だったりで、その描画法の微妙な(臨機応変な)変化が見ていて面白かったです。
  戦争画は・・・なんというか、これを何と評すべきか、って感じだったが。・・・多分最近のリアル兵器やリアル軍隊好きのヤバイ連中は、やっぱり血沸き肉踊る、って言うんだろうと思うんだよね。でも描いているフジタはそういう事を描きたいのかどうかは解らないが、確かなのは、あくまでその現場に付いていった側として、現場のリアルを描いている、って事なんだと思う。つまりフジタ自身も現地に溶け込んでいて、しかし画家の目というのは本当に冷徹だから・・・。
  多分この戦争画にフジタならではの意義があるとすれば、その冷徹さと緻密さにより、逆に現場の心情が表れて、戦いの場にいる彼らの命に対する画家の厳粛さが出ているって事なんじゃないだろうかと思う。でも結局それは、ダンテの地獄描写のような混沌なんだけど。ただ熱量がものすごい。
  戦争画のテーマ的価値についてはなんともいいがたい。戦争ってのは人間の愚行の究極だから。というか現代から見れば愚かには違いがないけれど、同行していたフジタが戦争を現にしている兵士たちを愚かと思えたかどうかと言えば・・・やっぱりそれは難しかったんだろうな、と。そこに戦争の恐ろしさがある。
  ところが結局、フランスが革命やナポレオン戦争についての絵を描いて後世に残そうとするのとは、日本の軍部の戦争画の利用方法は違っていて、その「アジテート」に使おうとする宣伝戦略的な歪みってのが結局日本の駄目な点だったんだろうなと・・・思うんだけど、ナポレオンの肖像画だって実際よりナポレオンを長身に見せてるくらいだからなぁ・・・何が問題って、つまり日本の戦争に、普遍的正義があるのかどうだか確定しないままに、フジタらが書いた戦争画を国威高揚に利用しちゃったことだよね。
  いずれにしてもフジタがそんな国を捨てたのは正解だったろうなと僕は思う。(※ なんだかんだ言っても捨てるしかなかった、って事なんだ!!)
  でなきゃ晩年にフランスで描かれた子供達の絵とか、ありえなかったかもしれないし。
  でもフジタが監督をしたミニ映画が管内上映されていて、それがものすごく素晴らしかったんですが・・・やっぱりフジタは日本の子供も風土も愛してはいたんだろうな・・・っていう。いや、そうじゃなくて、ものすごく画面構成や演出が素晴らしかったです。昭和10年当時に既に紙芝居があって、見終わった子供たちがチャンバラやってたんだ!!っていう、それがびっくりでした。(追記: というかこのフジタ監督映画の方法論がなんというか今公開されている小栗&オダジョーの映画「foujita」に非常に近いのが興味深い。もしかすると映画版の原点の半分は、この映画の印象が半分かもしれない?)
  で、bunkamuraの展示と、今回の展示をどっちも見て思ったのは、フジタというのはやっぱりリアリズムの画家だという事で。リアリズムというのは・・・例えばアニメや漫画の世界の人で勘違いしてる人もいるんだけど、対象をリアルに描く事では無いんだよね。「対象のリアルを描く事」なんだ、と。だから必要とあればダイナミズムも使うし、様々な手法を多用もする。
  フジタの乳白色の肌をフランスがもてはやしたのは昭和ひとケタより以前からだけど、そこからまた抜きん出る、その過程を見れた感じでした。あと、けして静謐なだけの絵の人ではなくて、ダイナミックな人でもあったんだな、っていう・・・色々感じた展覧会でした。
  でも僕としては、ちゃんと乳白色の裸婦画の展示とかもっとしっかりやって欲しかった・・・んだが、あくまでも国立美術館の所蔵作品の展覧会だからねぇ・・・・。そもそもフジタはこの国を離れた画家なのだから、この日本の国立美術館が、その真価を見せるってのは、結構難しいのかもしれない。いってみればフジタの汚名部分を再度世に見せているに近い所もあるじゃない?そこには結局日本の美術界と美術評論界の闇というか遺恨と言うか、ヘタをすると「フジタが悪い」みたいにいまだに彼に責任をなすりたい気分とか、そういうのもあるような気がして。
  フジタが絶望した日本の美術界と美術評論界って、その最たるものは、結局国立関連だったり日展関連だったりじゃん?最近も日展って腐敗の激しさが暴露されてたけど。そういう事じゃなくて、結局、特定の美術大学の学閥みたいなものとか、日本画優位思考とか、本場パリで勉強してくるといつの間にか本場もろくに知らない人々が権力を増してるとか、そういうのがあったとして、結局国立の様々も駄目ジャン、って事にならないと、日本を見限るわけが無いし。
  でも多分そんな妄執みたいな事は全く今の美術館の方々(特に若い方々)は考えてないのかも知れない。
  ただただ、日本の美術界と美術評論界の抜けないトゲみたいなものなんだよね。多分藤田嗣治って画家は国公立ではなく、民間でしか正当に価値を語れない画家なんだと思う。でもそんな中でも同じく裸婦画を真骨頂として戦争をテーマにした絵も描いていた古沢岩美氏は、藤田氏を全面的に認めていたんだよな・・・と。
  日本の国立美術館が藤田嗣治の自由さを、全面に出すって、結構難しい事なんだろうな、と思った。
  あ、でも藤田氏が表装や挿画を手がけた書籍が一杯展示されていて、その挿絵がきれいだったりかわいかったりで、非常によかったです。少女の絵も良かったです。  (2015_12/13 3:08~14)
  P.S. もうひとつ今回の展覧会で感じたのは、フジタの乳白色の肌のうす塗りは、もちろん額におさめた絵画としての効果の為もあるけれど、もしかすると、印刷物としての作品集にしやすいように、あえてうす塗りにしているのでは?と思いつつある。
    右は図録。裸婦画は2点のみで、他はほぼ戦争画で800円。せめて所蔵書籍の写真などでも載っててくれればなぁ。ここまで期待を裏切る展覧会はないです。・・・ハガキなどのグッズも特に作ってなかったみたいです・・・。
    フジタの全体像をとらえるためには見た方がいいし、もしかすると日本のリアル戦争アニメの原典的描画もこの頃のフジタらにあるわけなんだが、それらも含めたクールジャパンを、当時存在した絵画潮流のリアルとして、シビアにクールに見つめるには、今はまだ若干狂騒的な時代かもしれない。 (12/17 3:33)



◎ 最近、某お絵かき掲示板のツールでマウス絵を色々描いてるんだけど、なんかはまりそうで良くない。自重します。
  でもあそこに置いておいても掲示板ユーザーの人しか見そうにないんだが・・・
  ていうか直前に、耳に十字架型のイヤリング付けた男子(https://sketch.pixiv.net/items/1200180838071636467)の簡単なマウス線画を描いたんだけど、
  なんかそういうキャラがFSSにいるしなぁと描きながらすごく悩んでた。・・・僕の誕生日は12/24なんだがー・・・・・・クリスマスイブが誕生日なのに、十字架モチーフにするのにこんだけ悩んでる自分がなんだかなぁ、と。
  (まぁ男がイヤリングモチーフを使うのって確かに珍しいしなぁ。サイレン皇子のイラストがあったからってのは否定できないや  2015_12/5 12:21)
※ なんとなく成田美名子先生のキャラも入ってるような気がするけどー・・・
  ちなみに、スターウォーズ風ドロイドイラスト(https://sketch.pixiv.net/items/1694167238192630271 どっちも某叩き団の奴がリスナップしてきてるが(怒)) は、キースヘリングの絵も意識していたりする。実は描いたのはデススター破壊落書きより後で、先にドロイドイラストを公開した・・・など色々と公開が前後してる。(14:44)



◎ リカちゃんキャッスル伊勢丹立川店、12/1まで開催中!!
  都内でリカちゃんキャッスルイベント開催してます。色々グッズ売ってます!♪
  今日込みであと5日だけど、時間のある人はレッツゴーだ!!



○ 最近作業が非常に進んでてすごく嬉しい。僕の球体関節人形については、いわゆるリアル系フィギュアを作る上での不気味の谷はとっくに越えているんだけど、いわゆる自分が好きな女の子イメージのイチ集積なわけなので、その統合にものすごい時間がかかった気がする。
  ディフォルメで身体を作ると最初から決めてかかるとか、少女写真集の一少女を完全にコピるとか、そういうやり方ならまだ楽だったんだろうけど・・・実は球体関節人形って、筋肉のめりはりなくして、円筒に近いパーツのつながりー、みたいに作れば比較的簡単に出来るんだよね。少なくとも僕みたいに数年かける必要はない。
  でも結局僕がそうしたのは、やってみて決める以前に、最初のイメージが確固としてあったからで、でもそのイメージにパーツイメージの集積が追いつかなかったからに他ならない。
  例えば「身体の部分部分の端的イメージをパーツにどう落とし込むか?」と、「関節は球体にならざるを得ないとしてその周囲のパーツ端はどう処理すべきか?」とか、それをやったはずなのに「頭身変えなくちゃ」「パーツ長さ変えなくちゃー、あっまたイチからだな」とか・・・その連続ループの繰り返し・・・だったわけなのだった。

  まぁ月並みなセリフなんだけれど、人間の身体ってすごいものだと思う。恩師の成田亨氏の恩師の恩師にあたる彫刻家ブールデルは「人体は建築的構造である」と言ってたそうだ。僕はそこまでの実践を今回する気はなかったけれど、それはやっぱり題材が少女なのに建築的構造探求をするのは、少女ってもののほのかな情緒とかそういうものを大事にしたいと一応はそう思ってたからだった。いずれ作家として徹底的に作りこむことを要する時にはそういう構造論で手作業すべきだけど、僕は構造は頭の中でシミュレートしながら、表面作業の盛り削りで作る事を今回は選んでった。なんだかんだで結局ほのぼのした印象になってくれるなら、それでいいんだけども。(いや充分ピーキーだよ・・・本当に・・・)
  いや、話を戻せば、人形作家でもフィギュア作家でも、現状軟質樹脂のシリコン人形でもない限り、完全な人形なんて作れない。球体関節ってのはアンドロイド(女性なのでガイノイド)に通じるけど・・・生きて動いて心があって笑えて涙できる人間の身体ってどんだけすごいか、ってのはやっぱりありありと解るよね。
  僕は人形作ってても紙の上に絵を描いていても思うけど、創作作業のは絶対に破壊とは魔逆のものだと思っている(前も書いたが)・・・「創造は破壊からしか生まれない」と言う論理があるけれど、あれは嘘だ。むしろ「作る作業をしていく過程で、何か既存システムみたいなものが壊れていく」みたいなものはあるかもしれないとは思う。

  ・・・同時に思ってる事、ずっと僕の頭でループしてることがある。
  僕がよく歩いてる通りのトランクボックスで大阪の看護師さんの遺体が発見された事は前に書いた。あの事件は近所の小中学校の子供達の心に本当に深い傷を残した。犯人の日系ブラジル人同級生とやらは中国に逃亡してまだ捕まっていない。憤りを感じる。
  そしてまた、小平市(僕がよく中古玩具を譲ってもらった古玩具店の近く)で、また看護師の女性が殺された。交際相手の男に殺されて。どちらの看護師さんの名前もリカっていう名前だった。
  僕が悔しいのは、彼女たちは子供の頃から、間違いなくリカちゃん文化の中で育っていて、おそらくリカちゃん人形遊びも普通の女子とはちょっと違う心境で遊んでいただろうという事だ。普通の子よりとても近しくリカちゃんと遊んでいただろうと思う。
  リカちゃん人形遊びっていうのは、「女の子のやさしい心を育てるための遊び」でなおかつ将来の夢を育てるための遊びだから、リカちゃんはお店屋さんごっこや色んな服や店舗をシリーズにしている。でも昭和40年代から変わらないリカちゃんの職業ごっこは、やっぱり看護婦さんだった。
  つまり殺された子たちは、リカって名前で、リカちゃんシリーズで理想の職業だった看護師さんに、努力してなって、おそらく看護師さんだからキリスト教式に戴帽式もしている・・・そういう、いわば「タカラ乃至着せ替え人形文化の理想をリアルで体現しようとしていた女の子」だったんだろうな、って事だ。それは女の子なら不可避な思考だろうから。リカちゃんってのは日本の女の子にとってそういう文化だ。
  そういう女の子が殺される行為が、立て続けに起こっている、最初の事件では彼女をトランクボックスに入れてた箱には人形とまで書かれてた。それはどうしてなんだろうとも思う。ふっと思うのは2chを開いて左にある「人形板」表記が「刃物板」のすぐ上にある、その悪意と似たようなものなのではないか?って事だ。
  無抵抗な心優しい、社会的に必要とされる少女たちを、暴力を愛する快楽主義者が殺す。時には猟奇好きの女たちが漫画で美少女をいたぶる作品を描くように、現実に女性が女性をいたぶり殺すケースすらある。
  僕は他人の猟奇的なだけの作品は、本当に嫌いだ。いわゆる犯罪や事件をアニメやコミックや小説で扱うには細心であるべきだと思ってる奴なので。
  僕のドールコレクションページのタイトルは「Dolls Be Ambitious!!」(人形よ大志を抱け)というけれど、その精神はもう・・・昔から変わらない。多分僕にとっては一貫テーマの言い換えなんだろう。
  
  ・・・・・・海外のイスラム圏で性奴隷にされてる少女について報道がされてる。僕的には絵を描く側としてあの少女の美しさというものを素直に描くことで彼女らの美しさや人権を表現したいと思ったり、したのだが、けれどもそのせいでそういう少女らがどんな目に会うかと思うとそれすらできない、描いた所でそれは表に出されないものになると思う。僕の場合。
  結局の所、イスラム教の価値観に問題があるのなら、それは他のイスラム圏もこぞって改めなくてはならない。でもキリスト教の価値観に問題がある場合も同じでしょ?
  どんなに怒っても嘆いても自分の無力を悔しいと思っても、彼女たちを救えるのは結局は戦略と武器と戦力である、のかもしれない。それは峻厳かつ電光石火の一撃必殺でなければならないだろう。けれども僕なら彼女らが生きている方を選ぶ。仮に性奴隷にされているとしても、相手の男が責任感のある男である事を望む。女子供に暴力を振るう男が最低の下衆なのは日本もヨーロッパもアメリカもイスラムもアジアも変わらないと信じる。
  さらわれた女の子を性奴隷にするか妻にするか、ないがしろに扱うか大事に扱うかは、結局、買った男の心の問題だ。そこを全世界で徹底的に糾弾するとしても、結果少女の命が危険になる。電撃戦が可能ならいいが、そうでなければ交渉を延々続けるしかない。(ロシアもそろそろ甘い考えから目が覚めるだろう。あれで覚めなきゃアホだ。)
  いずれにしても少女たちを買った男がマシな奴か非道な奴かで彼女らの運命はまるで違うという事だ。実際彼女たちが国外に買われれば全然彼女たちは救われるだろうけど、今それすらも糾弾する奴らがいる。
  ただ、イスラム教の一夫多妻について・・・僕は12月24日生まれなのだが基本的に恋愛は自由であるべきで、子供が出来た時には男は責任持って女性(女の子)と一緒に子供育てるべきだ、と思う主義だ。だから僕は好きなら誰と子供が出来ることになっても結局はそれは結果論の運命なのだとは、思う。
  誰と誰がマッチングするかが、境遇と運命論で決まるような社会なら、どこの国でもどういう妊娠出産でも同じ事だ。そこに結婚があるかどうかすら、結局文書上のもので精神的には神だの仏だのその人が信じる神に誓約するしかない。だから僕は連中には「殺すな」と言いたいだけだ。性奴隷などとみんな言ってるが、女として扱う以上ちゃんと愛して生かしてみせろよ、って事。
 (僕的に「名前の研究」をしてきた結論で・・・つまり「その人(僕)と生まれる前から交際する事が決まっていたパートナー」が誰かという事は、僕の今回の人生での目的次第であり、誰かが他人に奪われたり死んだからといって・・・その子以外と絶対に結婚してはならない、という事ではないという事だ。でなきゃ自分と会う前の女の子が他人にヤられてた場合、絶対に結婚できないだろ?そういうのじゃないわけだ、結局。それは僕ではなくて他の男に騙されながらも身体を捧げた僕の知人の女の子たちを見て、僕が悟ってしまった事だ。日本でも似たような事は、僕にとっては日常で起きてきた)。

  そういう意味で、報道された少女らが生きる事が、彼らの論理に染まらなければならない事だとして、子供を産んで母親になるとして、その運命を負わされた女の子たちが、結局どうなれば幸せなのか?っていうのは、結局女の子らがいつか選べる状態にならなきゃならないし(敗戦後の日本女性のように)、それが帰国する事ならまだいいが、男や子供とそれでも一緒に暮らす事を彼女らが選ぶ場合もあるだろうし。

  ただこれだけは言える。・・・数日前検索していた時、暴力で惨殺された女性の遺体をみたけれど、その顔は本当に美しかった。暴力や理不尽で殺されたからって、その女性の精神を忌避する心理は間違いだ。僕は虐殺された美しい精神が肉体をもって再生する事を願う。それは僕が作品作ってる理由でもあるしこのサイトを作ってる理由でもあるし・・・。そして、死んだ少女たちにすら再生を望むのであれば、生きてるのに死にかけてる少女たちに可能な限りの再生を望んで何の問題がある?って事だろう。   (2015_11/8 6:28)



◎ ていうか、自分的にはやっぱりすごいなと思う日本の人形作家の方っていうと、四谷シモン氏や恋月姫さんだったりするけれど、他、同じジオシティーズでHP持ってる方だと木立真佐美さんはやっぱりすごいと思う。特に近年のあのクリアのお人形は、自分が子供の頃から変身サイボーグ玩具が好きだったからか、本当に美しいと思う。基本的には大地に根ざしたようなフォークロアっぽさもある人形を良く作る方なんですが。
  あとは清水さんとか伽井さんとかー・・・すごいよねー!!っと。井桁さんのは、小さい子が良いです・・・。

  自分の人形製作の実力については・・・今のサイズにかかりっきりなので上達したかどうかさっぱりです(笑)。
  ただ今のサイズ(20cm)で作られた人形の中では一番出来いいだろうなとは思う(このまま行けば!!)。このサイズで最適の方法論しか使ってないので、他のサイズの事は解らない!って事で・・・
  そういえばこないだエコールドシモン展で会った某氏に聞いた事なんだけど、やっぱりレジンでもなんでも収縮からは逃れられないそうで、つまり商業ラインのフィギュアの場合、可塑剤の揮発前に収縮前に塗装をしてしまうとあとで本体が収縮してしまい、塗装面にひびが出てきたりする。
  それだけでなく合成素材を使う以上、レジンでも樹脂でも合成皮革でも、経年変化からなかなか逃れられないそうだ(まぁこないだ僕が体験したウレタン靴の底が崩れてなくなるというケースとかは極端だが)。
    各種フィギュアの場合それでサフレスも流行っているんだけど、サフレス仕上げでもやっぱり素材の経年はありそれが透過してみえてしまう・・・という感じらしい。
  まぁなぁ・・・全然違うけど、ウチにかなり大きいボッティチェルリのヴィーナスの立体像があるんだけど、そちらもいわゆる練り物なので、経年してる感じはあるよね。
  経年も味方に付けられるような造型物にするしかないんだろうか?って。まぁ結局天然素材なら一品モノにならざるを得なかったりするみたいだけれど。でも、例えば天使の人形を作るのに鳥の羽を使おうかと考えてたんだけど、最近昔の道具箱を開けてみたら鳥の羽の羽ぼうきが完全にボロボロになってるのに気づいて。
  まぁ今後の材質の進化を願うしかないんだろうか。不変な材質を使って、永久に残るものを作りたいって芸術家は望むものだけど、色々とハードルはあるみたいだなぁ。
  そもそも昔それを可能にした大理石や木彫ってものすごく技術がいるし!象牙なんてもう取れないし!! ( 2015_11/4 10:08)
  ※ まぁ絵を描く上で天然の風合いはいいよなぁって事で、前に例示したセピアインクと、新しく買ったウォールナッツ塗料を試してる。(10/23)   


◎ 四谷シモン人形展覧会「シモンドール」開催中です!恵比寿で10/25まで!
とりあえず今日10/18まで秋のエコールドシモン展覧会、上野にて。見てきたよー◎!( 10/18分。TOPより移動 )


◎ 色々宇宙人ヒーローだとか人形とか、デザインしたり作り続けたりしながら思うんだけど、まぁ極めて僕個人的な考えかもだけど、多分神ってのはヒューマノイドや動物をデザインして作ったとしても、その終わりのあり方までデザイン段階で決めたりはしていないと思う。作るだけは作るけど、あとは正しくまっすぐ自由に生きなさい、位の気分で作ってるんじゃないだろうか?よほどじゃない限り。
  ていうかpixivで僕の上げた画像に勝手に「未完の巨匠」なんてタグが付けられていたんだけど、そもそもキャラクターをデザインする時にはそのキャラの幸せを祈ってデザインするものだろ?と僕は思っているので。不幸になって欲しくてデザインするとか不健全だと思うんで。だから僕の描く善人キャラは基本的には未完で全然いいと思います。
  まぁそうなってくると、ヒーロー系とかアクション系とか気分的に描きづらい。だから美術系に逃げたくなったってのはある。滅びるべき連中まで描くの嫌だしー (2015_10/17 23:59)


◎ 日曜美術館の「忘れられた天才 五姓田義松」を見た。圧倒的だった。何でこういう画家が日本の美術史から忘れられるなんて事態が起こってしまうのか。アカデミズムってそういう事なのか、と思ったり。
  と同時に何か共鳴するものを感じもした。何故か義松氏の母親の名前が、自分の母を祖母や関西系の父方の親戚が呼んでた時の名前に、非常に近いからってのもあるんだけど・・・
  僕は・・・母親の写真はしょっちゅう撮るけれど、あまり絵は描かない。僕は絵も長年描いてきたけど、写真も長く撮ってきたので、表現方法としての信頼度がハーフハーフだからだ。ていうか、モデルが肉親だと、似ない時の試行錯誤が自分で許せなくなる。でもさすがに描きたいなと感じた。いやいつも描きたいとは思ってるんだが、僕が絵やアニメマンガ系の方では報われてないし、僕の両親はそろって僕がそっちの方面をやっているのを認めたがらない。だから僕もあまり両親を描かない。悪循環なんだけど、写真からでもいいので、描きたいとは思ってる。
  放送を見ながらなんか自分が小中学校の時クラスメイトの似顔絵を授業で描いた時の方向性とかを何故か思い出した。その先に進んでみるって可能性もあったんだろうね。(でも肖像画家が本当に生きづらい時代なので、それを即可能性と言えるかどうかは解らない。普通に考えれば僕的には宇宙人ヒーロー怪獣ロボットデザインとか、それにまつわる描画や造型の方が生きやすそうだし。でも恩師の成田氏が言ってた通り、「デザイナーは芸術家ではなく芸術的な職業」になってしまうんだよね、デザインを金銭に即換えるだけならば)
  義松氏の若き日のトレーニング用の変顔のデッサン画には本当ものすごく共鳴したし、その変顔絵を模写する諏訪氏の姿を見て、やはり共鳴する画描きは本当に多いんだろうなぁ・・・いや、諏訪氏は凄い画家なので・・・ていうか今回の放送で出てきた皆さんみんな五姓田氏に共鳴しているのが、見ていてすごく良かったです。
  (で、そのデッサン力っていうか、描画対象と真摯に向き合える技術力とか、向き合える人間愛の力が、クールジャパン系のCG絵師とかにはかなり欠けている・・・と思う。でももうそれは彼らの時代の流れなんだよね。僕もそうなのかもしれないけれど。まぁ絵を描くにしても立体作るにしても、「愛情を向ける対象とその気力がまだあるのは良い事だ」と思うしかない、僕的には。)
  僕は僕で頑張りたいなと思える、すごくいい放送でした。 (2015_10/13 22:31)

◎ あと、日曜美術館の前週の回顧放送の解説ゲストで池田満寿夫さんが出てきてすごく嬉しかった。懐かしいっていうか、元気な姿が見れて本当に嬉しかった。なんかこの放送も見て色々勉強させてもらった気分。今って素晴らしい時代なのかもなと思った。 (10/13 22:37)


◎ 高橋真琴 全国巡回展 兵庫県西宮市、9/21まで開催中です!!
  会期は今週末までですが、関西の真琴ファンの方々、みんな行って来てねー!!
  ドールファンにももちろん勧めます。西宮阪急4Fにて。(9/16 3:09)


○ 僕は美術系と玩具系の中間的立場で球体関節人形作ってるつもりなんだが、
  一般流通的な球体関節人形でも最近は技術がすごく進歩してて、僕の作りかけ人形の顔に近い所まで出来てるんじゃ?ってのもたまにあって、
  でも、やっぱり身体は商業フィギュア的ドールのパーツ構成かなと思ったりするのが多くて。(でも市販ドールとしては多分いい方なのだと思うのだが)
  で、最近のブームが、胴体の胸から下は成人女性並のくびれウェストにすごくヒップの横幅張った腰、で、すら足長さん、だったりするみたいなのだが、
  疑問に思うのがバストトップの位置で、それがどんどんありえない位上に上がってきている。それはもういわゆるプチパイだろうがAだろうがB〜Cカップだろうが、全部トップの位置が胴体をどんどんずり上がっているわけで、デッサン的に考えてそれはどうなんだー?って感じなのだが、それがブームらしい。うーむ。
  まぁ少女ではなくて資料的に15〜6歳とか成人女性資料ばかりで、胸から下を作っているのを無理やり上でバランス調整するとそうなるのか?とも思ったが、例えば「寄せて上げるブラ」が多い昨今、そういう服を着せる人形を想定してると、胸位置がどんどん上がってくるのかな?とも思った。ていうかフィギュアジャンルにとても多くて、(球体人形をヤフオク検索してるとついでに魔改造まで検索ヒットするんだけど)なんかそういう魔改造フィギュアから来たブームなのかな、って気がしてきた(着衣フィギュアの場合結構普通に胸位置が高く、それが魔改造されたのはさらにありえなく高くなるらしい)。でも球体関節系でもバストトップ高い人形がブームになってたりするんだよなぁ・・・
  まぁ、手法は一杯あると思うけど、自分的に「なんでここはこう表現すべきなのか?」ってのはすごく大事なので、自分で理由の理解できない表現は極力使わないようにしようと思ってる。でも先進的なのはどんどん開発したいし、その辺が色々ともぅまぁぷにゃら。そろそろここも整理したい。年度別とかに。 (2015_9/21 3:16)
  ていうか、あの位置に胸を作ってるドールって、要は普通の肩ひも服やチューブトップなどを着せると全部バストトップが出てしまう・・・からなんだろうな。特化し過ぎだよ・・・(本気でデッサン論考えて損した 15:58)



● NHKスペシャル終戦70年企画アニメ「あの日、僕らは戦場で」が8/11に放送されます。
  日本軍の洗脳教育により、米兵と対決させられて凄惨な運命を背負うことになった沖縄の少年兵たちのアニメです。
  いわば沖縄の玉砕を指揮した愚劣な指令部や陸軍の洗脳教官たちの洗脳被害にあった少年兵たちのアニメです。
  いまだ軍隊の支持者や血縁者ら軍事オタク達がコスプレやオタク相手にその洗脳劇を再現してきた事はもはや皆さん知っての通りですが、
  それら洗脳や支配や軍への崇拝意識が二度とあってはならないと認識する上でも、このアニメは見るべきだと思います。
  ( つまり、戦時中沖縄の少年達にどのような洗脳がなされていたのか、という事。 2015_8/6 2:18)

◎ 通常日記 の方も色々更新してます。よろしくーーっ。 (2015_7/1 3:32)


○ 六本木で開催されてた四谷シモン氏の人形教室「エコール・ド・シモン」の展覧会だけど、今年は行けなかった。行けた人はラッキー。
  自分として行けなかったのはとっても残念なんだけど、今自分がやってるもろもろの作業が、今人の人形作品を見ながらできない微妙な所に差し掛かってるので・・・
  でも今年もすごく綺麗な人形写真が公式ページなどにUPされていて、あぁ行ってみればよかったかなと思う。だけど、その辺の孤立性を維持した方が、僕の場合はいい時もあるので・・・。
  それにしても四谷シモン氏は今年もすごいなァ!!♪♪どんどんすごさが増してる。すごい!!(2015_5/26 1:21)


広島「筆の里工房」にて、松本零士 X 牧美也子 夫婦コラボ展 6/28まで開催中です。


銀河鉄道999やハーロックでおなじみの松本先生と、初代リカちゃんの牧美也子先生の展覧会です。
展示数は約150点。近畿、中国地方の方で行ける方は是非!!  




◎ 藤城清治美術館の館長、藤城亜希さんのブログ!!

  >光の散歩 清治 亜季 影のおしゃべり
  藤城先生の具合的には血圧の調子が良くないそうなんだけれど、
  90歳を超えてなお創作意欲がある方なので、少しスローペースにするのが自然なのかも。
  写真を見る限り血色よい感じなので、ちょっと安心しました!!(2015_4/28 2:19)


※ ヤフオクでハロー!レディリンのレディクレスト出品してたんだけど・・・
  結局売れなかったので、某リサイクル店に持って行ってしまった。
  持っていたかった気もするし、ヤフーでちゃんと売れて欲しかった気もするけれど、ちょっとタイミング的に自分にはきつかったです; 頑張るしかないか。あとで画像紹介できればしたいです。 (2015_4/8 2:35)

◎ セーラームーンCrystal、MXテレビで始まりました!!♪♪
    いっやーやっぱりちゃんとテレビで見ると良いです!!こんなに30分長いのか?って。
  僕の手持ちアイテムはあんまり変わってないけど、今後ちまちま更新します!!(2015_4/6 23:58)


◎ 例の、以前14億円で落札された運慶作の大日如来像だけど、色んな研究機関の研究もして、展覧会などで展示もされて、みんな観覧して、と、ひとしきり色々あって今日やっとこ開眼法要らしい!です。
  まぁ色々思う所もあるわけだけど、落札後の展開、段取りは、ちゃんと日本の美術史にも貢献できる形になっていたので、そこはとても偉かったと思う、と一応書きます。
  発見された仏像にしてみれば、こんな幸せな話はないと思うんだよな・・・
  (僕は12月24日生まれなのであれですが(笑)、めでたいな、とは思う。 2015_3/5 9:07 通常日記にも同文)



○  通常日記の2015_3/5に、成田亨鬼モニュメント当時の自分を含むボランティアスタッフ達の事について等を書きました。色々あったけどさ・・・・・・ (2015_3/5)



◎ 先に沢渡氏の「少女アリス」展の感想など書こうと思ってた時に、しまったまま見つからなくなってた「藤田嗣治画集」が出てきました。みゃ、脈絡が・・・・・・
  右がその本です。藤田氏がパリから一時帰国して凱旋展覧会をした頃の本で、昭和4年初版本。以前購入した私物です。
   昭和4年の本にも関わらず、カラーページもあり。印刷がすれないようにロウ紙だかパラフィン紙みたいなものがはさまっていたりしますが、やっぱり古い本なので、色分解や色味は古めかしいです。
  でも、一昨年の渋谷bunkamuraの回顧展の展示作品も掲載されたりしています。男性や女性の裸体画が多く、どれもフランスの方がモデルと思われるので、筋肉や骨格などとても量感・迫力があります。巻末に解説文もあるんだけど、読むのに時間かかりそうな古い文なので飛ばし読みした程度。
  この後フジタ氏は作品をたくさん作っていって、戦争画を書き、日本に失望し、またフランスに帰国し・・・と、さらに魅力的な作品群も生まれるわけですが、この本はこの本で貴重だと思う。ていうか僕も影響受けてる所あります。どことは言わないけど。あぁ何で今頃!リアルでは気ぜわしいのに・・・

  ていうか今年秋にはオダジョー氏が藤田嗣治を演じた日仏合作映画も公開される!!って事で、なんか本当にすっげー楽しみなんですが!?色んな意味で興奮冷めやらぬ感だよ!!いつから興奮?ってのはおいといて。  ( 2015_2/25 21:57 )


◎ モンキー・パンチ氏、宝塚版ルパン観劇「驚いた」
見た過ぎる!!原作者がそこまで認めるって凄い。どんななんだろうか?! (2015_2/21 8:43)


◎  マッサン 最後のスタジオ収録は号泣 シャーロットと玉山鉄二抱擁
お疲れさまでした!!と視聴者が言うのは気が早い気がするけれど・・・良かったなぁ〜〜〜っ(;_;)
けれどやっぱり亡くなる所までするんだ・・・。テーマある作品だけに宿命には違いないんだけど、
本当にシャーロットさんは立派だ。他の方々も魅力的で、いわば朝ドラらしい朝ドラ体験を
そのまま彼女が母国に持ってくのが嬉しいのは・・・日本人みんなの気持ちだろう。(2015_2/19 22:42)


◎ MXテレビで今日朝6時から「小公女セーラ」が始まります。なんというか楽しみなような怖いような。
私のあしながおじさん終わってしまった〜〜〜〜(;_;) 幸せなラストはいいんですが、
毎週月曜日の楽しみが減ってしまって非常にさびしいさびしすぎる!!
一応録画はかなりできたんで、もう自宅内再放送するしか。感想また書くけど。
ていうか「みかん絵日記」もやってるんだよ・・・MXが楽しいアニメの再放送してくれて感謝。
「ハイジ」も2/20からまた始まるし。いいアニメは何度目かとかこだわらずに、
ループ放送していいのかもね。トムス系、葦プロ系、サンライズ系も。(2/17 3:13)

◎ マッサンがいよいよ今週の放送から本当の佳境になってしまって辛い。
こういう物語なのは、史実なので仕方ないんだけれど、いきなり石つぶてってのは容赦なさすぎる。
ていうか戦争中の日本人が立派だったとか全くの嘘だと思うよ。
昔僕は同学年の在日の子に「あなただって戦争になれば政府に付くに決まってる」と言われたりしたけど
まぁ僕は、戦争中でも意外と戦争反対だったかもなぁ。意外と・・・
ていうか前世で日本に生まれてたか解らないのでよく解らん、本当に。
マッサンはかなり史実と違う内容になってる部分も多いので、そう解ってるとどう見ていいのかとまどう所もあるし、
結構「俺は日本で最初のウイスキーを作る」「日本一のウイスキーを作る!」と何度もマッサンが言ってるのが・・・と思ってたけど
でも意外と、今の高齢化社会ではボケかけのお年寄りも多いので、何度も主人公たちが目的を言い続けるのが、
逆にお年寄りには優しいドラマなんだろうな、とは最近解ってきた。北海道編かなり◎です。
あと玉鉄は竹鶴氏よりカッコ良すぎじゃんと思ってたんだけど、写真の竹鶴氏の目って、
その生き生きした光が、玉鉄氏そっくりだ!!と最近気づいた。エリーの演技も立派過ぎ。佳境です、本当。
いやしかしサントリーの社長さんもすごい人だったんだなぁ・・・。堤氏もカッコ良すぎる。(2/17 3:21)

◎ 昨年、三菱一号館美術館の 「バルテュス・最後の写真」展 に昨年半ばごろ行って来ました。随分遅れたけどその感想です。

  バルテュス展についての感想(これまた長いけど。ジャンプにはIE要)は下の方の感想文参照です。
  パリに生まれたバルテュス・・・第二次世界大戦なども経て各国を転々とし、メディチ家遺構の学芸キュレーターなどもし、やっとたどり着いたのがスイス・ロシニエール村の グランシャレ という、スイス最古の木造建築でした。バルテュスは愛妻の節子さんと住み、最後までそこで創作活動を続けますが、スイスへの転居の理由は持病のマラリア(砂漠からシロッコという風邪が吹くと悪化するとの事←日曜美術館)の悪化を避けるためでした。その最古の建造物の通り向かいの馬小屋を改装して、アトリエにします。この展覧会は、少女ヌードの写真のみ。隣に住むアンナ・ワーリーという少女の写真のみの展覧会でした。
  当時バルテュスは既に視力が弱っていて、デッサンの為に筆を取る体力も残り少なくなっていて、そんな中膨大なポラロイド写真を残していますが、その画像の全ては最晩年の作品の構想であり断片とも言えます。そしてポラロイド写真自体にバルテュスは慣れていなかったので、結構ピンボケが多い・・・ですが、その中でも一貫したスタンスを感じる事はできました。
  つまり、彼が若い頃から追い求めていた初期からのルネサンス調絵画構成。そのルネサンス調の要素なり、現代に至るも普遍的なるもの、もしくは(十代前半でイエスを身ごもったとされる)マリア=マドンナの彼なりの姿、それに一番近い少女なるものの姿・・・などだと思います。いわば受胎告知的な法悦とでも言うのか?それはルネサンスでも何度も描かれていた題材ですが。
  ・・・・Eテレの日曜美術館でも「バルテュスは少女の成長期に見せる一瞬の美に魅せられていた」とは言われてたけれど、その一瞬の美に普遍性があるって事で、僕はそんなポラロイド群も立派な作品群だと思いました。完成した遺作も・・・綺麗だよね。夢があって。
  簡単に「夢」って書いたけど、バルテュスが亡くなったのは2001年だから、この未完の遺作の未完ゆえの完成は、21世紀の最初の年だと言う事もできます。そこに至るには、日本にあこがれた幼年期、画家として苦しんだ時代、戦時中で負傷した時期もあり、各地を転々とした時期もあり、その夢全部を未来に託す・・・という意味もあると思います。20世紀までの彼自身の学んだ美意識や構図センスや良きもの・・・なんていうのかな、それらを夢として、次の世代にバトンを渡すような、そういう事で。
  このポラロイド写真群は「Balthus: The Last Studies」という写真集にまとめられて、東京都美術館のバルテュス展でも、この会場でもブースで販売されていましたが、ものすごく分厚く大きな本で、10万円前後するので僕には手が届きませんでした。いつかは欲しいとは思ったけれど・・・
  (まぁ、僕的には東京都美術館で売ってた「ブレッソンの撮影したバルテュスの写真5枚セット」をボケっとしてて買いそびれたのがほんっと不覚だったと思っていまだに悔いていますけれどもorz)
  つまり、その写真集も、未来の美術作家へのバトンに、ちゃんとなってるんだよ、おそらく。

  ・・・で。大人になったアンナワーリー嬢の言葉が展覧会場の入ってすぐの所に貼られていて、それに自分は胸を締め付けられたんだけども。「私達は共犯者だった」と。何が共犯者なんだろうね?誰が罪だというんだろうね?バルテュスは彼女を不幸せにしたのか?(過去の彼がその彼女をみんな幸せにしたとも思わないが、アンナ嬢の場合は)
  各種の圧力は海外にもあって、それが彼女に「共犯者」と言わしめている。これはテレビインタビューでも言っていて、笑顔で毅然としてても痛々しいと自分は思った。
  世間からの風評が彼女らを苦しめていても、彼女的に一度芸術を信じるなら、生涯信じる、っていう生き方の方が美しいと僕は思う。世間は責める矛先を間違えちゃいけない。
  僕も・・・なんていうかな、コミケは信じるには値しない所だったけれど、芸術とか写真とか、作品としてのアニメコミックというメディアは、信じてもいいような気がするんだ。人次第で、そういうジャンルは。
  (だから、ほんっと愚かな言説ばかりだと思うんだけど、性的な下世話な目的の為に使う写真だったら、そんなんじゃなくてもうほんの数百円か高くても千円から二千円位までの間でみんな手に入れられるわけじゃん?そんな高額のポルノとかあり得ないって事が何で解らないのかな。どこもかしこも愚か過ぎる)
  ・・・色々思う展覧会だったけれど・・・なんか別に小学生の男子も母親たちと見に来てたりしていて、その子がこの展覧会を理解できたかは解らないけれど、こういう芸術がどこかにある、って事を容認できるようになれればいいな、と思ったりもしました。
  彼が生涯生きてきた、そのもっとも美しい夢をそのまま見る、そういう展覧会だったです。 (2015_1/31 7:29)

  追記: 最近買った昔の書籍によると人形作家の四谷シモン氏が、「人形のことを考えている時は必ずバルトゥスの絵が出てきてしまう・・・」と書いていたそうで、その理由の一つが少女と少年たちが部屋の中で独自に振舞う姿にある、といった感じの文があって。確かにシモン氏の人形に通じてると思う。
  だけど、最終的にバルテュスの絵は、初期作品の外界からの隔絶というよりは、外界の自然と少女のいる室内が同じ自然度の神秘性で調和している世界になっていると思う。
  いわば、自然と部屋の間になんの差異もなく、歪んだ社会がすっぽり抜け落ちたまま、自然や世界に開けているような。その感覚は僕も日常でいつも感じていて大事にしている。  (僕の場合は身近に少女はいなくて人形だけですが; 2015_2/25  3:21)


● いわゆるアニメ・コミックの表現の自由的に、僕がどういうのを児童ポルノだと思っているかもう一度書くと、(例えば少女漫画やレディースコミックなどから考えた場合と思ってください。)
  僕は、13歳未満の幼児を性交対象として扱った漫画やゲーム同人誌はポルノだと思ってます。法律で13歳前の女児との性交は禁止されているので。
  13歳以上の恋愛上の性交は純愛なら禁止されていません。アニメやコミックで純愛を描くのは可と思います。みんな勘違いしてますが、それは青少年健全育成条例以前の問題です。
  つまり僕は、ちゃんと恋から恋愛に至って、結婚なり子供作ったりを肯定できる、善良な作家たちが、善良な人々に向けて、その作品を送っているのかという事を一番重視しています。
  芸術写真としての少女ヌードは年齢制限なく認めるべきと思ってます。

  例えば、僕に対して「自殺に追い込む」などと脅していた猟奇・汚物・幼女レイプ系同人誌の連中がいて、(コミケのスタッフや都立産業貿易センター台東館を追い出されたアブノーマルカーニバルというポルノ同人誌イベントのスタッフや参加者など。)自分もかなりのストーカー被害を受けてましたが(今僕を2ちゃんで叩いているスレッドは850スレッドを超えてますが、彼らのオフ会の幹事がアブノーマルカーニバルのスタッフでした)、
  このイベントは読売新聞や産経新聞に、間違いなく「ポルノ同人誌イベント」と書かれていました。
  ポルノってのは扇情目的の粗製乱造の大量販売物です。で、そういう13歳未満の女児がレイプ輪姦されたりするような同人誌(しかも二次創作も多い)を彼ら(今アブノーマルカーニバルはないので、コミケやコミック1などの参加サークルという事になりますが)は平然と生産販売するわけです。あれは表向き被害者はいませんが、18禁で性交描写があれば、ポルノと言えます。
  ポルノチック(ポルノティック=ポルノ的、ポルノ風)とは違います。
  
  少女の写真でも、例えば  純然たる芸術(ヌード含む)  ← グラビア的(民衆・大衆向け) ← ポルノチック (境界)← ほぼポルノ ← 幼女セックス と、段階があって、
  本来ポルノチック程度では罰しはしないわけです。(水着やレオタード写真などはポルノチック以前です。ていうかそういう写真もなければ女子クラシックバレエものや女子ビーチバレーものなんて描けなくなります。大体そういうコミックでもアニメでも同人でも、作り手が少女モデル使って撮影したものを参考に作画するのが普通です。いちいち他人の写真の構図盗作だとか作家が言われる方がダメージあるので)
  問題はその写真作品などが、粗製乱造の扇情性があり販売目的で悪質であるか、という「ポルノグラフィーであるか?」って事なので。
  それを「これは児童ポルノなんですか?」と聞きまくる今のネット市民の方が異常かつ馬鹿なわけで。だって、法律社会の原則として「疑わしさのあるものを罰してはならない」んだから。作家とモデルの意思に関係なく、芸術をポルノだと認定する権利はネット市民には無いんだから。明確に芸術じゃなくポルノでなきゃ、児童ポルノ禁止法で、罰することができない。
  仮に芸術方面から先に駆逐するような事態になると、「良作が悪貨を駆逐する」の逆に、「悪貨が良作を駆逐する」の事態になってしまいます。それは避けなきゃならない。

  で、今回のamazonセンターへの家宅捜索ってのは、ネットで色々言われてるけど、容疑によるもので、逮捕ではないんだよね。しかもどの作品に関する容疑なのかがはっきりしていない。
  この日本の法律でも、厳然と(社会科でも習うと思うけど) 「 疑わしきは罰せず 」という原理原則があります。「あやしい」とか「疑わしい」「疑いがある」というだけで人に罰を与えてはならないという事です。それをやったら2ちゃんねると同じです。
  だから、本当はこういう報道もすべきではなくて、まだそれ以前の問題です。裁判でちゃんと有罪になるとか、少なくとも、「どの作品のせいでamazonの件が検察送りになった」、とかでないと、全く何も参考にもならない報道なわけです。
  (※ 今回の場合、そういう芸術作品を、性表現系作品として販売しようとした連中のせいで、よりこじれて問題になってるのですが(amazon含めて)・・・まぁひどい作品もあったのかもしれないけど)
  何でこういう報道がなされるかというと、まずこの問題にメディアとオタク連中が発情しているのと・・・何よりも、警察が監視社会(ナチスも監視社会で通報社会でした。市民によって多くのユダヤ人が死にました)の市民に対して、同意をして欲しいからです。ネット社会的に、善意の人々に、集団圧力で罰して欲しいからです。
  だから、芸術作家やその作品まで威圧するような今の事態はあまりにも酷いと思う。というのが僕の考えです。芸術作品に参加した過去の少年少女モデルに対して、「君はポルノに参加したのだ」などという誹謗中傷侮辱は、絶対にゆるされない、と僕は思ってます。そんな事をいまさら言い出す方が、わいせつ目線だと思います。  ( 一応法学部中退。 2015_1/31 4:39-5:09)
 


● 愛知県警が国辱行為やる気満々なのか知らないが、おそろしい事に、amazon.co.jpから、沢渡氏の少女アリス系や石川●●氏の少女系まで消えてしまった。ここまで来ると文化記録的大量虐殺の感がある。単純にamazonが意気消沈した可能性も無くはないけれど。
  というか芸術作品を作ろうとして、芸術のつもりで撮ったカメラマン、芸術に参加するつもりで撮られた少女達に対する侮辱犯罪なんじゃないかと言える。愛知県警の傲慢には違いがない。
  違いは無いんだが、各作品を児童ポルノと見るかどうかにはまだ時間の余裕があるだろうから、擁護できる範囲で今後も書いて行こうと思う。

  とりあえず70年代の「少女アリス」がなぜ芸術作品扱いで、復刊などが何度かされているかというと、ひとつには被写体のモデルさんとその家族が毎回その肖像権と版権を認めている40年も前の写真だからで、その点からも虐待はありえないという事がある。(この項は後でちゃんと書きます。)
  更に「少女アリス」の場合、元々ポルノグラフィーではなく、西武百貨店のクリスマス写真展として企画が持ち上がり、そしてその写真展の為に撮影がなされたわけで、元々写真集としてスタートしたわけではない。また、それぞれの写真そのものに高額価値がついているのであり、当時の写真集から現在に至るまで、いわば、「芸術写真を芸術・写真に理解ある一般の人々の為に、あえてまとめて出版したもの」という事が出来る。(書籍化されたのは展覧会後である)
  つまり初期動機がポルノではなく、それらの写真を芸術だと認めた人々が最初から大勢いる。
  芸術写真という初期動機で撮られた写真群を無理やり非芸術だという事は出来ない、って事です。
  で、それを仮に為政者側がポルノだというのなら、つまり為政者は70年代の沢渡氏らが彼女を騙して芸術(アート)ではなくポルノに出演させたと証明するしかないですが、そんな事は誰が見たって当然不可能です。それは、カメラマン、モデル、スタッフ、企画陣もそうですが、当時西武百貨店のクリスマス展に出かけて、それが美しい、善良な表現だ、と認めた多数の来場客・・・その人々全てが芸術の証人なわけです。
  だから、「少女アリス」が児童ポルノだという論理は、あり得ません。
  (で、少女アリスがどういう芸術だったのか?って件は後の展覧会感想項で書きます)

  下の方の項で、さらっと書きましたが、石川●●氏のソ●ィ嬢たちの少女ヌードにしても、1981年にソ●ィ嬢は来日して書店でサイン会までやっている。それは彼女が芸術参加のヌードモデルとして自己実現していた証です。(カメラ毎日の当時の告知ページ)
  例えば(下にも書いたけど)1981年当時彼女らのヌード写真は81年1月号から6月号までの「カメラ毎日」に半年間連載掲載されていました。で、カメラ毎日というのは毎日新聞社のカメラ雑誌です。特にカメラ毎日は表紙がヌード写真だったりしましたが、81年はほぼ全号表紙が成人ヌードです。
  つまり、石川氏の少女ヌードは、毎日新聞が芸術であると認めて、当時バックアップしていたという事です。そこまで認められているものがポルノだと安易に言えるわけがありません。
  だから近年の報道の毎日新聞社の姿勢は、まるで自らの歴史を知らない者たちが報道しているかのようで極めて不快なのですが。
  少女のヌードというのは人間のヌードの中でも最も清廉なのであって、その写真化を否定するなら、清廉なヌード表現の追究自体の否定になります。
  そして彼女の写真集は最近amazonのkindleで頒布販売されていましたが、彼女に印税が入っていないわけはないです。つまり、そこでも虐待はなんら行われていないと推察できます。

  「さっき大事な事を自分は書いた!」のでもう少し書くけれど・・・つまりジョックスタージス氏の写真が芸術な点からも書きますが、
  海外のヌーディストには楽園回帰(エデン回帰)願望というのがあって、その思想が根幹にあります。つまり人間が罪を犯す前の状態に帰りたいという願望です。
  自然に対してヌードであるというのはつまりエデンの園に帰りたいという表現で自分も共感する。で、その為に最も必要な事は、自然体である事と同時に「嘘を付かない、善良である、善である」という事です。
  つまりそういう思想の彼らは「善良であり、罪を持つ前の姿に帰る」ためにヌーディストになっているわけで、その善良さを表現するためにスタージス氏が写真を撮り続けている(というか当然そういうことになりますが)という芸術なわけです。
  つまり根本的に彼らが罪を犯していると言い張る事自体が、既に間違っているわけです。それは文化の違いにのっとった善の表現でしかありません。ていうか聖書のエデンの園の神話すら理解できずに、海外文化が解るわけがあるか、ってレベルです。
  日本人がそこまで駄目じゃ海外を何も理解できっこない。無理じゃん。
  で、報道も写真も書籍もそうですが、異なる文化を伝えるためのものです。悪の文化ならまだしも、自然な善の文化をスポイルする日本であっては、絶対にならない。ここはあえて言い切る。  (2015_1/30 15:14-15:58)
  (※ 僕の誕生日は12月24日なので、キリスト教系は意識するというか、僕が理解しなきゃならないだろ本当の話!!っていう;)


● ていうか、なんでwwwのamazon.co.jpの販売方針に関して、愛知県警がどうこうする権利があると思うのか、って話だよなぁ。美術や芸術のことがわからないのなら、ほっとけばいいじゃん。
  そもそも美術ヌードとしての少女写真集について(確かに過去の裁判で児童ポルノ認定された日本人少女の写真集はあったのかもしれないが)、報道にあった中古写真店集出品者らが芸術写真集まで「児童ポルノだ」と言い張ってる可能性がめちゃくちゃ高い。なんで彼らがそういう言い張り方をするのか?ってのもあるけど、迷惑なのそいつらじゃん。
  芸術写真としての少女ヌードは「ポルノとは言えない」。そこは海外でもそうなんだから。だから海外で芸術写真作家が少女ヌードを持ってるからって単純所持にはそうそうならない。それが解ってたら、海外作家の写真集にまで販売規制とか・・・普通はかけられない。
  (ていうか、アメリカで芸術認定されてれば日本でもほぼ芸術扱いされる(裁判なしに)のは、つまりアメリカは他民族国家で、アメリカの裁判の方が汎世界的で公平だと一般に判断されてるからなんだが(それが真実そうかは判らないが)。いずれにしても「芸術かポルノかの線引きは海外にもある」って事です。愛知県警が各作品については慎重に判断すると言ってるわけだけど・・・まぁ、「この作家の写真集は児童ポルノじゃ無いと思う」という意見があったら、愛知県警にそれこそ匿名投書でもした方がいいのかもしれない(過去愛知方面に僕はやった事ないぞ、くどいけど)。
   特に某誌読者の女性方は。このままだとあのコミックアート系雑誌、無くなりかねない。(雑誌名については出版社が痛くもない腹探られるのが嫌なので避ける。クリエイター目指してる女子は解ると思うので)   (2015_1/26 14:00)


◎ 「木村伊兵衛のパリ・ポケット版」を買いました。
  日本写真界の先人でありリアリズムスナップ写真の巨匠でありライカ製カメラ使い。「写真とは報道でなければならない」をモットーにしていた、氏の名前を冠した木村伊兵衛賞は、写真界の新人賞というか芥川賞のようなものです。東京の下町や日本の原風景を撮影したスナップ写真の数々はいまだにあまりにも有名です。
  NHK Eテレ、日曜美術館の 「木村伊兵衛 天然色でパリを撮る」が放送されたのが2012年の1月で、それからこの写真集入手したいなぁと思ってあちこち探したんですが、既発売の大判写真集はどこもそれこそ超プレミアで(amazon等。いい写真集にはプレミア付くよ) 、結構図書館で諦めたりとかしてました。そんな時アサヒカメラにこのポケット版の販売広告があって、たまらず予約してしまった・・・のがもう昨年の11月。
  総天然色のカラーフィルムによる1954−55年のパリの写真です。使用されたのは当時の国産カメラニコンSとドイツはライカM3。どちらも当時の高級カメラですが、当然レンジファインダーであって一眼レフなどではなく、更にカラーフィルムは富士フィルムが開発したばかりのものでした(一部海外コダクローム)。なんとフィルムのASA感度は「昼光10」です。つまり、昼間で1/10シャッターじゃないと満足に写らないという・・・。
  ですが素晴らしい写真集です。ただ美しい写真集っていうのじゃなくて、やっぱりこの方の撮る写真なので、撮影しているのは市場(マルシェ)だったり、職人町、果ては競馬場だったりする。2006年の大判では写真170枚掲載なのが今回78枚なので明らかに減ってるとは思うんですが、それでも町の人々の当時の雰囲気が伝わってきます。元気さもですが・・・。パリジェンヌもちゃんと写ってます。ダンディな紳士も写ってます。カラーで!
  木村氏を迎えたのは世界的写真集団「マグナム」の純粋スナップの写真家である「決定的瞬間」のブレッソン。パリを案内したのはやはりスナップ写真の巨匠であるロベール・ドアノー。その中でスナップとは報道写真とはに、木村氏が更に開眼していった・・・と書かれてるんだけど、「すごい人が更にすごい写真を撮ってるよすごいよ!」と理解して全然OK。写真はパリなどの雰囲気メインだから。
  で、何でこの写真集が今ポケット版になったかというと、やっぱり震災があったからって気がします。当時のパリはナチスドイツのパリ占領から解放されて10年に満たない時期で、やっぱり、かつての「花の都」が攻められ占領されそして解放され、けれど色々な苦渋(ナチスの命令でユダヤ人を売らされるような)を経過して、その果てに得たやっと平和になりつつあるパリ。復興しつつあるパリなんだよね。
  日本の戦後と同じだというと枢軸国だった日本をフランスの人々が怒るだろうけど、今震災から立ち直りたい人々には、この写真集の「雰囲気」は何か共通するものがあるのかもしれない。戦争は天変地異じゃないんだけれども。
  そしてこの写真集で笑っているおじさんおばさん、老人老婦人たちは、もうきっと天国に行ってしまっている。この本で笑っている、本当に年老いている人達なんかは、自分たち自身でカラー写真を撮れていたかすら解らない。(僕の両親も結婚前の写真はほとんど白黒だ)・・・・・アルル国際写真フェスティバルなどでこの写真群を見た人は、自分たちの父母祖父母の、文字通り生きていた頃のイメージをこのカラー写真に重ねたんだろうと思う。カラーでこその意義だと思う。人のホントの姿を写す、スナップ写真でこその意義だと思う。
  写真や報道の価値を決めるのは撮る人の良心とその真摯な的確さだ。本当にそれだけが意義を決めると思う。
  残念な点は・・・一枚の写真を見開きで見るものが多いので、写真の本来の姿が結構見づらい所かもしれない。開くとポケット版って綴じ部分が傷んでいくし。そこだけ残念かな。各写真の1ページ目からの流れも「えええ」って感じだし。でも何度も見ていくと結構好きな写真が出来てくるし、なんか世界名作劇場の登場人物みたいな人も載ってるのでなんだか面白い。
  マグナムの写真家・・・マグナムは当然銃による名だけど、つまりは「ペンは剣よりも強し」のペンと同じ意味の「カメラ」なんだろう。「カメラは銃よりも強し」という意味合いのためのマグナムだ。
  この写真集には木村伊兵衛氏の平和を愛するスナップ写真家、そして平和と人間愛を報道する写真、しかし1954年に軽快にヨーロッパに渡ってみせた 洒脱さ までもが一杯詰まっています。
  そういう意味では今イスラム国の人質になっている後藤氏もまぎれもなくマグナムのロバートキャパや木村氏たちの後継のジャーナリスト達だと思う。
  木村氏だけに言うのは荷が重いと思う。・・・・・・昔の報道カメラマン、ジャーナリストの方々、どうか後藤氏をお守りください。  (2015_1/267 4:21)



●  カメラは銃よりも強いと信じたい。戦争で使われる銃よりも。為政者たちがちらつかせる銃よりも。
  (1/26 4:48)



● 児童ポルノ出品を黙認の疑いでアマゾンジャパンを家宅捜索
  ショックなニュースというか、かなり裏がありそうなニュース。ていうか愛知県警もかなり危ない橋を渡るなぁというニュース。
  というか、Candy Doll系(ドール製作者は結構参考にしてると思う)がネット上で問題になったのはアート畑の人でも知ってる人は多いと思うんけれど、実際あれは児童ポルノ扱いにはなっていない。その辺も踏まえた上で今後読んで欲しいんですが、
  愛知県警がこういうポルノ関連で動いているのは、前に某展覧会で、木村伊兵衛賞を取った鷹野隆大氏の作品を県警がわいせつ認定した為に、一部に布をかぶせて展示した件以来、あそこ(県警)が妙に元気づいているような雰囲気なんだが、
  ・・・実は数日前に、自分が予約していたJock Sturges氏(以下、スタージス氏)の新作写真集「Fanny」(洋書)の予約が、自動で勝手にキャンセルされているという事があった。そして何か怪しげな「キャンセルされた理由についてのレビュー」が書かれていた。
  これだけでも今のアーティスト系志望の女子たちは、かなり驚愕する事だと思う。一体何が起こっているのか?と。
  (※ ちなみに僕はamazon.co.jpで日本人少女のヌード写真集を買った事は一度も無いので、念の為。amazon.comでも日本人のは買った事ないよ)

  ていうか、ここを見ているアート系やコミック作家を目指す女子(高校生含む)でスタージス氏の写真集を知らない人はいないと思う。フランスなどのヌーディストの家族の写真をずっと撮り続けている写真家の方で、アート、コミック系の紹介兼テクニック誌にも何度も作品が掲載されているから、女子のクリエイター目指している人はみんな知っていると思う。
  大体の人は知ってる筈だけど、Jock Sturges氏の作品は、あの児童ポルノに厳しい欧米でも、れっきとした「芸術」であると米国の裁判で認められている。これは90年代の事で、裁判の一事不再理によって、スタージス氏の写真集は、つまりはその後も国際的に芸術だと認められた。
  芸術というものは、それを作った人(人々。この場合、写真家とその周辺、およびモデル)の心情(動機。初発動機)によって、芸術だと認められているのであって。・・・つまりはどこの国家の中であろうと「芸術は芸術」だという事である。コミケにいるようなどこかのエロ業界のクズオタクが「芸術ではなく自慰用のものだ」と言おうが、芸術は芸術でその意味や意義は不変かつ普遍である。
  同じ作品が、米国では芸術だが、日本ではポルノだ、などという事はありえない。
  (※法的に重要な言い方をすれば・・・まず、米国で芸術だと認められているものは日本でも芸術であると、著作権的に言う事ができる。日本の著作権は米国ではなかなか認められないが、米国の著作権は日本でも有効なので。(上位下位があるから)・・・これ、結構ややこしいんだが)

  話を戻すと、実は僕が予約していた写真集「Fanny」は本来2年以上前に発売予定だった写真集で、僕は「もしamazonで入手可能なら予約しておいてそのまま入手したいな」と思って予約したんだが、その後発売延期が度重なって、結局今の時期まで発売されず、いまだ入手できない状態だった。
  それが発売キャンセル、しかも何かの横槍が入って、「芸術作品」であるにも関わらず予約キャンセルになってしまった事は、作品なり情報なりの世界的平等共有というwwwのインターネット思想から考えても結構異常なことなのだが、この話には続きがある。
  「Fanny」のAmazon.co.jp上の販売ページは現時点で消えているが、その直前、amazon.co.jpのhttp://www.amazon.co.jp/gp/bestsellers/english-books/2568420051 つまり、エロティックフォトグラフィーの項目で、販売されていた。
  これには僕はかなり愕然とした。スタージス氏のヌードは確かに少女のヌードだが、エロスだけを全面に押し出したものではない。エロティックフォトというのはぶっちゃけ正直18禁というか大人の性的嗜好を満たすもので、スタージス氏の写真は・・・なんていうか、もっと、普遍的というか、優しいというか自然回帰的なほのぼのしたもので、そういうものじゃあ無い。
  にもかかわらず、そのカテゴリーでamazon.co.jpで販売されていた。ちょっと経って、今はそのページも消えている。(そのエロティックフォトの項目が海外製作の可能性もあるが、今一わからない)

  この手のことは以前もあって、例えばフランス映画の「エコール」に一部少女のヌードがあるからか、どこぞのショッピングサイトで18禁映画扱いされていて愕然とした事があった。エコールはミネハハ原作だが、根本的に文芸映画に近いもので、特にアダルト映画ってわけじゃ無い。感性に訴える映画だ。理屈で理解しようとすると難解ではあるけれど。
  つまりそれもやってはならない事だ、本来。
  前から書いてきているけれど、中学生でも裸婦像や裸婦画の美しさや製作理念を習うように(※義務教育範疇の重要な美術教育。)、本当に美しい芸術なら裸婦像やヌード写真であっても鑑賞の年齢制限は本来無いのであって、
  それはとても大切な芸術文化だ、って事だ。

  逆に人間の精神の醜さという意味では文学では森鴎外の舞姫など読む価値も無い下衆精神を描いた作品だし、夏目漱石や太宰治でも語る値打ちもない醜い精神を描いた作品はある。それらよりよほど美しい精神を描いたマシな作品は・・・・・美術、芸術にはいくらでもある。


  ・・・で・・・・。根本的に美術でも写真でも女性男性問わず少年少女問わず、ヌードは普遍的に美術作品のテーマであり続けてきた。
  しかしそのカテゴリーの中にある表現、しかも裁判で芸術だと認められた作家の表現を、Amazonもしくはその中の販売業者の扱いだけで、ポルノ認定してしまっている現在の状況は、極めて危険だと思う。これは本当に許されない。日本人の美術を理解する精神の有無についての世界的名誉にかかわる。
  海外で芸術認定されている作品を、日本でポルノ認定する、しかも劣悪な児童ポルノと同等に扱うという事は、海外の芸術写真家に対しての、国際的な侮辱行為だ。
  著作物というものには、ちゃんと製作者のテーマや意図がある。スタージス氏が裁判で芸術認定されているのに、エロだのなんだのと勝手にamazonがカテゴリーしたり、ましてや警察がポルノグラフィー認定するなんて、作品の著作性を無視している。絶対にあってはならない事だ。
  日本人が危険なロリコンだと言われがちなのは、18禁コミックや18禁同人誌の海外への侵食などのせいであって、別に芸術写真のせいでは無いわけだから。
  確かに日本国内で児童ポルノだと言われてしまったヌードもあるのかもしれないが、それらが必ずしもポルノ(つまり見る側を扇情する為の商業販売物)であるのかどうかってのは、深層的に全く別問題だって事だ。芸術の成立動機はそういう簡単なものじゃ無い。
  一般的に、児童ポルノでは無いヌード作品を児童ポルノに無理やり認定して、入手ルートを無理やり潰すことで喜んでいるのは、けして公明正大な人物ではないと思う。
  実は「幼女を強姦するタイプのエロ漫画を描きつづけてきたエロ漫画業界やエロ同人誌業界」が、美術的ヌード写真の頒布ルートを潰すことで、そのニーズを劣悪な性表現に引っ張ろうとしてきている事は前から書いてきたと思う。
  今回もその可能性が極めて高い。でなければなんで、「amazon.co.jpからは売りません。エロティックフォトグラフィーから買って下さい」って事になるのか、って話だ。
  はっきり言えば、この迫害的ムーブメントの裏にあるのは、「劣悪な性表現の自由を騙る側」による「高邁な芸術写真表現への嫉妬」であり、少女ヌードについての精神的訴求を全部劣悪側に引きずり落とす事だ。
  あまりにもひどすぎる。作品の本質性を全く見ずに、勝手にカテゴライズして、更に勝手にプレミアだのの値打ちを色物として決めてるようにすら見える。
  amazon側のやっている事で問題性があるかどうかは別問題かもしれないが、スタージス氏達についてはそういう被害をこうむってしまっている(他にもこうむりかねない写真家がいる)のが現状だ。
  で、今回の愛知県警の件は、彼らの心ならずも、その劣悪側への味方をしてしまったケースになりかねないと思う。
  (逆にスタージス氏の作品などが断じて児童ポルノだと愛知県警が言うなら、愛知県警は日本の国恥でしかない。)

  スタージス氏だけではないけれど、美しい少女ヌードを撮影してきた作家の存在は、アーティストやクリエイターを目指す少女(や一部少年)だった人達にとっての、一つの「精神的支柱」であるわけだから。  (ついにこんな酷い時代になってしまった。なのでこのテーマでしばらく更新してみる。 2015_1/25 4:40-5:12)

  P.S. 本当は・・・愛知県警も悪質警察の仲間入り寸前だったりするんだけれど。今回のなりゆき次第では徹底弾劾する事になると思いますが。
  ていうかコスプレ周辺的な愛知名古屋のイベント事情と、この辺の問題を平均律で考えるなら、絶対に愛知県警のやってる事はおかしいと思うよね。
 (2015_1/25 21:15)


● 自作人形の結構前の状態の写真なんだけど、この時点から見ると今かなり難しい状況なので、今の写真は出しません。壊れてはいないので念の為。でも水にぬれたら台無し状態なのは前と変わらず。
  で、この頃の画像を、比較的美術方面に理解のある知人さん(男)たちに見せたんだけど、
  その反応が結構良かった。結構小さいんですよー;と言うと、「あれ?これ?え?後ろは指?ええっ等身大かと思った」と。これは結構やったー!!と思った(笑)。
  その人写実写真系で人物ばかり撮ってる知人さんなので、普段こういう人形を見る事はさほどないわけで、そういう人に等身大と錯覚してもらえたのは純粋に嬉しい。これが萌えフィギュア的なものを見てばかりいる人だと、多分全然違う評価(「萌えフィギュア価値観」での欠点指摘)になってしまうので。
  なんていうかサイズ的に錯視起こすまで、そこまで大きいサイズだと思ってもらえたのは自分としてはとても嬉しくて。まぁ、方向性自体は間違ってないんだって事だよね!!ちょっとモチベーション上がった!!頑張るぞ!オー!♪ 
  でもなぁ、だから逆にキャラやメカや宇宙人デザイン系とかで反応がピンと来ないと寂しくなっちゃうんだよな。 (2015_1/26 1:36)

○ 前に書いたか忘れちゃったけど、この人形にしても、既存フィギュア(山ほどあるよね)の手首と足首を持ってきてそれにつながる手足を無理やり作れば今すぐにでも完成してしまう。けれども僕は美術カテゴリーとしてこれを作ってるので、そういう事はしちゃ駄目だと思ってる。前の手首も自作だったけど、大きさ合わなくなった(背が予定より低くなったから)ので、針金から各指の分かれた手首を作り直してる。
  何でそこまで困難な事になってしまうかってのには色々理由はあるけれど・・・一つはやっぱり規制が大きい。例えば完成品が僕の手元のと、誰かに買ってもらう作品と複数できるにしても、やっぱりリアル度が上がっていくと変な叩きもありうるし、やっぱり服は必要だと思う。
ただ、途中気がついた事なんだが、この大きさでこの胴体連結だと、服のウエストをきつくしめるとウエストがボディのスキマにめりこむ。だからそういう服は不可。あと薄い妖精の服を作ろうと思っていたけれど、今の市販のオーガンジーは非常に目が粗くしかも化学繊維が多いので、本体に塗装などしてた場合、服ずれでどんどん本体塗装がダメージもらう可能性がある。だからそれも不可。(カメラレンズを拭くのに化繊使っちゃいけないのと同じ)
  だから服はシフォン生地にしないとならないんだけど、今は初代リカちゃん販売当時のような薄いシフォンがなかなか、無い。フリマでいつも探してはいるけれど、もとよりそんな薄い生地は生産後ン十年経つ現代まで保たない。
  生地の薄さは重要で、僕の人形は写真のように裸体だとすごくめりはりあってはと胸で(でもAカップ位のバスト)そのままちゃんと魅力ある(例えば藤田嗣治のキキが少女ならこんな感じ?)って身体になってるんだけど、
  ところが今手芸屋さんの○○○ヤさんなどで買う生地は大体海外生産で厚みも分厚い。昔の日本生産の薄い生地じゃ無い。だから、「服を着せなきゃならない」のであれば、リカちゃんやジェニーほどではないまでも、身体を予定より小ぶりにしなきゃならない?!!という事になったのが1年以上前で・・・今は公表した写真よりかなり身体の前後幅が薄くなっている。そして、肩の球体の大きさが大きすぎてはまらなくなってしまったので、そこも作り直し。
  同じ理由で足首の前後幅も短くした。元の大きさだとリアル的ではあるけれど、靴や靴下をはくと必然足がデカ足になる。
  もともと手首足首が大きめになったのは、ロンドンのバレエを勉強している子供達の本の写真が、この人形のプロポーションを決める最初の参考になっていて、その本の子供達は手首から先で演技の表情を決めるので、どの子も手首の見た目が大きかったんだよね。
  ところがその後作っていく間に頭身が変わっていって、元の手首じゃ大きすぎる事になってしまった。参考図書も少女ヌードなしで出来るはずもなく、結局色々参考に・・・でも一つの写真集ってわけじゃなく、スタージス氏だったり、石川○○氏だったり(あとでコスプレページに書くけれど、80年代ごろ石川氏が発表してた彼女は書籍刊行時に日本に来てサイン会までやっている。ていうか写真が毎日新聞社の「カメラ毎日」に毎月出てた。)、やっぱりClaraに戻ったり、色々資料は必要で、全部役には立っている。日本人少女のヌードはナッシング。他の人形作家の方々の写真は基本的に一杯見てきたので、逆に参考にしてない(できない)です。
  FSS感想ページで書いた「少女アリス」スペシャルエディションの展覧会感想はそろそろここに書きますが、この人形とは年齢層が違ってしまってるので資料には使っていません。確かに「少女アリス」も各アーティストや人形作家の「心の支え」ではあるんですが。
  絵ってのは顔でも身体でもパーツとパーツの間の余白があったら想像(イマジネーション)で埋まってしまうけど、人形とか立体造形ってのは、その余白が自動的に埋まって勝手に調和するってのは、無いんだよね。
  まぁ、でも後は、爪レベルの問題なんだけど。
  いずれにせよ、「布を着せるせいで」身体の薄さや各パーツの大きさを小さくするってのは、全体ヌード状態で不自然でないような流れにしなきゃならないわけで、つまり身体的に資料からの感性的落とし込みを全部やりなおしっていう。
  (後注: あぁ、もぅ。つまり僕らが普通に着てる服の生地の厚み。例えば僕のこの人形はなんと20cm位なわけで、本物の女の子の背丈でいうと、大体1/6〜1/7スケール。つまりものの長さが仮に1/7位になるとしても、着せる服の厚みを1/7にできる生地があるの?って探しても・・・無い!!それを回避する為に着せ替え人形はみんな細身なんだよね。リアル志向過ぎて気づくの遅かった。気づいてはいたけれど、優先順位は「球体関節人形」であって「着せ替え人形」じゃなかったから・・・)

  でも本当は、色を塗るとまたネットで不当な中傷や叩きを受けるから、完成させようとする心にブレーキがかかっているのかもしれない。色のない彫像は芸術だけど、色を塗るといきなりエロスで時にはわいせつとまで言われるような、そういう他人の作品の話は、ネットにも嫌っていうほど出てるじゃん。
  blogspotなどに偽ブログまで作られて、中傷確実なのに、それを避けながら、ちゃんと作るのは・・・・時間制限付きじゃ難しいよね。結局。頑張ってきたけどさ。
  美術で芸術品だと、無彩色の白黒作品しか思ってもらえない、ってそんな時代に、色を塗ってもいいんだよ、と誰かに言ってもらわなきゃ作れないのか、という・・・そんな心は規制側には解ってもらえないだろうなー・・・   (2015_1/26 2:44)



※ 右は同人やってた頃・・・98年頃のイベントか何かでテーブルの前に貼ってたPOP。
  左が格闘ゲーム・スト3のエレナ同人の分で、右が自作キャラのEg(現E9)の顔。
  エレナの方は原稿を確かAMPM(すごく重宝していた)の特殊カラーコピー機で、オレンジ色の単色出力したものに水彩で着彩し、更にそれを拡大コピー。気づかれてなかったけど、エレナ本にしろ何にしろ、僕はこの当時のコピー誌(コピー製本同人誌の意)でかなり実験をしてた。
  右のE9の顔は、単にペン+水彩画の拡大コピー。「淋しい・・・」は、まぁ言ってみればギャグなんだが(笑。そういうキャラだし)。まぁ笑いはとれたのではと思う、若干。
  どちらも「超すごいスピード」で仕上げたので、まぁ自分の今の目で見ても特にE9はすっかすかだな!と思ったりもするんだけど、98年頃の同人サークルの即席POPだしなぁ。こんなもんでいいのかもしれない。
  なんていうかコピック全色とか買いたくなってくるが(当時も持ってる人いたよなぁ)、本当にコミックイラスト以外の使い道が難しいしね;
  ・・・90年代末期のAMPMコピー機による実験の話だけど、あれは安値で単色各色コピーが出来実験効果機能もあったので、玩具同人誌の「SELF TOYS」ではソラリゼーション風効果をカラー写真ページに加えたりとか、企画系同人誌の「MILLENNIUM」も、ページにはかなりの単色を使ったために、AMPMでの印刷を余儀なくされた。
  叩き側のホームページに、僕の同人誌「MILLENNIUM」から「神機導千年紀ガンダム000(トライ)」のページが無断転載されてたけど(まぁ、今ビルドファイターズトライとかガンダムトライエイジとか流行ってるのは僕の企画タイトルから始まった事なんだが)・・・実はあの一連のページは、イベント販売の同人誌ではほとんど単色カラー印刷だった。例えばガンダム000(トライゼロ)やハイドロガンダムのページは青系印刷だったし、ガンダムマーズのページは赤印刷だった。
  で、なぜか無断転載してた奴らはスキャンしたページを全部全部黒色にしてしまってるんだよね。だからその辺の僕の実験性が全然伝わらなくなってるっていう。 そこに故意を感じるわけだ。なんだかなって感じだけど。(2015_1/26 15:49)


○ 僕がなぜ自作に殆ど色を付けなくなってしまったかの理由をさかのぼって考えてみた。
  多分。多分なんだけど、僕がPCをネットにつないだ時に両親から「ネット販売方向への使用は可だが、クリエイターを目指すというのならPCのネット使用は認めない」という(当時の)厳命があり、
  それはそれまでの盗作被害だなんだで僕が落ち込んでいたのと、その方向で今から努力に時間を割くのは当時の家庭状況的に認められないという両親の当時意見からだったんだが、
  そんな中でも、いわゆるオリジナルデザイン系で僕に実力が無いというわけでは無いので、いろいろイラストネタのようなものは手元にたまったりしていて、
  そんな中、俺デザインの「仮面ライダー・フロウ」のマウス画を描いて、描いてみたよとUPした日、成田亨氏が亡くなって。2002年の2月26日の事。
  だってウルトラマンのデザインしてた先生がなくなった日にライダー描いてたとかさ・・・なんか、ね。

  なんだかんだ言って、それで自発的に色を塗りたいという気持ち、絵画を描くのに大事な要素が欠落してしまったように思う。
  ・・・いや、違うな。もっと前からだ。
  僕が写真が好きなのは、自然のままの色があるからだ。

  前も描いたけれど、一般的に言うコミックだデザインだなんだというのはほぼ白黒のペン画か鉛筆の線の作業だ。
  例えばアニメでもキャラデザインメカデザインと、色指定さんは全く別の人が担当している。
  形を考える事と色を考える事は本来一体のはずなのだけど。で、そこにとんでもないトラウマが自分の場合は、ひそんでいるんだと思う。
  僕自身は僕のデザインはものすごいし実力あるし天才だと確信的に思うけれど、他人は僕のデザインは理解しないし必要ともしない。
  必要というのは、経済の歯車に載った業界の作品群に乗らないという事だが。僕の作品でなくてもみんなを癒す作品やエロい作品はあるという事だが。
  文章でも作品でも僕は僕を理解してとは思ってない。ただ、見た人が直感して楽しく嬉しく感動したり悲しくなる作品が描けたらなとは思っている。自分の中の意見の何かが伝わる作品とか・・・。でもそういう、送ってる筈のバトンを受け取られた印象が、僕には伝わってきていない。自ら光ると光の中では何も見えない。だから誰かの作品について感想書いたりする。
  その寂寥感自体が、作品の色の無さに通じているのは、読んでるみんなも解ってる通り明確な事。逃げようが無い。
  その色を取り戻そうっていうのたうちまわりが、いつになったら物になるのか、って旅ばかりな気がする。 (2015_1/25 6:15-25)

  ※ 僕の作品は極北だと思う。例えば成田先生のデザインや石森デザインや、例えば永○氏のデザインや出渕氏のデザインなどがあるとして、結局僕の作品はそれら一度広がった拡散線の終点、いきどまりだと思う。そのいきどまりが2000年前後として、そこからまた拡散分岐させる何かを作るっていうのを自分には意識的に課していたかもしれないし、そういうキリキリする作品が自分のデザインには多いはず・・・なんだが、その一度むすばれそうになったむすびめをもう一度ほどいて拡散させていく作業というのが本当に難しい、気がする。でも言うほどそこまで出来てない気もするので、そこが今後の課題って事に、なるんだろうか。 (1/25 8:42)


● くまのプーさん」は「性別不明で半裸」 ポーランドの遊戯場で使用禁止に
  ていうか、くまのプーさんって、ぬいぐるみなんじゃなかったっけ・・・(◎◎);;;;;
  それ以前の問題として、くまのプーさんの描写が駄目なら、昭和40年代にぼくらも楽しんだ「山ねずみロッキーチャック」とかも駄目になるんじゃなかろうか。
  ていうか根本的に、プーさんが「太っている」から太った男を連想させて駄目っていうんじゃなかろうか?確かにプーさんのデザインは一般に言う美男ではないし。
  なら、太った男が下半身丸出しのイメージがあるから、って事でしょ?ていうか根本的にそのイメージをプーさんから連想する自体が間違っているんじゃないだろうか?
  90年代に全裸保育していた保育園か幼稚園があったけど・・・今はありえないんだろうか。
  根本的に両性具有じゃないし、ぬいぐるみなら無性だから、そういう発想は普通はあり得ないんじゃ?
  なんかプーさんを避けている理由は、全く別の理由なんじゃないか、って気がする。つづく(2014_11/25 22:46)


○ っていうか「ファイブスター物語」が休載になってからもう半年近く経つわけで。感想ページも放置状態。
  FSSの連載再開と13巻発売は楽しみです。でも他者の作品を期待し過ぎると、自分がおろそかになってしまいます(^^);
  別に禁断症状気味ってわけでもないんだが、その間自分が何をやっているかと言えば、
  同人ページ改め個人創作ページがある、Angelfireの広告ウィルスゲート問題で、
  なんていうか安心して作品発表できる場がないと、安心して描けないじゃないか!!っていう、根本的問題が全くもって片付かないのであった・・・・・・
  なんか本当に日本人に対するLycosの悪意を感じるわけですが。いや、tripodの無料ホームページも全く同じウィルスゲート仕様になりつつあるので・・・
  (実は何度もホームページを移転する予定はあったんだが、せっかく検索ヒットしているページをまた放棄して
   偽にまた首位を許し、1から検索ヒット数を稼いで・・・ってのはとんでもない話なので。
   本当、偽サイトやなりすましブログを許しているインターネット社会の上層部ってのは、基地外集団だと断言できるよ、全く。)
  ていうか、ファイブスター物語13巻は順当に遅れてしまってるみたいなんだけど、僕はと言えば
  ヤフオク出品のおもちゃが売れない状態で、しかも写真集系などの買い物を色々してしまって、大変だったりした(してる)のだが、
  とりあえず、色々展覧会にも行ったりしていたので、感想はまた書きます。のびのびになってた「バルテュス・最後の写真」展の感想も書きます。
  少女写真系の美術系展覧会もいくつか行ったのでその感想も。有名写真家の娘さんやギャラリーオーナーとも結構話したりしたんだけども。ていうか後日二度目そこに行った時、藤城氏がお花の鉢植えを贈ってらしてびっくりした!
  藤城清治氏の傘寿展の感想も書きたいし。
  ていうか、やっぱり色々見て影響を受けたものを、描線でどっかに描いてからじゃないと、
  先に感想書いちゃうと、感動が流れちゃうんじゃないか、って怖れが自分の中にあるんだよね。
  ・・・結構僕は展覧会の感想を書く方ですが、自分の中に蓄積して作品を仕上げてく作家の方々もいるわけで、
  僕も一応創作活動はしてる人なので、想った事を全部文字にしてしまうわけじゃない・・・っていう。
  本当の大事な感情は内に秘めておきたいって人の気持ちは理解できます。僕は評論で金稼ぐわけじゃないし。

  ていうか、写真集最近買い過ぎ!!   (2013_11/23 5:42)

  P.S. 先月号のアサヒカメラによると軽装版の「木村伊兵衛の巴里」が出るような広告が出てたんで
  とりあえず予約だけはしておいた。2006年に出た本は、今数万円のプレミアが付いているので、
  小さいサイズでも本になるだけ全然嬉しい!!しかも安い!!って。でもなんかamazon検索などしても出てこないんだよなぁ・・・ええっ?
  こういう本でamazonがノーマークって事あるんだろうか?うーむむぅ  (11/23 5:47)


●  「授乳」はヌード写真なのか フェイスブックが写真削除で大騒ぎ
  前もこのサイトのどこかで書いたと思うけど、自分は昭和40年代生まれで、公園とか電車で普通に母親が授乳しているのを見てきた世代なので、   そういう場面を見てもなんとも思わないというか、自分もちゃんと子供がもてるように頑張ろうとか、その程度。Facebookも阿呆だなぁ。ていうか、↑のニュースの2ページ目によると
  >「公共の場でおっぱい出して授乳していい社会じゃないんだから削除は当然」
  と書かれているが、いつからそうなったんだ?って。多分昭和50年代までは普通にそういう風景あったし。
  ていうか先日テレビ番組で、子供の声を騒音公害だとみなしている大人が異常に多いという番組があって、愕然とした。子供は声を出すものじゃないか?
  わざと声を張り上げてる子供については、まぁカンの虫が治まらないのかもしれないから病院連れてった方がいいとも思うけど・・・ただ、単純に子供を見ていていらつくってのは、実は子供を作らない大人や子供のいない大人がイライラしている、ってだけかもしれない。子供が自由だからなのか?他の家族の幸せを見るようで嫌だからなのか?
  僕は大人は子供を作って育てるものと思っている。ていうか僕的には、自分に連なる命が数億年分あるかと思うとその流れを簡単に絶つ気は無い、ってのが自分の考えで、もう一つは、親ってのは子供が生まれた時、自身の命が将来につながっていくと信じて喜ぶってのはかなりあるわけだから、それを無視するのはわがままなんじゃないかと思う、ってのがある。
  少なくとも僕は自分を好きな女の子が「でも子供は欲しくない」と言うとしたら、まず間違いなく付き合わないもしくは、さよならすると思う。
  (それはヤフオクとかフリマで他人の子供の為に長年オモチャ売ってきた自分としては、やっぱり子供が好きだから自分の子供も欲しい、って普通に思うから。
  もしそれでもそういう女性とどうしても一緒にいなきゃならない事態になるとしても、多分よそで子供作ると思う。愛する女性が子供欲しくないから、自分も子供も持たないとかはありえない。それは僕にとっては別問題なんだよね。)
  女の子に言いたいけど、彼氏が子孫残したいというのをやめさせようとする女は、男と付き合う資格がないよ。それは最悪のわがままだから。特に腐女子思考の連中に言いたい事だったりするが。  (2014_11/7 1:37)


◎ 部屋の片付けをしていてしばらく絵を描かなかった。しばらくぶりに描いた立体用スケッチ。
機械神の一人、Vintage EX-151。前からずっと描いている機械神シリーズの一人。
彼自身はずっと未来から時間移動可能な神だが、その身体は、全て西暦2014年までの科学技術で生まれたもので構成されている。身体のシステムは’ガジェットランナー’(ガジェットフレームより改称)と呼称される。
  彼自身は特に1980年代くらいまでのレトロ電子部品や機器機構が好きらしく、身体のいたる所にLEDはおろか、真空管やトランジスタやIC、トランスミッター、ピストン、シリンダー、パラペラルタンク、機関車の動輪などが存在している。よって彼の身体は多少大きい。旧時代の非効率的なパーツで構成されているからです。身長18m〜25m位?
  ・・・って、なんかこう描いてしまうとエルガイムMk2のムーバルフレームみたいなんだけどー・・・でもこれはどちらかというと、立体造形で、もっとガジェットガジェットしたものを作りたいと思って、詳細は立体時に決めようと思ってE9の大人形態に近いプロポーションで描いたんですが。なんというか、自分なりの機械神をムービー版トランスフォーマーかターミネーターのエンドスケルトン気分で描いたら、Mk2のムーバルフレームみたくなった、という・・・(あわわわわわ・・・)
  ていうか今だから言うけど、エルガイムやエルガイムMk2のムーバルフレームって、ターミネーターのエンドスケルトンに似てるよね!!(ターミネーターの全米公開は1984年10月なので、エルガイムMk1のテレビオンエア登場の方が半年以上早い(84年2月)わけだが)
  こういうガジェット的なデザインは、自分はなんというか80年代に飽きてしまったのだが(新しいメカ形状をひねくりだせないなら、所詮ただの既存メカの集合たるAKIRAのメカ描写でしかないし(大友作品は嫌いじゃないがAKIRAのメカ描写はけして好きではない、むしろ後の方が大友氏も進化してる)(
  ※ まぁアイデアと→の絵まで仕上げれば、ガジェット的なデザインはサンライズでもカラーでもどこでも出来る、だから当然僕でも出来る。

  ぱっと見で脇の背側などに見える真空管などは、1個の真空管ではなく、無数の真空管の集合体の、要はフラクタル超真空管とでも言うべきものだが、結局は真空管です。
  ガジェットランナーは数十個のブロック構造になっていて、その接合面は立方体のブロックになっている。ぶっちゃけ言ってしまうと、学研の電子ブロックのはめ込み面と同じ形をしています。
  彼は基本的には戦闘はしないが、それなりに強いので、シールドと武器を持つ時もあり。シールドにはスピーカーが付いている。シールド等装着時は名称が変わり、「Vintage EX-182 シンセサイザー」。
  要するに学研電子ブロックじゃないか?!・・・って事で玩具にするなら学研トイしかないだろうなぁと妄想してみたり。
  性格はとても大人びて優しい性格をしています。イメージ的に言うと・・・キカイダー01=イチロー役の池田駿介氏の声です。心優しい性格の等身大の内部メカニックなロボットヒーロー!!っていうとやっぱり自分的に実写イメージ的にはキカイダーとか01とかロボKあたりなんだなぁ。機械神なんだが、ものすごくベーシックでもあるヒーローイメージ(or元ヒーローイメージ)なんだよね。・・・だからVintageと名を付けた。
  ていうかこんなん僕が立体に出来るんだろうか?ってのはまぁ置いといて。クリンナップしてぶっちゃけでとりあえず線画だけ描けば楽でいいじゃん?ってのはまぁ正解なので、クリンナップはとりあえずするつもり。立体時に全部変更の覚悟で。 (なんてこった!! 2014_10/31 12:51)


◎ ドローイングというかペンデッサン。下書きがあるので、ドローイングと言っていいのかどうか、自分的には解らない。これも宇宙人。オリジナルデザイン原画。
  多分イメージ元は例によってアポロ石油のマークからなんだと思う。例によって例のごとくの顔なんだけど、自分にとってはとても自然に描けた。名前はソレイユ君。
  ただ自分にとってとても自然に描ける事が、オリジナリティーの適切な表現になっているか?っていうとそこは解らないわけで、 成田教室生の自分としてはこの彫塑的結晶立体的な頭は普通な表現の筈なんだが、他人から見れば永ピー氏のグランチャー的だよと思われるかもしれない、そういえばなんか体のボルト的な所も永ピー氏のデザインに流れてるなぁ;
  このデザインは顔とこめかみを描いた段階で全部形状が決まったわけですが、こめかみからの流れで前髪をこう描いた時、そのまま左右をつなげてしまったので、結果的に永ピー氏のメロウラになってしまってちょっと落ち込んだ(- -);
  だからその辺の所をきちんと自分のデザインラインに置き換えて、って感じで決定稿におちつくんだと思うんだけど、現在はこんな感じ。 しかし目はやっぱコーダンテ家の目になっちまってるのか。泣くー!!

  でも、本当の話。劣化永野だなんだとネットで僕は言われているのだが、86年のAUG−D以来、永野メカやそのオレメカ系って、ガンダムFSSブレン等含めて、この28年間ただの一度も描いていないんだが?????!!!!!
  ともあれこれは、立体造形して詰めていくべきデザインかもしれないんだが、このデザインについては僕では造形無理だよ!!と思う。後頭部が繊細過ぎる;
  後頭部のマフラーヘア(後頭部に排気というか呼吸口が(左の並びのように)曲面配列されているデザインなんだけど、いちいちこの本数分造形するのは僕では無理かもしんない。
  とりあえずタイトルは「太陽の子」って事で。色はオレンジとレッド系です。 そうなるとFSS 5巻って言われるのか;もうちょっと淡彩なので違う風に見えると思うんだけどな。トホホー。  (2014_8/30 11:14 JST)
  P.S. ていうか僕はこういう顔は昔から描いてるが、アクセルワールドに「スカーレットレイン」ってのがあるらしく、結果的にそれに近いイメージになっちゃってるのかも。むしろ赤色極力減らすしか。
  ちなみにこういう顔はほんと、昔から描いてるので。日記の2014_1/8解説(97年デザイン)とか、E9烈帝(←でもここの無料ホームページには米TRIPODが広告にウィルスしかけてきた・・・;)とか参照できるウイルス対策環境の人は、参照。


◎ 最近のドローイング。
  左は一連の「開かれた線」をテーマにした絵の2態。紙に描いてそのままにしている自体、テーマはある。
  以前「原画動画の人ならテーマを解るかもしれない」と書いたと思うけど、実際2chの叩きスレなんかでも、僕のこれらの作品のテーマを理解してる人はいないようで・・・当然か。
  自分(描き手)はどういう考えやテーマで描いているかを語るのはあまり正しい事ではないと思うんだけど、単純に描けばこれらの一連のドローイングのテーマは「開かれた線」という事です。
  つまり、自分は一応デザインやキャラ画を「線」で描いているわけで、いままでホームページにも線画ばかり描いてきたわけだけど、
  その線画にはそれなり意味があったり、塗られていない色を想像して欲しかったり、その余白を意味化するそういう努力がある。
  つまり塗られていない白黒線画の線には描き手のいろんな想いや色があるんだよ、という事をテーマにしているんだけど、
  実は線画だけに色を見る(観る)というのは日本独自の文化なわけで、例えばヨーロッパの美術芸術はデッサンでも「物と物の境界は線で描くな明暗だけで描き出せ」という厳しいものだから(成田教室でもそういわれた)、
  多分ヨーロッパの人々は線画という認識が最近まで発達していないんだよね。浮世絵伝来でやっとそういう絵もあると気づいた。それで浮世絵がヨーロッパアメリカに伝わって、いわばディズニーのセルアニメも生まれたわけです。
  で、その線の想いってのを表現したいってのがあってこういう絵になってるわけですが、
  とにかくさっと描いた絵のラフな線の輪郭を明確にしてみよう、ってのが一種ポイントで、
  別に色鉛筆でもマーカーでも一緒なんだけど、その輪郭をなぞることで、ランダム性を意識的に再現する、という過程はふんでます。
  当然ペンでもミリペンでもちゃんと使えないと精緻になぞれないのでテクニックは要ります。
  で、ここからはテーマなんだけど、日本のアニメの原画でも動画でも、普通はそこに色は塗りません。
  色を塗るのは仕上げさんの仕事です。そして日本のアニメを支えている原画さんや動画さんは、
  鉛筆かペンで原画動画を描いているだけで、みずからの絵に色を塗ることはなく、
  有名作画監督や有名原画マンレベルにならないと、その色指定すら満足にできず、自分自身の絵も描かせてもらえない。
  で、そういう夢を持ちながらも、原画や動画で大成できず、夢を諦めていく人々は結構います。大人になっても引退しちゃう人、いるしね。
  テクニック的な理由ではなく、大方金銭的な理由や家庭環境が理由で、苦しい家庭(家族にハンデある人や要介護者を抱えているなど)だと、各動画に負担をかけている今の日本アニメの金銭状況では、アニメという夢に携わることはできません。そこまで業界の賃金モラルが至ってない。
  それどころか昔はアニメ専門学校なんてなかったから現場に直入社で実地で勉強ってのもあったみたいだけど、今は専門学校に行ってないとまず採用されない。だから、そもそも専門学校に通えるお金のある家の子じゃないと、そういう理解のある両親じゃないと、アニメの原画動画にもなれないんだよね。
  だから、ようするに原画や動画のまま、もしくはそこまで勉強するチャンスも親にもらえないまま、色づけした絵を他人に観てもらう機会も与えられないまま、アニメなどの夢を諦めてる人は過去に大勢無数にいるわけで、そういう夢持ってた人々への思いも含めて、描いてます。
  アニメもそうだけど、漫画家めざす人もそうだよね。雑誌掲載されただけじゃ、自身の絵に色づけしたものを、雑誌上で他人に見てもらう機会はないはずだから。
  だからこれらの絵は、色鉛筆とペンと紙の上じゃなきゃ駄目なわけです。
  ・・・・・・でも、最近はインターネットのサイトやブログやツィッター、フェイスブックやPixiv、そして同人誌などで自分の絵を他人に観てもらう機会があるわけだから、
  そういう80年代までの「夢破れた」人々の気持ちってのは、今の子にはピンとこないのかもしれないんだが。
  ・・・って事でいいでしょうか?まぁ、構図なり描き方というのは今後模索しますが、そういうテーマで。でも、そういうテーマだからって暗い画題にはしたくないんだよなぁ。
  これは縁取りした色鉛筆画についてのテーマで、ただ色鉛筆で線を引いたイラストのテーマはまた別です。

  真ん中の女の子の絵は、ウチが昔飼ってたピーちゃんが今頃人間になってたらこんな感じかなぁ、と。まぁ天使と同じなんで、羽付けてもいいんだが。
  神として言わせてもらえば、このピーちゃんは、我が家の家族と祖父母につぐ霊位にあり、他の全人類より上位に属するのであがめましょうあがめましょう(笑)。(すっげー、全人類インコ以下!!)
  あとはフランダースの犬のネロ。この状態で周囲を星空にする、ってのも考えたんだけど、
 デッサンをきっちりしてそういう風に描きなおすとしても、結局アニメのネロもしくはその僕版って事にしかならないので、それは却下。
  あと、同作品のジェハンおじいさん(ネロの祖父)。ジェハンってフランス語で腹ペコって意味らしい。・・・なんてネーミングだ!!先日のMXでの再放送でおじいさんが死んでしまって、もう何度観ても涙止まらない。
  ていうかこれはいわゆる永ピー氏が言う所の「記号の真似」になっているのかもしれないけど(;)、きれいにかけたとは思います。今の僕が当時生きてたら、世界名作劇場のアニメーター、できたかな。うーん。  (2014_8/30 12:37 JAPAN TIME)



◎ 通常日記に新しく買ったデジカメについて 更新しました。(2014_8/29)


◎ <鷹野隆大氏の写真展>愛知県警「わいせつ」指摘 布で覆い作品展示
ていうか、メールヌードというかジェンダーフリー系の写真家ではゼロ年代の鷹野隆大氏が
木村伊兵衛賞を取った時には結構写真好きの間では騒ぎだったと思うんだけど、
「IN THE ROOM」の頃は500冊限定部数で写真集作っていて、問題になってなかった。
彼自身は結構誠実な写真を撮る人らしく。なんか篠山氏だったかな、評として
「中にアンコが入ってないたい焼きでは無い 尻尾まで身が詰まっていて」みたいな事を言ったのは。
後で当時のアサヒカメラを確認してみるけど。で、なんでわいせつ認定されたかってやっぱ局部関連なんだろうけど、
それ以上に場所が愛知だって事で、根本的に警察の対応が慣れてない、芸術慣れしてないのが一つだが。
もう一つは作品を見ないと何とも言えないが、結構カオスだったり、直感的にこれは美意識では無いなって作品もあったのかもしれない。
そういうのについては、本当に各作品、作家の製作時期で傾向って違うので。初期作から一貫的に、高い美意識で撮ってる作家だが
なんていうのかな、写真は「真実を写す」ものだし、ヌードから開放感をまるで奪うのは?とは僕も思う。
少なくともまだ逮捕騒ぎじゃない点は、愛知警察も大人かつ知性的な対応をしたなぁ、というニュース。
しかし、鷹野氏と美術館側の対応も粋だ。  (2014_8/13 15:08-51)


 ◎ 児童ポルノ法の単純所持→ 廃棄関連について こちらのページ に書きました。

 ◎ 下の絵ほか、僕が鉛筆などで描く女性や少女絵について。(いつもの通りテレビ放送の動態デッサンで静止(クリアスチル)は無しだけど、そこ以外の話題。)
  僕的にはこういう僕の女性画でうまくいったのって、自分の中では僕の絵ってモナリザ級だなぁと思ってる。
  そこは油彩とか鉛筆画とか関係ない点で、例えばミュシャの絵とかデルヴォーの絵でも大きな油絵やテンペラ画や当時ポスターより、鉛筆画に僕が感動する場合もある(しかもそれが非常に多い)。それは建築物より小さい花に感動するって感情と同じで、センスの問題で、つまり美意識の問題だ。
  もう一度書くけど、それは美意識の問題なんだ。そこが一番重要。
  絵が見る側に与えるやさしさとか癒しとか品位とか。まぁモナリザの場合謎の微笑と言われてる作品で、口を閉じた微笑というか、そこに意味があるとか言われているが、僕はもう一枚のダヴィンチが若い頃のモナリザの方が好きなので・・・
  で、僕はずっと「何で名画と言われている作品の美女は大概口を閉じているんだろう?」と思っていて。いや「口を閉じている美女の作品ばかりをみんなが名画だ芸術だと言っている」のかもしれないんだが。
  ルネサンス期の絵画でも近代現代でもそうだけど、口を開けて歯を見せてるといきなり馬鹿に見えたりがさつに見えたりする女性画は巨匠作でも多く、みんなやっぱり女性に口をつぐませている。それも美意識ではあるんだが。日本でも「秘すれば花」とか言うし。世阿弥だっけ。
  でも実はそれって画力筆力の問題なのかもしれない、って思ってもいるんだよね。
  で、一般的に鉛筆で芸能人描いてる人って多いけど、似顔絵と言われるレベルを超えるのは少ないじゃん?やっぱ美術的意識(美意識というか)なんだと思うんだよね。似てる似てないじゃなく。誇張してイラストの形骸に仕立てる、ってのでもなく。技量のひけらかしでもなく。(それもまたありはありだが。アニメ漫画キャラとか。)バランス取れてればいいわけだが。
  テーマでも臨場感でも雰囲気でもいいんだけど、描いた手数かそれ以上の感動感銘を見る側(自分の場合自分の美意識を一番重視してるが)に与える、それはやっぱりテーマと題材と手数のバランスだと思う。と理屈書いたけど、それも含めて感性の問題なんだ。
  でも僕はやっぱ歯を見せて笑顔の女性でも美術作品だなぁって言われる位の品位を描きたいし(そこはコミック的イラストでもそうだが)、それでこういう歯を見せた絵も描いてます。
  それは美術作品を見てきたりいままでの経験則で意識的にやってるわけで、だから下みたいな絵も僕は美術意識で描いてる・・・って事をちょっと言いたかった。変な所で悩むやつだよねー
     (で、今僕は口をほぼ閉じた人形作ってるけど、歯を見せて笑った人形は着せ替え人形でも少ないし、
   球体関節で歯を見せているのに破綻しない笑顔を作るって、僕的に最後の方になるのでは?って位難しい、多分   2014_8/13 15:22 JST)


◎ NHK総合で8/13水曜夜7時半から「はに丸ジャーナル」!!!!!!!楽しみーーーー!!!
  でも30年ぶりの再会なのに、30分しかないんだ、できれば毎週やって欲しいのに・・・・・(そりゃ途中にも懐古番組にあったけどさ)
  はに丸は僕の心の希望でした・・・(;▽;)本当に絶対毎週して欲しいんだよ。はにゃあっ!!
◎ MXテレビ水曜朝6時〜7時のトラップ一家物語、今週で最終回です!!(2014_8/11 6:17)


◎ 「花子とアン」の醍醐さんこと高梨臨さん。スタジオパーク出演時。
  ていうか醍醐さんは好きなキャラなんだけど、髪型が全く違うので雰囲気を出すのにすごく困った。
  この方の顔はとてもほんとうに難しいです。いまでもちゃんと描けたか解らない。
  肉眼ではとても似ているように感じるんだけど、カメラを通すとちょっと細かったかな?って。
  大正髪型の本編で素直に描けばよかった!!ていうか「花子とアン」では描きたいキャストが一杯いて困ります。
  意外とブラックバーン校長の絵が自分では気に入ってたりします。
  でも醍醐さんは大正ロマン少女らしくて、彼女、演技が本当に上手で、もう見てて家族で感動しきり!!実はシンケンピンクなんだよねー;
  ていうか、修和女学校編は日本語英語入り乱れて本当脚本クオリティ高いと思っていたので、
  恋愛沙汰ばかりの卒業後はどうなんだかなと思っていたんだけど、なんとかブラックバーン校長と富山先生が出てきて良かった。

  ライダーや戦隊の俳優や女優さんがNHKの朝ドラに出てくれることは本当に嬉しいです。
  まぁ「花子とアン」の方向性自体は結構歴史上の事実と大改変されてるのでいいんだろうか、など思うんだが、
   村岡さんの遺族にあたる方というか血縁の女優さんがちゃんと出演しているので大丈夫なんだとは思う(蓮子さんの義理の姉の役の方です)。
  ていうか村岡花子さん自身が、フランダースの犬の話を大改変してラジオで語ったりしたそうなので、大丈夫なんでしょう(本当かよ?)
  まぁ花子はもちょっと素っぽい演技で演じて欲しいんだけど。ちょっとこぴっとし過ぎかな。あぁ、桃ちゃん来年春の朝ドラ主演決定おめでとー!!
  angelfireの創作ページの方にも後で移動します。なんかウィルス問題解決してるのかイマイチ解らないもんで・・・。 (2014_8/9 6:31 JST)


◎  前にも書いたけど、基本的に自分は、画家が自分自身の女性像というか女性の絵柄を育てるのは、恋愛相手との関係性においてであるべきだと思っていて、
   けれどもそう思っていた自分は特にそういう理解のある女性なり女の子と交際する事もなく、今まで来たわけなんだけど。
   (その点で、昔、僕に描いてもらえなかった女の子らは損したねと思う。あれから十年とか二十年とか経ってるわけでしょ?彼女達も年を取ってしまったわけだから。若い時の姿は若い時にしか残せない、ってのは厳然たる真実。)
   多分「本気の僕レベル」まで描ける人ってコ●ケだったら上位100人またはそれ以下の人数(僕は負けると思ってないが)なわけで、
   でもそういう僕が自由に描きたい人にモデルを頼めるという状況は無い。(※この問題については後にまた書きますが)
   不思議なもんで下の色鉛筆画のモデルの方は、フェチ系ではあるんだけど、AVとかではなく、デッサンモデルもしている。で、ショートカットの子はAVの人なんだけど・・・不思議なもんだよね。どちらもすごく性格のいい人なんですが。
   絵にすると、AVの人の方が自然体の絵になってると感じるのは何でだと思うかもしれないけど、そこはもうその人それぞれの人間性と僕の見る目の問題でしかない。
  それはさておき、なんていうか・・・顔が解る状態で、自分が写真を撮るなり、絵のために写真を撮るなり、デッサンするための美術モデルさんを探そうと思うと、アマチュアとしてやってこうとする側にとっては、実はこれほど大変な時代は無く、
  実際、根本的に専業美術モデルになる人は少ないし、ネットで顔のUPもしないし、
  写真で顔のわかる状態でヌード撮影モデルになる人ってAVの人が多いし。
  なんで普通の人を描かないのか?って言う人もいるかもしれないけど、普通の人に依頼して理解してもらえるかって過程自体が、もう、辛いよね(だって僕がこんだけ描いてるとか理解してもらう段階自体が、もうネット叩きでわやくちゃだし)
  誰だって才能ある方向で頑張るのが「職業選択の自由」なわけで、しかしその意味で選択しても連中はデマや中傷まくわけだし、それによる誤解を解く作業なり疑念を持ったモデルの顔まで描きたくない・・・って思ってるわけで。
  そういう意味で・・・普通に撮って、普通に描かせてくれる女性なり女の子、って考えると、今は僕はこういう選択になるのかなと思ってます。悲しいねーと思われるかもしれないけど、現段階で僕は特に悲しくない。
  むしろヌードモデルになった方がいい人生になる子が、根こそぎAVに取られてる現状の方がはるかに問題だと思うので。   (2014_8/9 16:30 JST)
  P.S. ていうか、馬鹿な人って、鉛筆画は芸術やアートじゃないって言うけど、その人の論理を僕が使うなら水彩画アクリル画までは芸術じゃないアートだ、ましてやCGなんてアートですらないと思う。で、彫刻や人形製作は芸術である、と。厳しく言うならそうなんだよね。
  前に僕は芸術というより美術の範疇にいたいという事を書いたと思うけど。
  でもCGだってアートに相当する努力を注力されたり視覚印象を与える場合はあるかもしれないから、そこは僕は妥協してもいいかなと思っているわけで、要は芸術やアートであるかどうかってその作品の裏にあるテーマなり努力なり作家の人生なんだよね。そこを容認するくらいは僕にだってできるよ。人それぞれ境遇があって作品作ってるんだから。   (16:33)


◎  珍しくカラー絵っぽい色鉛筆絵。色鉛筆ならこれくらいは描けます。
  これも昨年行った某撮影会で自分が撮った写真からなんだけど、行ったら若干フェチ系撮影会で、
  やっぱりリボンとストッキングなど、コンセプトが主催の人の決めたもので、
  僕はあんまりフェチ系じゃないので、描き終わって悩んだりしたけれど。(今なら描ける!描けた!うーん!と;)
  (ただしもうこのゴムはゆるゆるで、ライトもライトです。
   本当はこの絵の元写真には、右に別のカメラマンさんの足があったのですがそれは削除。
   絵の中にそういう場面性や緊張を再現したくなかったので。)
  でも自分的には状況とかモデルさん(20代)を自然体で描けたと思って気に入ってます。
  この方はこういう撮影会にも出る、こういうキャラの子なんだ、ってのが出ればいいんだよね。
  僕は写真を絵にするとき、トレスとかアタリはやらないです。
  ていうかモデルさんをネット検索した時の印象で、写真が大人っぽくなりすぎたので、
  気分的にその解消のため、絵で腰からひざまでのリーチを短くしたり、顔の陰影を減らしたりはしてます。
  ていうかそういうのはもうなんていうか、理屈抜きで感性だと思うんだけど。20代に見えないか;
  この人描いた下のモノクロ細密絵(7/12 更新分) もそうで、もう全然写真からマニエリスムしてるよね。
  もう一枚は普通に何も見ずに色鉛筆で描きました。これも自然体重視。
  バルテュスなどのデッサン風ではあるけど、顔はイラストチックです。
  個人的に気に入ってるけど紙質見えると大した絵じゃなく見えちゃうのは困った; (2014_9/9 6:46-52 JST)





◎ ひさびさオリジナル怪獣の カンテラ 。心優しい怪獣。
とりあえずangelfireのNECTAFULページに後で掲載予定。
出没地域はNECTAFUL星系他、宇宙。地球にも来るかもしれない。
基本的に明るく楽しい、怪獣ブースカやミッキーマウスやゆるキャラのような動きをするらしい。
頭の脇が常に光っていて、暗闇で迷った旅人のためのともしびにも率先してなる。
大きさはイメージしていない。2m強とも、数十mとも・・・
もともと凶暴な怪獣ではなく、指のつめも丸まっていて全く攻撃性がない。戦う時にはタックル位だが
胴体全面の色クリア全面から強い光線を発射する事が出来る。
この光線は比喩でいうとスペシウム光線くらい強力だが、よほどの事がないと使わず、一生に一度も使わない個体も多い。

雑に見えるかもしれないけど、僕は「完成しきったデザイン画はドローイングではない」と思っているので、
自分が魅力を感じる範囲で余地を残す描き方の方に魅力を感じます。
ありがち意匠もあるかもしれないが、過去になかった意匠もあると思うので、こういうデザインで、全て新奇を追う気もないです。
立体造形にはこれで充分だと思うよね。他人に作らす気ないし。ていうかゆるキャラだなぁ。ほのぼの(2014_8/1 16:46)
P.S. ていうかこの鉛筆画の見えてる範囲を、造形するのに困る怪獣造形家なんて、誰もいないと思うよね。
成田氏も一応ペン画設定は確固たる形を描いていたけれど、結局各ディテールをボリュームUpされたり、
デフォルメされたりで。つまり多少のイメージ誤差は描き手と作り手で 当然 あるだろうし
要は自分が作るにしろ他人が作るにしろ、これ以上のディテールって→の場合要らないんだよ。
確実なペン画を描くというのは、純然とパブに出した時のプロ意識の問題でしかないので、
依頼もないのにそれでもペン画ドローイングレベルに仕上げるかどうか、は自己の欲求次第なんだろうな。(23:41)

○ ここからは上と関係ない話。ていうか僕が怪獣系をあまり描かないのは、既に多くの特撮で前例出まくっていて、
  どんな描き方をしても、「所詮前例がある」と悪意のある評論をされるからなんですね。
    実際いろんな技術や新規意匠を投入して、善意ある怪獣だと設定しても、ニーズがない。
  怪獣との戦いだあ!怪獣殺したあ!また戦いだあ!の企業利益のために使い捨てられるのがオチで、そのためには怪獣は普通必須、悪で、
  悪の怪獣を平然と描けるデザイナーが必要とされるわけだが、僕はそこまで行けない。
  ていうか元々怪獣ってのは、恩師の言うように人間の混沌とした悪の典型の具体化という側面もあり、ヒーロー番組ではそこが強調される一方なわけで、
  そういう側面たる怪獣なら、僕が描かなくてもいいよ、ってのが僕のポリシーだったりする。(Vi:のモンスターは物語の必要上描いただけ。意匠アイデアは面白いと思うが)
  (実際その手の出資側ってのもそういうものとしか思ってないし)そういうデザインは僕はしたくないので。
  多分子供たちにはニーズあるんだけど、業界はそこを見てないんだよね。
  下の虹色線で描いたヒーローだって、例えばこれをミクロマン化したり他のフィギュアにしたり、
  ジオラマ付きで出したら、今の子供たちでも足じたばたさせて夢中になって買うと思うけど、
  そういう発想はもう多分どこも乗らないし、僕がこう書いても
  「ああ、いいですね。森本さん抜きで(参考に勝手にさせていただいて)ウチで勝手にやりますよ」でしかない。で、似たようなデザインのが出ると。それが業界ってもんです。
  業界は企業利益のために日々それをやっているしやってきたので、そういう所は僕はなんとも思わない。
  (ていうか以前某社の限定企画などで成田先生のメバなどの怪獣を氏の四次元ジオラマのミニチュア付きで出したら?という案を提出したけれど、なんの反応もなかったな
  それ以前に変身サイボーグのスーツで突撃!ヒューマンを出したらという意見をタカラの人に伝えてもあんまり反応なかったw;)
  <↑ 後注: ニーズがあるかどうか解らないからって話だった。ていうか、復刻サイボーグ1号での新規スーツは全く無かったから、
  いわば99年が最後の機会だったんだな。どうせライオン丸を出すなら風雲の方が・・・と僕は言ってたんだが、「楽しみは後で」とスタッフは言って、結局後など無かったから(ぎゃふん)>
  
  「森本は絵を描けない」とか「クリエイターじゃない」「似非芸術家」なんてのは僕から見ればくだらない世迷い言だよね。仮にプロが僕に言おうが世迷い言。
  だって下の虹色線のドローイングのテーマすら2chの叩きスレではまだ言えてる人いないじゃん?(^^)
  本当叩き連中は下らない。ナチスやミリタリーにしか詳しくないのに評論家を騙ってるコミケ系の奴らがトップだから当然その取り巻きもそれ以下だし。
  ていうか粗悪な編集者とか多そうだよね。誤字脱字ばかり突いてくる。校正の仕事ばかりしてるのか?
  鉛筆線では印刷に乗らない、それがなんだって言うんだろう?どんなデザイン画でも(彼らにとっては)結局はデザイン画だよね。資本やクライアントのために提出するものでしょ。
  でもこういう作品描ける僕は楽しいしくっだらなくないし、気分最高です。
  下劣な業界や下劣な同人界などとは関わらない方が、本当に自由な創作ができるよね。その辺は超実感中。 (2014_8/1 16:46)


◎ この3日で描いてみたドローイング。全作品下描き無し。左から。
  ・ 『80’s Girl』 ・・・80年代女性っぽく。ガールって雰囲気ではないが。
   こういう顔のアニメキャラって80年代はいたよなぁ、って感じ。
  ・ 『Tube Top』 ・・・チューブトップというかサラシっぽいんですが。
  ・ 『聖なる光』 ・・・即興デザイン。よってデザインの下書きやトレスは無く、先のと同じく、これがデザイン原案画です。
   若干Pフレームに似た特徴が出てはいるけれど、基本的にはE9ライン。(ここからはトレスとかするかもしれないが)
   こういうデザインになる原因になるようなデザインやラフ画は山ほどあって、何を見るでもなくこんな感じですが、
   さすがにそろそろキチンと構築したデザインでこれをやった方がいいのかな。
   ていうかキチンと構築したデザインが美術作品になるとは限りませんが。
   ・・・こういう虹色線+黒線を使っているのは、意図的にテーマを持ってやっていて、だから続ける気ですが。
   だからこれは「アート」)なんですが・・・このアートのテーマって誰か気づく人いるんだろうか?
   世の事例どおり当分気づかれないままなのかなと思うとちょっと悲しい。アニメの原画さんとか動画さんとか気づいてくれるだろうか?無理か;

  ・ 『神獣』 一応神の獣というか聖獣というかそういうイメージで。背丈5mくらい?
   これも下書きなし、トレスなしの一発ペン描き即興デザイン。四足になると思うと手足の長さが違うけど、
   基本的に移動は羽で飛ぶか、羽の力を使いながら後ろ足で軽く地面を蹴るように移動するので、
   4足の長さが不調和でも問題ない。尻尾で羽を掃除してます。彫像にしたいなと思って描いたもので、
   なんていうかヨーロッパのビルの上によく立ってる「ガーゴイル」の森本版を描こうと思ってドローイングしたんだが、
   ガーゴイルって基本的に魔よけとは言え鬼とか悪魔に近いので、僕が作ってもしょうがないよ、って事で神獣になりました。
   下半身に突っ込みいれる人もいるかもしれないけど、馬とかの彫像では結構立体造形してるよね。したがってこれは全く問題なし。


  ていうか先日のフリマで隣のおばさんたちが売ってたドイツ製の馬のミニフィギュアでは全部あそこが隆々と造形されてた。やっぱりその辺造形されてないとヨーロッパっぽく無い。
  ていうかペンのインクが切れかけて、これはちょっとドローイングとしては荒れてるなぁ・・・・・・
  でも左から7千円、6千円、2万円(キャラ著作権別)、1万円(キャラ著作権別)って感じだが。(気分として)

  ていうか馬作りたいとか言ってた矢先に先日のWFでfigmaの馬の試作品展示があったと知ってびっくり。でもまぁ、馬は誰が作ってもいいものだよね。figma版を買うかどうかはフォルムによるかな。
  (フォルムというか筋肉というか・・・馬も人間と一緒だよね。千差万別!!)
  だから僕も作りたい、いつか。彫像や人形に限らず、別の形で作品のテーマとして作る可能性もあるので。   (2014_7/30 16:50 JAPAN TIME)





◎ ・・・というか、バルテュス氏が追及した事が、一種少女の中の少女原理というか、
  現代のマスコミだのアイドル文化だの一時代に過ぎない教育だのに、惑わされた少女原理ではなく、
  思考的に普遍的に身体的な少女原理として、少女を追及して描いている事が、多分僕的・・・ていうか絵の鑑賞者の共感点なんだろうけど、
  成田氏の場合は、多分ウルトラマンなどを好きな少年の少年ならではの、男性の中の少年原理に対して作品を作っていたわけで、
  僕的俯瞰で見るならば、全くの対立軸になってるのかもしれないな、と思う。僕は思考自体はバルテュス氏の方に近いような気もするけど、
  事実上、どちらも大人としての視野で、少女性なり少年性にアプローチしているわけで、
  そこは僕はもう少し近い始点でのアプローチをして創作を続けてくつもりなんだけど、
  どっちにしても職人気質になぜかブールデルやジャコメッティを挟んでそういう対立軸を表現していた。
  なくなったのもほぼちょうど1年差・・・って意味では、不思議なものだなぁ・・・と思う。
  で、回顧展も同時開催なんだよ・・・この日本で・・・・・・。(まぁ双方を仕掛けてる人もいるみたいだけどね。←グッジョブ・・・と言えばいいのか?)  (2014_7/30 4:18 JAPAN TIME)



◎ 昨日から3枚描いてみたもの。
 左のものは昆虫型の異星神(例によって)で、足が植物の根、背中がウスバカゲロウのようなものを描こうと思ったら、
 なんか背中の硬い羽を入れたせいでヴァンパイアセイヴァーのジェダドーマみたくなってしまった。パクリってわけではないですが・・・
 後頭部も昆虫の羽根が付いてるようにしたかったんだけど、なんかものの毛姫のシシ神みたいだなぁ。
 まぁ、このデザインで自分っぽいのってのは、頭と顔と手と薄い羽と根型の足くらいか。技術的な価値しかない絵です。売るとしても1万円程度のドローイングだね・・・;
 真ん中はバストぼーんの女の子。とっても可愛く描けたので自分的には100点。
 こんなんで100点なのか?って言われるかもしれないが天使的に描けたので100点。
 3枚目が昨年撮影のヌード写真から描きなおした小品。
 写真はもっといいのがたくさん撮れてるんだけど、絵にした時感じいい構図と、写真としていい構図とは違うって事で、
 習作的に描いてみたら、写真が緑寄りの色調だったからかこんなルノワール系印象派風になってしまった。画材は色鉛筆(日本製だったり海外製だったり)。
  (僕が使ってる色鉛筆は安くはないけど、高い安いではないような気もします。)
 油彩だのアクリルで描きたい構図や写真が決まるまでは色鉛筆の小品と決めてます。
 色合い的には気に入ってるかな。実はバストぼーんの女の子とキャラ同じかもしれず  (2014_7/26 16:04-11 JAPAN TIME)





◎ 最近の自分のクロッキー帳はこういう感じで描いてる絵が増えてます。
  ここではアイデア的に見せられないものは載せない。虹色線は人物デッサン、キャラ、メカ、異星生物デザインともに前から使ってるけど、
  4月に始まった「キャプ●ンアース」で、テッペイの歯車装置姿「アルビオン」が虹色線状態で登場したので、そのまま使うのがなんか・・・ね。
  僕視線では前からやってたわけだけど、2番せんじ扱いされるのはいやじゃん。自分としては、自分のデザインであれをアニメでやって欲しかったわけで。
  とはいえ、CGを使いこなせるほどの技能はないし、イラストなり絵画でやるしかないのかぁ、と試行錯誤してたわけだけど、一応現在はこういう表現で落ち着いている。とりあえずこれは自分的にはパクリじゃないぞ、と。前例あるかもしんないが。
  宇宙人キャラはNECTAFULページ(http://www.angelfire.com/planet/nectaful/ 現在tripodとangelfireの無料ページの広告がウィルス警報状態なので閲覧時はウィルス注意;;)・・・の方で後ほど解説しますが(ここで解説やってもいいんだけど・・・)
  右の方はいわゆるフラワノイドデザインの最近のです。両端ともにこれがデザイン原案画です。
  そういう意味で立派にアートではあるんだよね。でも、何で僕がこの絵を自己評価してるのかとか、フツーの人は解らないだろうしさー。
  ていうか昔からこういうキャラ描いてきたけど(いまやアク●ル●ールドなどにも似たようなキャラ出てきたけどね・・・)、自分で飽きないのかと言えば・・・あんまり飽きない。
  それぞれ下書きはなし。一番右のキャラはとなりにキャラデザのラフ絵があるので、それを消してから背景塗って絵にするかと思ってますが、
  この状態でドローイング売るんだったら両端をのぞいては、7000円から10000円の間って感じ。背景塗った場合は各2〜3万以上。(ただし左から2番目のは直上に失敗描きがあって、それをCGで消してるので売れない。)
  いつか他のもそれぞれ売れる所までこぎつけたらなとは思っているが、どこで?とか場所は?とか、原画売っちゃっていいのか、とか色々あるので悩む一方。
  両端については、デザイン原案画なので、その辺が作業終わるまで売れないし売りたくない。絵としてはせいぜい2〜3万だろうけど、キャラとしてクリンナップしたら大体30万円前後。使用料もそれなり、の予定。
  いや・・・普通にそんなもんでしょ?
  でもBlogger(Blogspot)にある偽ブログとかは、また著作権の頒布権無視で無断でUPするのか。無断UPすんじゃないぞ(怒)。泣きたい。個人創作ページには後でUPします。
  ていうか、この手法をリアル絵路線に生かしたいんだが、その方法に今悩んでいる所だったりする。
  とりあえずこういうドローイングだったらいくらでも描けます。   (2014_7/25 16:25 JAPAN TIME)。   (一番左のはNECTAFULページに載せたけど仮設定。ウィルスが沈静化するまであまり読むのを勧められない; /26 1:58)






◎ ていうか、僕がこのホームページにUpしている絵って、ドローイングだとしても、イラスト的だとしても、
ファインアートしかUpしていない筈なんだよね。ポルノをUpした事は一度も無い。
ていうか、僕の鉛筆画がアートか否かという問題だけど、多分最近の超精細の技術ならスキャン可能かもしれないが、
多分普通のオフセットでは無理だって気もするし、だったらやっぱり一枚絵とか作品扱いでしょう、って。
前から描いてる金線使ったイラストもそうだよね。あくまで手書きの金線だから、印刷に出来ない。
その辺は印刷できないものを自分は意識してる。セピアインクだってそうだよ。
イカ墨セピアインクでわざわざ描いてる事に意味があるわけだし、
イカ墨セピアインクをむやみにきれいにせず、一般の印刷で再現できるのか?ってハードルは極めて高いと思う。
原画が出版された時、目に見えて美しくなったりきれいになったり、って
一概には言えないけど、僕的には邪魔な時もあると思ってる。
で、印刷で再現出来ないものは美術作品だと思うんだよね。アートっていうと、なんか大量生産っぽいけど、それは無理だからさ・・・(欝) (2014_7/25 12:38 JST 日記ページにもUPしたけど、ここにもUP.)


◎ 知っての通り、結構前から虹色でラフやデッサン描いているわけですが、
  虹色系で描いてるのはかなり前から結構たまっていて、その辺で結構結論が出てきたっぽい雰囲気。
  女の子の顔はうまく描けたと思うんだけど、わきに裏側のコピックが透けてしまっているので、
 これは新たに描きなおしたい雰囲気。例えば油彩やアクリルで。
  天然じゃなくてケミカルでも、意識的に各絵の具を用いれば、いい効果は出る筈だと・・・だと思おう、うん。
  ていうか、オリジナルメカ(というか機械神)のααα(アルファルファー)のデザインラフとか、
  いや、「ナスカの地上絵」って設定自体は1999年の俺ガン当時から変わらないんですが(※同人ページ読んでない人へ。このデザインは俺ガンダムのガンダムアルファルファーのリファイン完全オリジナル化のン十個目のラフです)、
  ナスカの地上絵を立体的にデザインしようとすると、どうにも恩師の怪獣のブランカーを離れるのが大変で(笑;)
  モノクロで描いてみた絵まで、やっぱりブランカーだよ;なんだかなぁ。でも横顔はカッコいいでしょ?
  この手の顔はずっと前から描いてるので文句はなしでよろしく。
  クリンナップすればカッコよくなりそうなものまでラフデザインではじいているのがなんともね。
  その辺の対策措置がそろそろ終わりつつあるかなぁ、と。緑やピンクで隠しているのは例によってPフレーム部。でも見せた所で「はーん」とか「へー」とか叩きが言うのは(故意に言うのは)間違いないし。
  描いた結果が良くても悪くても僕への反応や連中の情報操作が変わるわけじゃないからね。
  ・・・セピア(イカ墨)インクでクロッキー帳に描いた色々。なんか自分のクロッキー帳って芸術だなぁと思ってるのは昔からだよなぁ。
  この辺は下描きなし。ていうか最近ほとんど下描きなしだなぁ。
  サイボーグ1号やアンドロイドAのヘッドをオリデザに変えてみたようなのとかパターンとかなんか色々。(この頭の場合、アゴの下を抜けにして入れられるようにしようか、って感じだが・・・まぁ僕はソフビヘッド作れないからなぁ 7/25 15:10 JST)
  P.S.電子頭脳デザインの隙間は当然曲面構成。三次曲面なんてあったりまえ!





◎ 昨年秋のデッサン会のクロッキー。それぞれ所要時間3分。だけど、結構気に入ってます。
  時間内で描く意味ってあるよね。実はこの下にUPした写真模写の人とモデルは同じで、
  手法によってこれだけ結果が違うってのにびっくり。、額装しても面白そう。(2014_7/25 14:25 JST)



◎ 藤城清治氏卒寿記念90展、銀座教文館ウェンライトホールにて、7/26から!!
影絵の小人やケロヨンでおなじみの藤城氏の90歳記念の展覧会です!!凄いです。
さすがに90歳なので、サイン会の回数は盛夏は少ないみたいですが、
平日に行けば結構落ち着いて見れると思うので、ご家族連れで是非是非行こうね!!( 2014_7/24)


○ ていうか、下の件など表現の自由云々の問題は、自分的には今関わりたくない(なかった)というか、自分は自分で創作に集中したいってのはあるんだけど、
  時流に対して言える時に言える事は言わなきゃ、資料すら持つの許されないって事になりそうなので、そこは譲れないかな、と。
  ていうかこの問題では、頼まれもしないのに協力するという姿勢はもう取らないことに決めてるので。
  もうずっと、表現の自由を守ることについては、自分は努力してきたし、これだけ長い事やっててどうにもできない連中の協力をしたって意味が無いから。
  つまり深いレベルでの思索的創作をやってない連中が何言ったって説得力に欠けるから駄目なんだよ。連中のディベートゲームは所詮ゲームだから切実さが無いんだ。
  ていうか今自分が人形作ってるのは、当然作りたいからなんだけど、本当は今年は午年(うま年)なので、競走馬のスタチューとか馬がらみのキャラデザインとか本当にしたいんだよ!!って・・・
  ていうか子供の頃から馬は好きなので。本当の本当に好きなので。競馬には賭けないので、テレビで見るだけなんだが。道産子馬でも種馬でもいいんだよ。白馬は好きだけど、それだけとも限らない。栗毛の馬でも茶褐色の馬でもカッコよければそれでいい。牡馬でも牝馬でも。

  ところが表現の自由だなんだと世の中が混乱して騒いでいるので・・・それが本当に邪魔で。本来は美術やクリエイター的活動って、自分の着想に基づくなら、いつ何を作るのも自由で・・・例えば少女系の作品だって、発表するかどうかを抜きにすれば、長い人生のいつ作っても良いはずじゃん?でもそれが出来なくなる状況になりかねないから、今とりあえず人形を完成させておかなきゃって事態になってしまった。で、焦って上手く行かなかったりする。
  いや、少女だろうが成人女性だろうが、ヌード作品は自分は一生作る(作ろうとする)だろうなとは思うんだけど、その期限を制限される、製作順序を社会状況にいじくられるのが・・・僕としては本当に嫌なわけで。
  本当は、この問題はプロとかアマチュアとか超えた所の問題なんだが、この問題の弁護をする人々は「プロだから」とか「芸術家活動をしているから」とかそこで「切実」を語ろうとする。しかし相手は絶対「お金儲けのためなら他の方法があるんじゃないですか?」と聞いてくるでしょ?
  そうじゃなくてアマチュアにもプロにも切実な問題だ、というスタンスを崩しちゃいけなかったんだよね。
  ロボットデザインや異星人デザインとか、クロッキー帳だけでも死ぬほどたまってるから、クリンナップすれば発表いつでもできそうなのに、angelfire(ていうかtripodが元凶)のホームページの無料広告がなんかやばげで、作品の更新がずっと出来なかったし。(ホームページのトップに書いてみるもんで、昨日か一昨日から無料広告のやばさがやっと穏やかになりましたが、僕自身がまだ安心できてない。)

  そんな間に過去のクロッキー帳自体がどんどん他の荷物に埋もれていくし。
  ・・・僕の球体関節人形については、自分の追究心や出来ばえへの自己設定ハードルを度外視すれば、いつ複製作ってもいい状態ですが、レジンに置き換わった後で微細レベルの表面処理は難しいと解ってるので・・・まぁとにかくとんでもなく「かわいい!!!!!」。   けど同じ一つの素体のグレードを延々と上げ続けてる作業なわけで。何回プロポーションの変更をしただろう?
  次は少女じゃなくて成人女性を作ろうと思ってたんだけど。例えば妊婦さんなんかは立体物としてずっと作りたかったテーマで(それこそ90年代から)。でも別に僕はアダルト作品を作りたいわけじゃないので・・・平常心で作りたいわけじゃん?
  社会への怒りをぶつけるとか、そういうのが美術に必要なんだろうか?僕は作品には要らないんじゃないかと思う。自分の態度や文章で書けるから。芸術には怒りは含まれても、美術に怒りって含まれないような気がする。
  ・・・最近は医療関係の方に古くなった医療用プロ用レジンを、ほぼ無料でおすそわけしてもらった(古くなると生身には使えないらしいので)。
  実は、僕の造形のやり方って医療系に近かったのかもしれない。そういえばそっち系の知り合いいたなぁ・・・お世話になった某古玩具店の店長も、技工士の免許持ってた。  (2014_7/21 23:25)  
  (P.S. しかもそんな矢先に外国のクリエイター系の人とメールで知り合いに。仕事じゃなくてコレクション関係でのメールだけど、もう2〜30通くらい全文英語でのメールが延々と続いてる。しかも義理まで出来てしまった。あと他の方にも約束してることが結構あって・・・大変です。ヒマじゃなくて。 (23:39)


● 先日の某作家さん逮捕の件、通常日記に書きました。→ コチラ



◎ バルテュス展の感想です。6月22日まで東京都美術館で開催されてました。7月5日からは京都市美術館で開催されます。
  バルテュスはパリ生まれですが、ポーランドの貴族の末裔である画家で美術史家の父と、やはり画家の母親との間に生まれました(しかも両親の国籍はドイツ)。一般的には少女のヌードなどを描き続けた画家として有名ですが、それによって彼が評論家から受けた迫害などは苛烈なもので、彼はアトリエを転々としながら作品制作を続け、後に日本人大学生の出田節子さんと結婚し、多くの作品を残し、作品どころか建築物(ローマのヴィラ・メディチではフランスアカデミーの館長に就任して、メディチ家時代から適当な補修を行われた同館の美術的キュレーションを行いました。)そして最後はスイスのロシニエールにあるグランシャレに住み、少女と風景画を描き続けて、2001年になくなりました。この展覧会も出田節子さんの全面協力によるものです。
  で、自分がバルテュス(本名 バルタザール・クロソウスキー・ド・ローラ。バルテュスは愛称。)という画家を知ったのは、多分高校3年か浪人している頃に、予備校の近くの本屋さんで画集や美術雑誌を色々読んでいた頃だと思うんですが、自分としてはとても普通な印象でした。ていうか自分もキャラクター絵とか色々書いているけれど、やっぱりアニメや漫画の少女ってのは結構はっきりした性格の少女が多いし、実際現代日本の元気一杯はじけまくった女どもと共に生きてる僕の立場としては、少女ってそんなおとなしいものなのかなぁ、っていうのは普通に感じていたわけで(そりゃ同学年として中学生や高校生を潜り抜けた男の子にとって、少女ってそんなおとなしい存在なわけがない!)。でも、まぁそれって各少女の個性かな、と今では思っているけれど。本当に個性によるよね。そんな僕は、今では多分、結構イデオロギー的に近いのかもしれない・・・と思える展覧会でした。

  今回の展覧会・・・の前に美術手帳も買って、NHKの日曜美術館も見たんだけれど・・・。   その前に、僕の美術の恩師は知っての通り、成田亨氏です。成田氏はウルトラマンやセブンの初代デザイナー。先生は僕と他数人に弟子と名乗っていいと言われて、弟子認定はほぼ僕が1号だったんだが、それはさておき・・・。
  成田氏は、詩人のライナー・マリア・リルケが大好きで、美術教室当時もリルケの詩集はいい、と勧められたりした。で、バルテュス一家は彼が子供の頃第一次世界大戦で、ドイツ国籍の父親の家財が差し押さえられて、パリからベルリンに移住し両親が別居、彼と母親はスイスのジュネーブに移住して、そこでバルテュスの母は先の詩人リルケと交際していたっていう。
  それだけではなく、・・・成田氏の恩師は清水多嘉示氏という彫刻家で(去年(?)なんでも鑑定団で作品鑑定あったね)、武蔵野美術大学の教師だったんだけど、その清水氏がパリで若い頃に彫刻を習っていたのがブールデル。だから成田先生はよく「自分はブールデルの孫弟子だ」と言っていたんだけど(僕はひ孫弟子か;)。
  で、ブールデルの代わりに清水氏はブールデルの弟子だった若き日の彫刻家、ジャコメッティに代わりに彫刻を教える事もあったそうで、バルテュス氏は晩年まで、そのジャコメッティの親友でした。(長かった・・・ふー;)
  つまり、僕の恩師が成田氏で、その恩師が清水氏で、清水氏の生徒がジャコメッティで、ジャコメッティの親友がバルテュス氏だったという。
  「六次の隔たり」って言葉(間に6人いれば世界中の人と間接的つながりがある)という言葉もあるけど、間3人だけの方で、
  ていうか、僕も作ってる球体関節人形というジャンルは、ポーランドのシュールレアリストであるハンスベルメールという人形作家が、ナチスへの反対行為として始めたもので、彼もポーランドの血を引いている。僕的には、色々惹かれるものがあったわけでした。

  バルテュスは子供の頃から日本調のもの(着物など)や、猫が好きだという気持ちを持ち続けていて、それが晩年まで彼の絵画に反映されている・・・どころか最後の夫人節子さんは日本人。
  彼はリルケに才能を見出され、まだ13歳にもかかわらず、彼のプロデュースで彼が買っていた「ミツ」という猫についての絵本を出版します。このミツというのは日本名で、光とか秘密を意味する言葉なんですが、「踊り子ミツ」jから来た名だそうです。
  若き日の彼は挿絵画の方向の作品を残していて、エミリーブロンテの「嵐が丘」の挿絵の仕事もしています。(元の小説1847年に出ているわけですが) 彼は主人公のヒースクリフとヒロインのキャシーに感情移入し、当時多難な恋をしていた自身と彼女のアントワネットを、自ら書いた挿絵になぞらえた油彩画を残していて、それら全部展示されていました。
 (そういえば「ルパン三世・峰不二子という女」のテーマ曲も「新・嵐が丘」といったりしたが。特にこの文には関係ないが;)
  そして、その挿画など若き日に描いた作品が、構図や主題として復活して、後の彼の絵画の方向性を決めていきます。
  少女を最初に描いた絵はテレーズという少女(彼の隣に住んでいた)の絵で、多くの絵が描かれています。その後彼はアントワネットと結婚しますが、しばらく後に別れます。
  何がどうしてうまく行かなかったのかは不明だけど、彼は初個展の段階から画商のピエールマティス(画家のマティスの息子さん)に注目されるほど絵の実力はあるとは言え、絵は一般人には売れず、相当な貧乏ぐらしだったみたいで、それでうまく行かないってのはあるのかもしれません。(彼女、アントワネットって名前だし、やっぱ性格上マリーアントワネットを意識してしまうような性格だったのだろうか?)
  そして、少女を描き続けたと言っても、彼は別にスキャンダラスに少女を転々としたというよりは、常に身近な人物との出会いの枠内で、画家として描いていきます。
  ていうか、彼の絵はすごく、古典的絵画というか・・・いわゆる「初期ルネサンス絵画」に学んだ作風です。(フィリッポ・リッヒとかあの頃?・・・ピエロ・デッラ・フランチェスカの絵の模写を延々続けていたそうな) バルテュス氏は正式の美術学校で学んだわけではなく、しかしその技術(画家の、職人としての)は、当時のシュルレアリストの技術をはるかに超えています。実際彼は自らを宗教画家と言っているわけですが(ならなぜ少女ヌードを描いたりするのかという事だけど)、それで当時のシュルレアリストに仲間だと思われ、しかし彼個人としては迷惑で(なんか自分もそれ解る)、それで誤解を受けながら創作活動を続けていきます。
  後に彼はジャコメッティの友人にもなるんだけど、ジャコメッティもシュルレアリスト達から絶縁宣言された彫刻家だったんだよね。
  ていうか自分の恩師の成田亨氏も、抽象彫刻(ていうかウルトラ怪獣や星人自体が基本的に抽象化から作られているが)は作るけど、シュルレアリストは嫌いだと言っていて・・・しかしダリだけは別だと言っていた。意外と突撃ヒューマンの敵側モチーフ、ベルメールの版画から来てたりしたが、晩年は具象彫刻に戻っていった。ウルトラ怪獣などの絵も、つまりあれは抽象化されつつ具象。その、現代芸術の中で、具象に着地したいという気持ちはなんとなく通じている。
  成田氏はアメリカの絵画にはほとんどろくなものがない、と言っていたが、アンドリューワイエスだけは好きだそうだ。で、夢見るテレーズなどは、なんとなくワイエスにも通じてるよね。年齢も近いんだよ。バルテュス、ワイエス、成田氏・・・
  ただ・・・バルテュスは、作家のバタイユ(僕は苦手なのだが)の娘のローランスのヌードも描いていたくらいで・・・。バタイユの「マダム・エドワルダ」などの挿絵を描いていたのは彼の故郷のポーランドのシュルレアリストであるハンスベルメールなので、ベルメールの事も当然意識はしていただろう。で、僕もベルメールの人形は好きなのだが、ドローイングには苦手な作品もある。その辺、バルテュスの感覚はもっと牧歌的で、僕も結構理解できる。今回の展覧会も、実際そういう牧歌的作品群が多かったです。
  しかしバルテュスの場合は、少女をパーツ構成で考えるなどもっての他という思考だろうし、抽象という発想自体がおそらくほとんど毛程もない。あくまで少女の中の霊性というか奇跡というか天使性を見つめているわけで。何で彼が少年を描かなかったか?それは少年はいずれ戦争にかりだされてしまう、そのように育てられてしまう存在だとわかっていたからだろう。(バルテュスは第二次世界大戦で、地雷で傷を負っている)・・・だから彼は少年を聖なる存在にしがたかったのでは?と作品見ていて僕は思った。僕なら少年の絵で聖性を仮託するのも普通じゃんと思うけど(ルネサンスの絵画での天使や神々)、多分バルテュスはそういう事を思考がゆるせる時代に生きていない。バルテュスの時代は少年すら兵士になる・・・ナチスに少年兵が大勢いる時代。しかし当時の少女は戦争の加害行為とは無縁であるべく育てられる。
  バルテュスは地雷負傷し除隊されてから風景画を描いているがそれはもう戦争の灰をかぶったような真っ暗な景色で、けれどもその後ぱっと景色が明るくなってくる。なんていうか本当にやさしい人なんだろうなと思ったのは、第二次世界大戦中の自画像!!本当になんてやさしい顔なんだろうと思った。地雷負傷後のはずなんだよ、この自画像・・・・・・
  そして、手を頭の上で組み、スカートをたくしあげて足を見せていたテレーズ・ブランシャールも、戦後まもなく、25歳で早世したのだそうだ。
  そういう理由で少女をテーマにし続けるその意味は、僕も解るし解っているつもりだが。

  というかおそらくバルテュスの作品が「現代芸術かどうか」という命題は、スキル的な事以外なくなっているんだよね。だから、「彼がなんで自身の作品を宗教芸術だというのか?」は、彼の持っているスキルの基礎がその精神に立脚しているのと、内面の宗教的な事・・・によるのだと思うんだけど。 (ここまで、2014_7/3 4:47 JST)

  今回の展覧会で見てていいなと思った絵は、「夢見るテレーズ」や「美しい日々」やさっき書いた「1943年のバルテュス自画像」は当然なんですが、
  「嵐ヶ丘の挿絵群」「鏡の中のアリス」「キャシーの化粧」「おやつの時間」「横顔のコレット」「ジョルジェットの化粧」「猫と少女」「猫と裸婦」「地中海の猫」(いや、いやいやいや・・・後述)に、「日本の少女の肖像」など節子婦人の若き日を描いた作品群、デッサン系、などです。テレビや美術手帖などで紹介されていながら今回公開されてない作品もあったけど。でもなんか自分が共鳴したのは、初期作品では「空中ごまで遊ぶ少女」かなぁ。透明感があって、すごく良かったです。

  ・・・貴族家系で画家になるきっかけを詩人リルケに与えられ、初期ルネサンスの模写を自己流で続けたとは言え、彼は皿洗いのバイトをするなど貧乏画家で。しかし、初期の仕事の挿絵であるペン画の「嵐ヶ丘の挿絵群」が、後の作品に構図などの形で何度も反復されることになっていきます。で、この挿絵群のキャラクター達は(バルテュスが同化したキャラクター画なのだそうだが)、僕が思うに多分に「人形劇」的です。人形劇って、チェコのプラハが有名だけど、ポーランドも人形劇は盛んな土地柄なんだよね。
  人形というのはそのジャンルが割と子供に向けられたものであって、メディアの純粋性ゆえに、キャラクターを純粋に表現できるんだけど、つまりポーズとかにそういう雰囲気がある。
  それを具象絵画として表現するというのは、つまりペン画を油絵に置換する作業だが、概念や着想を生身に近い表現にしていく行為とも言える。そういう方法に行くのは心理的に純粋な画家、画家として純粋だからなんだろう。宗教画家だと彼が言うのはそういう事かもしれず、だから彼は人間の身体を再解釈したり再構成するような抽象絵画やシュルレアリストの方向性には行かない。マティスなどの表現に近いものはあくまでフレスコ画で表現しようとするし・・・技巧的に旧来の方法論で再現しようとするわけで。
  彼は少女(処女)を描き続けようとするのは、なんというか美しいからだろう(「完全に美しい」と彼は言う。)
  同時に、彼は熱心なカトリック信者だと現在では評論されている。でもそこにはやっぱり紆余曲折はあったんじゃないかと思う。地中海の猫は某シーフード料理店のために作られた絵だが、言うまでもなく魚はキリストの象徴だ。それをおそらくバルテュスの顔に似た猫が食べようとする姿(いやパンとワインをイエスと血と肉にたとえるのがキリスト教だが)。「ギターのレッスン」は彼が唯一ポルノ的だと認めた作品で(デッサン画が展示されてたけど、印刷と違って左から見ると少女の下半身をギターがわりにしているおばさん、意外と優しそう)いずれにしても、彼の信仰心はそう単純ではなかったと思う。若い頃の宗教画模写に信仰心は関係あるだろうけど、戦争→終戦、そしてテレーズが亡くなる過程もあるので。
  単純に少女はキリスト教で言う処女マリアの象徴であり、彼は少女を見ながら、そこにマリア性を見ていたのではないかと思う。そして見ているのはキリストを誕生させた「乙女」なり「処女」という存在についてだ。その霊性を表現しようとしたんだと思う。誠実に少女を見るなら当然そういう方向にいたるわけで、  でもそこを表現しようとする作家は少ないので・・・「猫と少女」なんて、とんでもなくかわいい絵なんですが、あそこに薄い肌色でハイライト入ってたりして(つまり色素で汚れて無いって表現)。つまり処女を表現しようとする気持ちが本当に本当に強い。(※局部描写については、テレビや印刷物の方がはっきり見えるので。ライティングで見てる間はほとんど意識しなかったです)
  なんていうか、もう「少女」っていうのは別の種族で、多分感覚として聖母マリアがその種族の象徴なんだと思う。イエスを宿した時、マリアは12歳という表現もあれば、15歳前後という表現もあるので。
  つまり、マリアが幼子イエスを身に宿した前後というのはこういう少女の時期で、それが本当なんだ、という主張が、当り前にあるんだと思う。

  でもキリスト教圏の具象絵画というのは、対象の美しさを霊性までいかに表現するかという事で、身体を描くなら、神の作りし人なるものを、どこまでその霊性の芯に至る表現ができるか、って事なんだよね。
  ・・・生身の少女を崇高に表現しようとするバルテュスの心理というのは、当然人体を解体、分析、しようとするシュルレアリストの方向性とは限りなく反発する。ありのままに描く、それが具象の方向性というもので、例えばピカソも表現的にはそれに反発している部分があるし、僕の先生の成田氏も、そういう宗教的表現はあまりしていない(成田氏はカテゴリー的に日本というか和のカテゴリーなので・・・)。
  (僕は・・・再生に興味がある。人形を使って少女の再生表現をしようとしている。瞬間表現は連続写真的で完成しているとも言えるんだが、人形が完成しない事には連続時間表現として完成しない。12月24日生まれなんだけどなぁ、僕は・・・・・・
  僕は少女が全て完全に美しいとは思ってない。それは性格もあるし宗教性もあるし。どの少女も同じって事はなく、同じに尊いって事もなし・・・・けれど、完全に美しいと思った少女はいるしそういうイメージはあるから、絵に描いたり造形もするわけだけど。)     
  バルテュスは激しい恋を経過して結婚もして子供も出来たり別居もしたり、メディチ家時代の建築物の再現を担当したり。
  ・・・そして後の節子夫人に出会うわけだけど、そのデッサンはどれもこれも本当にきれいで優しさに溢れています。もちろんそれ以前の少女画もきれいなんだけど、なんていうかつまり、バルテュスが望んでいた宗教的な心持ちの少女のイメージを完全に持ってる女性に出会えたという感じなんだと思います。だから節子夫人はバルテュスに出会った時二十歳の学生だったんだけど、デッサン画のタイトルに「少女」と付いてるわけで、それは当然だよね、と。(僕も当然のようにそう思う、うん)
  結婚後の彼は本当に西洋東洋に関係なく自由な感覚で、自由に絵を描いていき、絵に漢字を入れてみたり、さまざまな試みを彼の作品に加えていきます。
  一貫して彼は彼がアトリエを構えた地方の風景画を描いていて、それはその土地土地に対する愛情からだろうし・・・そういう所は、転勤族の自分なんかはなんとなくよく解る。
  僕も過去転勤してきた所の人に会いたいかどうかといえば半々だけど、でもその土地に対する愛着はどうしたってあるわけだから。・・・でもその場所に行って、昔どおりの電車が走っているかといえば今はないし、昔のおもちゃ屋があるかと言えば無いところもあるわけで・・・難しいよね!
  いずれにしても風景も少女も自然なものとして、自然であるがゆえに神の祝福を得ているものとして彼は描いているわけで、その最たる主題に奥さんも含まれている、それを奥さんも容認しているって関係は、本当に幸せなものだったんだろうなぁと思います。
  晩年は視力が衰え筆を持つこともやっとで、そんな中でも隣の家の少女をモデルに絵を描き続けていくんですが、その最晩年の作品があまりなかったのがちょっと残念だろうか?
  いずれにしても、彼の作品を、児童ポルノ法が改正される前後にこうやって東京都美術館が人々に再認知させるというのは、とても大きい意味があると思う。

  僕はふっと思うんだが(いや、僕でなきゃ思わないのかもしれないが)、キリスト教的に・・・「表現の自由」というのは、いつか神なりキリストなりがこの世に生まれた時に、自由に(神なりキリストが)ものを言えて表現できるためにあったんじゃないだろうか?と。
  神の表現を規制するとか、間違ってるよね? とあえて僕は言いたい、本当に。

  さておき、バルテュスの作品の基本にあるのは、確かに彼の美意識と宗教意識で(あぁ今回の日曜美術館はいい特集だった)。あぁ、ラストの篠山氏の写真群も本当に良かったよね。そんなバルテュスも2001年になくなっている。
  やっぱり対象物への愛情があるデッサンや絵画ってのは素敵だなと思える。で、それぞれ、その時々、縁あって、一緒に暮らしたり、それぞれの道を歩むにしても、その時々対象をモデルを、必死に描こうとしたその姿勢というか、その裏の宗教性というか、それらがそのまま見れたというか、本当にとてもいい展覧会だったと思います。

  ていうか自分はこういう展覧会に行く時にはなるべく図録は買うようにしてるんですが、今回はお金足らなかったので、グッズ系があまり買えなかった!やっぱり1万円以上は持って出なくちゃなぁ・・・。絵葉書などは買ったんだけど。
  告知されてないですが、バルテュス自身の自画像である「猫たちの王」の3Dプリンター再現フィギュアってのが3〜4000円で売られてました。ファンはやっぱり買うべきだろうなと思う。
  「ミツ蜜」とか駄洒落かい!って商品が最近の展覧会物販に多いのも素敵でvvv)・・・あと、これ買いそびれたのは自分にとって致命傷だったけど、買っておけばよかったと公開したのが「ブレッソン撮影のバルテュス5枚セット」!!これは本当に買っておけばよかったです。真剣に後悔。展覧会にはお金持っていくにこした事はないです!本当に。(Balthus the last studiesの写真集も売っていた。10万円。つまり、やはり芸術は児童ポルノ法の対象ではないという事なんだ。東京都美術館が物販で売っているんだから。)
  帰りがけに三菱一号館美術館の「バルテュス最後の写真展」にも言ってきました。こちらの展覧会もいい展覧会でした。ここでも写真集は売ってました。感想は・・・・・・色々あるよ、本当に。誤解されずに、書く機会があれば。(ここまで、2014_7/12 7:07-11:20 JAPAN TIME)



◎ 昨年撮影した女の子の写真から。だいぶ前UPしたデッサンと同じモデルの人です。 →
  モデルさんは20代。いわゆる普通の撮影会とは違うんだが、ヌード撮影会自体僕はあまり行かない。
  モデルさんの性格(若干フェチ系だけど創作もしてる人)とか何も知らないし。ライティングも暗くて撮影は難しかった。
  でも僕が撮ってるわけなので(モデルさんも力量ある!!)、いい写真は一杯撮れました。当然!!(大体フラッシュたかずに室内光だけで撮ってるんだから、力量ないと撮れるわけない(笑))
  ただ、こういう絵にするとなると、写真は写真の構図というか、絵には絵の構図があるので、それは結構難しいです。写真と絵では、構図感覚や美的感覚が違うんだよ・・・。
  直前に描いたモデルの人の方が身体のラインが僕としては身近に感じるというか、描きやすいです。描いてて素直に気にいるし。でも、この子は日本人的な所が多分にあるプロポーションなので(そうか?少女っぽいけど伸びきってて不思議)、僕には本当に難しい。描けるとやったぁと思うんだけど。
  ていうか自分はヌード絵を描くとき、下着をまず書かないというか、女の子の下着に興味がないんだよね。昔から。パンチラとか僕は元々全然興味がない。
  心理的に美術方面にいるから・・・例えば神話とかの絵だと下着は描かないじゃん、ほとんど。女神が片方胸あらわにしてる時にはうすい布みたいな衣服をまとってるでしょ?大体・・・あれは僕としては着衣カテゴリーだから・・・
  自分で撮った写真を自分で絵に置き換える意味では、自分で作品作ってる気になれるのは幸せだと思うけど、こういう風に下着を着けてて靴を履いてるっていうのはやっぱフェチ方向性。
  なので、自分のラインとは違うんだろうなと思う。
  多分二十代の大人の女性を、少女的に見たてて絵を描くのが僕には無理なのか。成人は成人、少女は少女として描きたいし、成人女性に希望の持てない僕には大変なのかも知れない(;;)
  この絵自体は気に入ってるんだけど、僕の絵の方向性とは違うなと思う。写真から描く場合では、これは一般でも上の方のデッサンだとは思うけど。
  本当は撮影会じゃなく自分で対象の人に演じてもらって写真や絵で作品を作りたいです。ていうかそれが本来普通なんだと思う。(2014_7/12 7:30 JAPAN TIME)

  P.S. 余談。つまり、写真ではもっと身体が部分的に四隅からはみ出ててもいいけど、絵画でははみ出過ぎると絵にならない。はみ出ると絵じゃなくてポルノと言われがちで(美少女ゲームとかそうだよね)、違うジャンルに扱われたりします。その境界線まで対象の存在を大きく描くってのも大事なんだろうけど。
   僕の作ってる人形でも難しかったのは・・・肢体に対するひじやひざの球体の大きさで、あまり小さいと球体がどうでもよくなって、球体関節人形という主題そのものがどうでもよくなっちゃうんだよね。
  これは年長作家の方々もつねに気にしてると思うんだが、意外と最近の若い作家たちは気にしてない。いいのかな?と思う。




◎ 以前2002年ごろ、ちょっと精神的に疲れきった時があって。
 (今から考えれば・・・件の漫画家集団の脚本家が小学同学年ではなく中学同学年か松竹シナリオ夏季講座・・・ってだけで、あれの秘書代行マンション内の危険度から考えれば、僕の(アニメファンに対する)注意主張内容についてはほぼ正しかったと確信しているが。その後色々ニュースにもなったし。某社から●麻逮捕者まで)、
  ・・・その後、ウチの家族で静養に偶然行った所で、偶然写真の展覧会をやってて、もう12年も延々と写真の展覧会の通知を送って来る。
  行こうにもその後なかなか遠くて行けないのだが。今回は某海外の有名写真家の展覧会で。

  で、その封筒に写真から描いてみた。セピアインクの一発描きだよ、と。元の写真より腰が立ち上がってる。
  これは本物のセピアインクで、自分がよく行くイベントでライカなどの中古カメラを売っているおじいさんが、絵画もしているという事で、イカ墨でインクが作れないかということで、自ら作ったインク。でもこれがめちゃくちゃ使いやすくて繊細な線が綺麗に描けます。この画像の左右幅が12〜3cmくらいだから、0.03mmの最近のペンより線が細く引ける。これはペンのせいもあるか(ペンもこの時のイベントで昔のを買ったよ)。
  まずイカの墨袋を取って、それを乾燥させる、で、それは本当にイカそのものの匂いなんだが(嗅がせてくれたけど本当濃縮イカ!!)それを削って・・・あとは言わない。おじいさんが研究した秘伝らしいので。出来上がりは臭い全然しないです。
  使い道は多いので・・・それこそこれ使ったら、永ピー氏なんかどんな絵描くのかなと思うが!(笑)
  セピアセピアというけれど、本物を使ってみると解る事は確かにあると思って買った。僕的には大正解。でも萌えキャラはやっぱりカラフルに描きたいかな(描いてるんだけどさ)。なんか色々描いてますよ、延々と。一瓶1000円するから、無駄使いは避けた方がいいんだろうけど楽しくて。
  たんぱく質のコロイドが時間経つと沈殿するので、それは常に振ってインクに溶かさなきゃならないです。 
  ていうか何で封筒に書いたかというと、自分が本当に生でセピアインクというのを見たのが、多分少年期に行った、風見鶏の館だか・・違うかな?洋館だったりして、そこに展示されていた封筒で生のセピアインクを見たので、それで封筒に無意識に描いたんだと思います。
  ていうか僕のペン画はチラ裏とか封筒裏とか異常に多し。(2014_6/29 6:51 JAPAN TIME)


◎ 右は昨年の撮影会で自分が撮った写真から描き起こしたもの。とても魅力的でいい感じの人でした。二十代の子です。昨年は2人しかヌード撮ってません。
  ていうか、写真から描き起こすとどうしてもリアルになってしまう。実際もっといい写真、もっといい表情の写真も一杯撮らせてもらったわけで・・・でもその時その時で描けそうな(描き起こせそうな)写真って違う。
  例えば(そう描いてる人はいるだろうけど)、描きたいポーズと表情が違う時、リアルに絵にしたい時って、本当に難しいよね。
  本当はもっといい表情ある。でもそういう表情に描けないとストレスなので、回避・・・しちゃいけないんだよね。今度がんばるyo・・・
  だから、自分がタイミング的に「描ける」と思った写真にその都度トライするわけだけど。
  この絵は気に入ってるんですが(大体ハガキサイズ)、多分ここで書いてしまったから二度と描けないよね。どうしても描きたくなったら、なんとかなんとかしていくしか。
  本当、性格がいいのでその辺もっとちゃんと表現した絵を描きたくはあるけれど。(そういう意味で渡せる絵じゃないよね・・・自分としてはよく描けてると思うが・・・写真の方が綺麗に撮れてるし。)
  でも彼女たちの世界の思考って、やっぱり一般人とは違うので、その辺は自分はドリーム視線で見てるわけだが(ドリームはドリーム、解ってるよっ!! ;▽;)  (2014_6/29 7:22 JAPAN TIME)
  P.S. ていうかドリーム増幅させるからこそ、いい絵になる、ってのは事実♪
      逆に写真の彼女ら関係なく、リアルで心が軋んだら絵も描けない・・・のも、僕にとっては事実。



◎ 「ザ・ビューティフル展」の感想です。イギリス19世紀後半から世紀末にかけての唯美主義の作品を集めた展覧会でした。(会期は随分前に終了)
  会場は三菱一号館美術館。もより駅は1年半前に復原完成した東京駅ですが、かつての三菱一号館は東京駅開業の1914年より古い、1894年に建てられたもので、この展覧会の画家たちが生きていた19世紀後半ヴィクトリア朝時代の建築様式が反映されてます。なので結構雰囲気のある展覧会でした。
  実はイギリス系の絵画などの展覧会というのは結構少ないです。というのもイギリスでは画家というのは肖像画や風景画のみを描く職人が最上とされていて(彫刻も同様)、イタリアルネサンスやフランス絵画などとは程遠く、極めて画家芸術家の社会内地位は低かったわけですね。
  とはいえ、三菱一号館美術館が、昨年バーンジョーンズ展を開催したり、東京都美術館が昨年ターナー展を開催したりして、イギリス絵画にも脚光が当たってきています。
  今回の展覧会にもバーンジョーンズの絵画は展示されていて、やっぱり魅力的です。唯美主義というのはつまり、美術のための美術というか、ただ美しさだけを追求する美術ムーブメントで、絵画彫刻写真家具建築などを全てまるっと含めたムーブメントです。つまり肖像画と風景画至上主義のイギリス社会の価値観、評論家のどてっぱらに風穴開けるようなムーブメントだったのですが、その姿勢は題材としてレズビアンやバイセクシャル的なものまで扱うようになっていき、逆に評論家の格好の的になっていきます。しかしそれらが風刺対象でありながらも市民権も得ていって、結局最たる19世紀イギリス的絵画ムーブメントになっていきます。
  実は唯美主義=もしくは→で耽美主義。同人関連の耽美の語源にもなってるんじゃなかろうか?それは的外れではなくて、ジャポニズムとからんでいったり、結果的に人々の心の負の側面をも描き出す世紀末芸術的デカダンスに至り、ビアズリーなどの挿画家が出てくるに至ります。
  そうなってくると僕にはきつくもなってくるわけだけど、基本的に唯美主義の絵画や彫刻はとにかく美しいです。
  唯美主義の画家としては、ロセッティやバーン・ジョーンズ、ウィリアム・モリスらがリーダーに当たります。彼らはArt Workmen(美術職人集団)という会社を設立します。それにアルバート・ムーアやレイトン、ホイッスラーなどの画家彫刻家が加わっていきます。旧態依然のヴィクトリア期のモラリズムにがんじがらめにされていた美術や芸術、家具製作や建築を刷新していくわけですが、ともあれ彼らの絵はとことん綺麗で。ポスターの絵はアルバート・ムーアの「真夏」という絵です・・・。
  美の追求がテーマなだけあって、女性美を描いたものも多く、先に書いた作家たちの絵はどれも綺麗です。ていうか、ロセッティやムーアやバーンジョーンズの絵は、同時代のフランスのミュシャなどの絵画に通じるものがある。活動などもイギリスを舞台にして近いものがあるよね。つまりこの頃既にイギリスとヨーロッパの交流は盛んで、相互的にどんな活動をしているのか、熟知可能だったんだと思います。どちらが早いかというと、ワッツやムーアの方が若干早いのか、けれどもほぼ同時です。どれもなんていうかロマンチック。展示されていた絵では、「アーイシャ」「ヘスペリデスの園」「母と子(さくらんぼ)」(←これは可愛い!)「愛の杯」(←これは国立西洋美術館貸出なので、常設展で見れます)などが良かったです。あと少なかったけど「武装するペルセウス」(アルフレッド・ギルバート)などの彫刻もあったよ。レイトンという人は彫刻も作ったようだ。ペルセウスの彫刻は魅力的で、結構回り込んで見てしまった。
  あと、小さな絵だけど「花嫁、花婿、悲しき愛」(シメオン・ソロモン)ってペン画はなんか魅力あったよね。裸の3人の絵で、ギリシア神話調の花嫁と花婿が向かい合ってるんだけど、花婿と美少年の天使の手が握られているっていう。で、あぁこういうムーブメントだったんだ、と。
  当時写真技術が急速に進歩していて、後のグラビアのような写真も出てくるんですが、タイトルが演劇のセリフのようなものがあったりします。美しすぎる女性の横顔写真に「お呼びください、わたしはついて参ります、ついて参ります、どうか死なせてくださいませ」なんてタイトルが付いていたり。・・・そういえばイギリスでは当時写真撮影がブームで、例えばルイスキャロルが少女に乞食などの服を着せたりして今で言うコスプレ写真を撮っていた。   つまり、イギリス的には美術作品に演劇性とか絵画性を付加していく時代だったりする。ただ、ヴィクトリア期の保守派道徳に反発している気配も確かにある。オスカーワイルドも文人として参加してくる。そこに日本文化がからんでくる。
  ここは僕の意見を書くホームページなので書きたい事を書くけれど、本当にロマンティックな雰囲気の唯美主義も、保守道徳に反発する気質から、なんとなく毒や死の匂いをはらんでくるわけで、多分当時はやったジャポニズムがそれに拍車をかけているんだよね。日本の文化にも花鳥風月の美しさはあるけど、わびさびもあるわけで、そのわびさびの部分が、おそらく唯美主義のデカダンス性を加速させたんじゃないかと思える位。
  家具や調度品にもより新しい実験などがほどこされるようになったり。・・・でも家具や調度品への日本文化の影響は、多分日本人だとうれしく感じる人も多いんだろうなぁ・・・そこが難しい問題だったりもする。まぁ言ってみれば、「黒執事」に出てくるような新しい時代のさきがけみたいなものが垣間見えるわけ。面白いよね。日本の漫画家さんたちも既に勉強してそうだなぁ!!って感じのが多かった。
  そして時代は、デカダンスになり、オーブリー・ビアズリーが登場。ビアズリーの場合美女も書くけど、そこには常に道徳ではなく悪徳と死、悪女が登場し、必ずしも「善男子善女人が幸福な絵」(僕はそういうのが好きだが)というわけではなく。そこにあるのは頽廃美なんだよね、耽美カテゴリーというか、既に美ではないものを描いている。彼らとしては「表現の自由」のために頑張っていたんだろうが。(ちなみにビアズリーは結構若死にした人)
  (そこを更に1コマ漫画の風刺でちくりと刺されたり、それらのイラストを展示するコーナーまであった)
  そこまで来ると今の僕には苦手になるが。・・・つまり、なぜ日本の漫画ファンの中で「耽美」(大体はホモ描写などを指すが)っていうムーブメントが、同人誌ジャンルがメジャーになった80年代に流行していったかという回答があるような気がする。この「唯美主義→耽美趣味→デカダンス」の流れは、ほぼ絵画→版画印刷という、一品作品から大量生産の時代の流れとシンクロしていて、ビアズリーの版画(いや、フランスでも印象派版画などが流行していたわけだが)などに至る流れの中にある。
  がちがち石頭の大人社会に反発する芸術家たちの、社会道徳への反発による、結果的な堕落とデカダンス。それがつまり80年代から現在に至るの女性向け同人コミック界(のホモ系)も陥っている、全く同じ 罠 だ。だから、「耽美」という言葉があれほど女性オタクや腐女子の間であれだけ流行してきたんだろうな、とは僕も思う。単純にイギリスが英語圏なので、当時の若い子たちがフランス圏やイタリア圏より理解しやすかった、ってのはあるだろう。

  ・・・などと書いたけれども、この展覧会自体は、まさにムーアの絵のタイトルの「真夏」通り、1860年代後半から1900年までの間に燃え上がって、次の20世紀にバトンを渡していったムーブメントの、長所や魅力ばかりを並べた展覧会だったりしました。美しい作品を見れて堪能というか耽溺。
  ちなみに図録も買ったけど・・・綺麗だよーーー!!!なんていうか作品も印刷も綺麗だが、最近の展覧会図録って日本文と英文が対訳で載っているからきっと英語の勉強にもなるし資料価値もある、と。
  ・・・唯美主義が美だけの追求だとして、その追求がどれだけ難しい事か、っていうのはわかります。どの絵も作品も、イギリス職人気質からか・・・繊細なんだ!!だから余計にそういう印象がありました。でも僕は・・・肩の荷を降ろしながらきれいな作品を描きたいなと思った(^^);・・・とても良かったです。 (2014_6/23 5時-24日6時 JAPAN TIME)
P.S. そういう意味では「エマ」と「黒執事」は、同じ時代の表と裏。どちらも好きだというのも、実は普通なのかもしれない。


◎ で、昨年から見てきた展覧会も、「藤田嗣治展」「前田寛治と小島善太郎展」「ザ・ビューティフル展」「バルテュス展」と色々見てきて、それなり感想も書きたいし、別に書くのは難しくはないんだけど、
  なんで書きそびれるのかというと、一応自分は、自分の感想で他人の感想を誘導するような事はしたくないってのがポリシーで、だから大体、会期終了頃に行って、(自分の住んでる関東地区の)会期後に感想を書いたりしてるんだよね。
  僕がトップページで紹介してる展覧会は、とりあえず良い作品が多いのは事実なので、行ってみて、感想持ってる人に、あぁ森本はこういう感想だったんだな、って後から思って欲しいわけです。
  ・・・と、元々はそれが感想遅れの理由だったんだけど、最近はそれ以外に、「展覧会を見た結果おなかいっぱいになってしまって、結構学んだことも多いんだが、それこそが展覧会を見た人が美術作品から受ける「実り」であって、行かない人にそれを分ける必要もないし、自分自身がそれを実感として享受できるようになるまで、感想書くのを控えようか;」ってのが最たる理由になりつつあります。
  自分が興味を持って行って来た展覧会の感想は、まず自分が幸福感でも効果でも享受したいわけです。(み、みもフタもない・・・)
  でもまぁ、このページはドールページの一環として存在してるわけだし、ドール好きの普通の方々が見てくれると信じるなら、書けるかなぁ、って事で・・・。しばらくしたら色々書くかもです。
  それにしても藤城清治氏の展覧会の感想は、本当書ききれないよね・・・(^。^);;; 他の芸術家の展覧会もそうなんだけどさ。 (2014_5/21 AM4:04 JAPAN TIME)


● 児童ポルノ法の単純所持禁止が可決してしまった。これまでも単純所持禁止法案についてのページアニメコミックなどの表現規制問題についてのページで書いてきたことだが、
  結局の所コミケなどの反対運動ではどうにもなるはずがないってのが現実で。あそこは最低なエロ表現や漫画アニメゲームキャラのホモ化レズ化を守るために反対運動しているわけで、最低なものを守れ守れと最低な連中がわめいてるだけなので。
  で、彼らはもう最初から論理が無理やりなんだが、僕が↑みたいな主張をしてても、人形作ったりデザインやってたりしてても、なんか「表現者の敵」呼ばわりしたりしたいらしく、例の偽ブログを延々ストーカー団連中で作って僕を苦しめてくるわけで。
  理由は要はコミケ原理主義で、コミケの既得権益を維持しつづけたい、だからそれ以上の言論があっては困る、というくだらない理由で。だから僕のコスプレ研究ページも悪口言われ続けてきたし、つまり彼ら(言論における)無能連中が1位になりたいから延々僕を信用させないような工作を取り巻き達がしてきたわけで、それで連中は自滅しているわけだから、もう僕としては 阿呆かどうでもいいわ 、と。
  まぁ最後の最後に出版業界が反対の舵取りしたから、漫画への波及を言わなくなったのかもしれないが、圧倒的に悪影響のある作品が存在しているのは事実だし、「少年少女のヌード(がある)作品が必ずしもポルノなのか?(いや、違うんだが;)」、って根本問題は、何も解決してないからね。
  そういう何にも解決してない事をネタに、他人を疑って、密告社会が出来て、警察が逮捕できて、留置も送検もできれば刑務所送りにでもできる・・・というような法案を可決させたのが、今の政権が圧倒的に狂ってる所で。
  それでも政府が漫画についてはノータッチにする、と言ったのは、実は色々(反対するオタク達も気づいていないような)ややこしい理由があるのだが、そこはあとでまとめて書くとして、
  とりあえず、生っぽくてもきれいで自然体の表現をするために、自分の心持ちをきれいにするために執心しようと・・・。自己啓発や自己メンタルケアに執心すること自体がきれいか?って話なんだが、なんかああいう事件もあったしなぁ。消費税に児ポ改正に自衛隊関連の法案改正に、ワールドカップがきっついとか、心が駄目になる前に自己で出来るだけの事はしなきゃ。12年ぶりに通院って事にはなりたくないので。
  自己ケアって結局自分で自分の心を慰めたりだましたり、って事なので限界はある。その範疇で収めるよう努力・・・も駄目なのか、難儀だよね; (2014_6/21 3:55 JAPAN TIME)


◎ 児童ポルノ法での写真などについての単純所持禁止法案が騒々しいことになっているらしい。
  ・・・で。例えば僕は創作活動ずっとやってるわけだし人形制作もやってるわけなので、
  ポルノまでいかない芸術系写真や資料系まで禁止とか言われたら実際困る。
  本当、美術解剖図だけで作るって鬱になる一方なので・・・で、作家として自分が作品発表するのを
  時間制限あるとすれば、単純所持禁止法案可決後の1年間が大変だと思う。
 (自分は美術なりクリエイターなりで生きていこうと思ってる、とは、某事件の刑事さんたちに捜査協力した時にも言ってある、で、それはそこそこ納得してもらってる)。
  でも実際そこまで心配する必要はなさそうなんだが。
  実は児童ポルノ法ができて販売が禁止になっても、その種の写真集は芸術写真であれば販売されていて、
  特に海外系の写真集やそれらの写真を収録したクリエイター志望者向けの雑誌は、普通に販売されている。
  で、最近バルテュス展などにも行ってきたわけだけど、(感想などはまた後日。)、
  バルテュス展については、NHKが本式にプッシュしていて、普通の放送時間帯内でも普通に展覧会CM流してるし、
  NHK教育テレビの「日曜美術館」でも、彼の心情に迫った綺麗な特集を組んでいた。で、(僕的にはさして書くほどでもないんだが)、
  一応書くと、今回の日曜美術館では、少女を描いた絵では局部部分の修正は無しで、(大人に近い少女を書いた「鏡のアリス」?って絵は修正あった)
  モデルのアンナさんを写した過去の少女ヌード写真(の映像。これはバストトップまで)もちゃんと流されていた。
  もちろんこれはNHK-教育テレビ側からの、芸術にたずさわってきた放送からの、単純所持禁止法案へのアンチテーゼでもあるんだろう。
  だって、日曜美術館をずっと録画してるような人達が、それらを消すわけないし、芸術ではないとも言うわけないし。再放送も含めて、放送してしまったんだから。
  つまり、少女を描いた作品でも写した写真でも、その底流にある崇高さや精神性が大事だ、という事で、
  それらにまつわる作品なり写真、その創作に対する容認をする事が、本当の解決に伝わるっていう、
  それが「日曜美術館」のスタンスなんだな、というのがわかったので、僕は本当にうれしかったわけだけど。
  そういう良心における作品の作り方なりモデルの少女への尊重意識が基本的にあれば、根底から「何を悪質とし、何を優れた作品と見なすか」は変わってくるはずだから。
  でも、一般人がそのスタンスを保ちきれるかってのは、本当にわからないし。
  ・・・先日の美術手帳(BT)のバルテュス特集号ですら、前半はまともなんだけど、なんか後半でロリコン漫画やロリコンに受けた漫画を並べてみたりで。それらのどこにバルテュスが関係あるんだよ??っていう。
  
  そういう問題があるわけで。駄目な美術作家やロリペド系漫画家を無理やりバルテュスに並べる必要はないんじゃないか、って僕は思うんだが。
  (美術手帳の特集が全般に悪かったとは言ってない。中盤まではよかったんだよ・・・)
  ・・・僕のドール写真見てわかる人にはわかるだろうし、わかってもらえない人には結局わかってもらえないだろうけど(--);
  ていうか、僕のドール(制作ページ)の完成が遅々としてるのは、つまり結構・・・満身創痍の僕によりそうような存在として、写真の状態のドールでも(意外と)充分だから、なんだろうと、思ってたんだが、
  近隣地区で色々辛い事件があって、やっぱり人形は完成させてあげたいと強く思うようになった。
  それが先日の事件以前と以後で違うところだと思う。

  (P.S. ここから完全に余談なんだけど・・・ていうかロリコンだからって変態とは限らないじゃん。誰だって知ってるじゃん、そんな事。児童ポルノ法の流れを見ててなんか変だと思う所。
  生物のオスが、すでに他のオスが手を付けたメスを繁殖相手に選ぶかというとそんな生物種はさほど多くないわけで。つまり、ロリコンまで行くかどうかは別として、処女を繁殖相手に選ぶのは生物として健康、って事だ。
  ただ、そこを童貞じゃない奴が言い出すと実もフタもなくなるし、性体験のある未婚女性たちがわめきたてる(非処女ってだけで交際対象から除外って事だから。)。だからこの社会の言論のパワーバランスはすでに歪んでしまっているわけで、現実的には ロリコン否定する社会は、精神病社会 なんだよね。人間の「生物としての健全性」を根底から否定してる。
  でも、自分が少年期の頃考えても、女の子が初体験の相手に選ぶのは性体験のあるオトナの男だったしなぁ。男はどうなんだろう?結局処女の女の子に落ち着く男だっていると思う。
  だからって少女を食いまくる連中は絶対許されないとは思うが。根本的に僕は風俗もAVも嫌いなくらいだから。
  要は、良心から来る作品か、良心から来る恋愛かどうか、って事しかないんじゃなかろうか?だから芸術かポルノかって区分けは、本当に重要だと思う。
  法律や条例を使う者が、アスペルガー化することは絶対に許されない。 2014_6/13 AM1:30 JAPAN TIME)



◎ キャラ絵的には、こういう雰囲気のも描いたりしている。で、美術系への生かし方も考えてはいる。ただ、モチベーションの問題。
  写真うつりが悪いけど、これはシャープペン0.3mmの一気描きでしかも紙がクロッキー用紙なので、コントラストと弱シャープネスを繰り返すとこうなった(笑)。
  こんなのをUPしている奴は僕を含めて相当少ないと思うけど、画像処理した後の白地がマチエールっぽくてパターン面白いと思ったので、それをそのままUPしただけで、ここから自分がいつかどういう発想するかだよね。既定路線で行くかもしれないけど
  この状態のだったらもうそれこそ斬新なのも含めて無数にあるんだが。
  で、プロアマチュア含め、今こういう絵をオリジナルで素で描ける人は少ないし、ていうか無理だろと思ってるわけで。そうそう僕に勝てる人なんているわけもないんだが(やっぱ上に達してないとこの絵は素で描けないよ。ていうかただの白人って雰囲気でもないし、ただのキリスト教圏の人って雰囲気でもないんだよな。)
  やっぱ絵や立体を作るモチベーションって、誰かが必要だと言った言わないという所が本当に大きい。「誰かが必要かもしれないし」ではなく「私が必要なんです」ってのの経験値の有無なんだよね。
  で、僕はそういう事は敷居高いのか滅多に言われないので、結局気分次第でふらふらという感じの創作活動だったりはする。
  元々性格が神なので(w)、けなされても書かないんだよ。負けてる気が全くないから、負けん気自体が全くないし。理解求めてもいないよね。
  でもこういう絵を自分で眺めてると「いーなぁ」って癒されるとか自信持てるっていうか。
  絵って、こんなシンプルなものでも、眺めていたいと思えるか思えないかしかないし。
  油絵なのに1分もみる気がしない、とか。完成形なのに1分でもういいやとなるか。
  普通の鉛筆の絵やただの線なんだけど、ずっと見ていたいなと思えるかどうか。そこからの可能性を感じられるかどうか。
  ただ、アニメキャラとして誰かに描いてもらえるかというと、この雰囲気というか量感とこのスキルで、大量作画ってのは結構難しいんだろうなと思う。リアリティーとして。
  つまり実際の人が描けてディテール落としとかデフォルメするから余白が量感にも精神性にもなるんで、その同じデフォルメなりディテール落としをやろうとしても多分余計な表現を付けられちゃうし。それはウルトラマンのマスクと同じ。
  僕でも一般でも、美術系の人の場合は完成度の世界を通り過ぎたら、完成度を捨てるのは普通の選択なんだよね。そもそもみんなの言う完成度って何?何?(笑)って。
  安穏な個人創作とは言え、なんか色々むかつく事も多いよね。普段は平常心なんだけどなぁ。なんだかね。(2014_5/22)

 (※ ただ、今回の映画のキカイダーのマスクはいいと思うけど、なぜかというと・・・村枝氏のデザインは、「あぁ、なるほど」じゃん?まゆがきりっとしてるけど目がたれ目なので、色々な表情を感じさせられる。でも、それを造形してる造形スタッフが量感や精神性の付加で異常にいい仕事してるわけで、そこなんだよね、つまり。特に鼻と口とあごまわりが。
  それを一般の人々や造形以外のスタッフは完成度というわけだが、実は付加されたそれだけでも、本当は美術作品は成立するわけで、今回のキカイダーのマスクのような出来上がりは本当に稀です。僕は「みんなで頑張れば必ず良い作品が出来る」「マーケティング主義やリサーチデータ主義」などの論理は断じて否定する。けれど、キカイダーの場合マスクはいい。で、登場人物はいいけど、敵まわりの設定デザインなどはなんだかな、ってのもあるよね。そういうことを書くときりがないんだけど。あくまで美術方面から見てるので念の為。←キカイダーの映画は見に行く。ガイムに登場したキカイダー=ジローがすごく良かったので。あと伴さんちょっとふっくらしてて安心した!!以前サインもらった時やせてたもんなー・・・本田氏、石橋氏、鶴見氏、長嶋氏にも期待!!)


◎ ていうか、あるデッサン会に行ってたんだけど、最初は特に問題もなかったんだが、2回目はどうもずさんで。
  ずさんというか・・・いわゆるクロッキーなので数分ごとにポーズ変更してそれを追って行くんだが、
  なんか ポーズ数回→休憩 の繰り返しで、5パートと告知されていたのが、主催とモデルさんが勘違いしたのか何かで2回目は4パートのみだった。結果的に描けるポーズが数枚分減ったっていう・・・主催当人も描いてるからかもしんないが、
  モデルの体調とか色々あるのかなと思ったけどそういう事もないらしい。で、その件は一応気をつけた方がいいよ、って言ったんだけど(やんわりと)、その後しばらく返答がなく。
  で、その後何回か同じ主催さんのデッサン会にメールだしたんだけど、色々と要領を得ない。どうも僕が参加するのが嫌らしい。参加許可と言ったり、雪で中止になった後は返答がしどろもどろになったり。別にその主催に怒った事は一度も無いんですが。
  ていうか例の会のポーズ回数減らしたことを会で突っ込まれることをおそれてる?えええっ;;
  あと、1回目の終了後に、自分に絵を見せてきた20代?の男が描いてた絵が3頭身ばかりだったので、そういう人もいるんですね、みたいにメールで書いたら、「絵の下手な人の事を指摘するのはやめてください、心が痛いです」みたいな。いや、指摘してないんだけど、自分は・・・・。
  ていうか、主催さんがなんか情緒不安定な人っぽくて困ったんだが。画集とか意外と猟奇とかSMとか病んでる系を描く人みたいだし(それ自体はアート周縁にはありがちなので別にいいが)、その知人さんも猟奇画や猟奇造形系の人多いみたいなんだよね;
  ていうか、主催の知人さんがほぼ猟奇絵のグループだったみたい。困った。別にその人が同デッサン会に呼んでる人形系のアートグループに昔の自分の知人がいたりする。そちらは必ずしも猟奇系ではないんだが。(やらなくもないが、グループ全員がやってるわけでもない)
  ていうかモデルさんが猟奇系の人々サイドでも活動始めたみたいだし。だうーん;
  最初のデッサン会では会場がそっち系じゃなくアート系ていうか芸術系なので気付かなかったんだけど。いや、今の所もそうではあるんだが。
  ていうか、僕については絵を真剣に描いてるとか、描き慣れているとか、いい企画じゃなくてすいませんとか、主催は色々ほめたりなんだり言って来るんだけど、うーんって感じ。ていうか線画力は僕とあんまり変わらない人だしなぁ、その主催。
  画力が変わらない人が主催の近くにいるとややこしい、ってのはあるかもしれない。
  ていうか、困るよね。僕は別にヌードだからって必ずしもアングラくなる必要はないと思ってるし・・・別のデッサン会を探そう、そうしよう。(2014_3/31 20:31)


◎ NHK連続テレビ小説「ごちそうさん」が今週ついに最終回!!それにしても・・・
  それにしてもとんでもない名作ドラマを作ったもんだと思う。言ってみれば昔からの連続テレビ小説の
  総ざらえを専業主婦の主人公を中心に描き、これからの朝ドラのスタンダードにしてしまった。
  つまりこれまでの朝ドラに通底したテーマを全部専業主婦で描いてしまったわけで、それが本当に見てて気持ちいい。
  ていうかウチの母は仕事やパートも少しはしてたけどほぼ専業主婦だった人なので・・・。
  それにしても、め以子は女学校卒業してるのに、結婚以来本当に専業主婦なんだよね。
  洋食屋の娘さんだったのが、和食の人になってしまって、そこはなんか自分としてはちょっと寂しくもあったんだが。
  各ニュースサイトでは「ベタだ」とか書かれているけれど、ここは押さえておかなきゃ始まらないって事だよね。
  まぁ「いけず」描写がきつすぎて、本道からはずれ過ぎでは?・・・って時期も中盤にはあったけれど、
  俳優の方々が本当に頑張ってたので、感情移入はできました。もうちょっと気を抜ける時期も欲しかったかなぁ。
  とにかくもうきついわ悲しいわ泣けるわ嬉しいわ良かったねだわ、大忙しのドラマでした。
  残るは悠太郎は帰ってくるのか?そしてGHQのモリスとの対決は??!!って感じなのだが。ハラハラドキドキ(笑)
  で、今後の朝ドラは「花子とアン」そして「マッサン」!!原点回帰しつつの前進!!
  すごいよ朝ドラ。今後1年はもう絶対に朝ドラから目を離さないのを勧める。ほんとうに。(2014_3/26 4:38)
  (ていうか木曜時代劇で「銀二貫」も始まる。これまた「あかんたれ」「どてらい奴」を
  見ていた人にも訴えかけそうな、「カーネーション」などのNHK大阪製作の感動のドラマらしいので、
  見たい方は見てもいいかも、って。いや、やっぱ見させられてしまうってのは、凄い。)


 
◎ 「ガンダム Gのレコンギスタ」(公式=http://www.g-reco.net/)のPVが発表された。(右画像はレコンギスタとは関係なし。自分の絵。)
  で、キャラデザインが吉田健一氏で、キャラデザインが安田朗氏という、なんというか理想的チームで、結構ヨシダヤスダキヌつながりに、富野氏が胸をかりるというか、なんだかだ言ってそういう若手の関係性を大事にしてか?って作り方になるらしいのがちょっと安心感。作品のクオリティーには多分全く問題ない。安田氏の新メカデザインも、ちょっと自分は近しく感じるというか、新しく感じさせるところは新しく、でも1/1ガンダムっぽい、デザイン要素もあったりしてて、「入ってるじゃないですか?決まってるんじゃないですか?」(←原田)と(笑)。
  ていうか、安田氏は1st主義者で、ターンAのキャラ原案なので、多分シドミードのデザインがどうしても念頭に入るんだろう。いい意味で。キングゲイナーのメカデザインした時はびっくりしたが。
  今回からモビルスーツじゃなくて、マンマシーン。僕が比較的NT誌をまだ読んでた頃は富野氏の「ガイアギア」という小説(いま文庫などガイアギア関連は結構高額)が連載中だったんだけど、そのロボット名がそのまま出てきてる。これは結構びっくり。(私物のガイアギアのポスター。昔のなのでよれてる〜〜(泣))
  主役ロボットの名称をモビルスーツじゃなくしたのは、ふっきったなぁ!という印象。去年永野氏のFSSのロボットがモーターヘッド(既存バンド名だった)からゴティックメードに全部デザインごと総入れ替えしたって騒ぎがあったけど、それに近い。ていうか自分が1999年(2000年)に同人企画で描いたガンダム000もモビルスーツじゃなくてミレニアムマシナーだった。
  プロの人たちも同じだろうけど、モビルスーツとして新モビルスーツを発表しても、「こんなのモビルスーツじゃない」って内部スタッフもファンも言うから大変なんだよね。だったら新しいロボで!ってのは正しいと思う。安田氏が名前に似合った新デザインを発表し続けることの方が重要!!(笑)。
  新ガンダム(?)は、1stガンダムのイメージに、ガイアギアを近づけたもの、と言えると思う。モビルスーツよりもガイアギア世界のロボにイメージが近い。
  (※ちなみに、マンマシーンという言葉に近い表現は、タカラ変身サイボーグのイギリス展開版だったdenys fisherのCYBORG玩具(1975年〜)が、「half man half machine」という表現でサイボーグを解説していたりする。)

  以下私談(このサイトは私談しかないが)、ちょっとびっくりしたというかあせったのがコロニーか何かの美術の方で。結構モザイクカラーな所が、自分が描こうとしてた「Beatnixer」の母星イメージに近かった(画像→)。ていうか僕の場合は地元の駅周辺がガウディ建築みたいな感じでそれっぽいカラフル彫刻もあったりするので(写真ページにそのうち載せます)、その手の未来的都市イメージが余計好きってのもあるんだが。地球人とか全然出ないが。コロニーじゃなくて惑星だが。
  このラフスケッチは結局イラストか絵画として描く予定だったんだけど、頑張って描いてみようかな・・・画像内左ページのモチーフがマンガを描く道具の方の都市、同じ惑星にしようか別惑星にしようかという感じ。通称でマンガ星と読んでます。
  右のラフ、馬舎じゃなくて厩舎!!宇宙馬を放牧している。(カントリー惑星にティアーが到着しあまりのなんにもなさに荷物を取り落とすの図w)、(2014_3/21 15:19)

P.S. ていうか、http://news.mynavi.jp/articles/2014/03/24/greco/001.html 。読んでて面白かった。
  僕は「000」の同人企画(ここ参照)を以前書いた事があるので、
  監督の言うところが何となく理解できた気はするんだが、それでもそういう存在が、どういう風に監督の言う物語と関わってくるかは、見てみなくっちゃ全然わからないんだろうし、期待点だと思う。
  ていうか「ガンダムビルドファイターズ」があと1話で終わっちゃうのが本当に寂しいんだけど!!
  なんか妙にガンプラ組みたくなったりして、おかしいんだよ今の自分・・・。まぁ確かにガンプラ組むのに燃えられそうな年代って今が上限ぎりぎりって気はするけれども。
  改造アイデアは山程あるけど、それを実行すると食われる時間がとんでもなさそうでそれが怖い日々です。
  ていうか妙な改造アイデアばかりなのでそれを実現してもふざけてるとしか言われない気がする。一つはねぇ〜?ストライクガンダムのバックパックが変形してディアクティブのストライクガンダムになるって奴(爆笑)(2014_3/25)
  P.S. ていうか、ビルドファイターズのSF考証もそうだが、中学生がSF粒子を平気で集めたりハンドリング出来る改造が可能な設定は大変なものがあり、後半の必殺技にはあんまり感情移入できなかったんだが。お話はものすごく面白かった。
  ただ、ならPPSE社がサンライズなりバンダイなり各模型会社(出版社編集社込み)関連の例えかというとそういうわけでもないのか?・・・業界側の自己反省をマシタというキャラに入れてるのかな、とは思った。まぁそれだけではないんだろうけど。
  

◎ 日曜美術館光と影の"又三郎" 藤城清治89歳の挑戦・完結編が放送されました!再放送は4/6夜8時〜。
  前回放送後の続きを描いたドキュメントで。しかも1時間の拡大版で、夜のアートシーンも藤城清治美術館!
  宮沢賢治の風の又三郎の影絵と井浦新氏の朗読がとても良かったです。製作工程がかなり詳細に解ったのも良かったです。
  完成した時の万感胸に迫る想いは充分伝わってくる番組でした。録画必至ですので見逃した方は是非。(2014_3/19)


○ ていうか、つまりコミケ的な、というよりコミケなどがマクロカテゴリーにしてしまった同人誌というジャンルは、絶対に芸術や美術のような一流文化にはなりえないのかもしれない。
  簡単にいうと、芸術とか美術の世界は非常に剽窃を嫌う。剽窃というか盗作だけど・・・アートでオマージュ的なものが出だした80年代もそうだったんだが、つまりオリジナリティーに敬意を払わないものはアートでも容認されがたいし、芸術や美術では全く評価されない。贋作って「なんでも鑑定団」でも全く評価されないでしょ? タダ同然。全く評価のしようが無い。
  二次創作同人誌でやおいやエログロは基本的にあれと同じなんだ。剽窃なので評価のしようがない。で、剽窃点はつまりデザインや設定やキャラの個性でしょ?なんだかんだ言って僕は自分の同人誌では、そこはオリジナルでやろうと結構必死になってた部分があって、だから同人誌じゃなく個人創作の自費出版的な方向に向かってたわけだが。
  というか同人サークル群って、タチが悪いのが多いから、余計に全体評価が低くなってるとも言えるが、同人系ってのは結局の所コミケなどが全部ひとからげにしたためにアートの周辺にもなってない、ってのが事実。(周辺アートとしてまとめる事で認めようとしている動きがあっても、結局二次創作のやおいエログロ化本は、表舞台に出る時にはじくしかないわけで。)
  ただ、最近思うのは、最近ウルトラマンを絵画化してアートとか言ってる人がいるんだが、こないだ日曜美術館で彼が紹介されたときもマルCは円谷プロだったんだよな。
  ・・・芸術カテゴリでは・・・ウルトラマンデザイナーの成田亨(自分絵を習ってたが)の絵画は絶対マルCが流里先生になっていて、円谷プロの版権は絶対付かないんだが・・・。(青森県立美術館アイテムなど。)
  なんていうのかな、ウルトラマンは彫刻家の成田亨氏をやとって美術監督とヒーロー怪獣メカのデザインなどをさせていたわけで、そこが成田氏のカテゴリーだと認められたとばかり思ってたんだが。なんか美術界ってまだそこが理解できていなさそう。少なくとも日曜美術館などで彼の作品紹介するときは併記でもいいからマルCで成田流里って入れた状態でテレビ放送して欲しいよなぁ。なんかウルトラデザイナーの権利主張がもろ無視されている気がして非常にムカつくんだが。
  ていうかこれは成田先生と流里先生への擁護であって、僕をいじってた教室生徒のことは一切ここで擁護してないのであしからず。(2014_3/16 4:05)


● 個人創作ページ(旧同人ページ)にも書いたけど、偽ブログ(今の偽ブログはhttp://mo-cute.blogspot.jp/ と http://nectaful.blogspot.jp/)を作ってるのはいわゆる同人誌系の奴らしく、
  僕も同人誌は過去やってたけど、創作系同人誌の著作権を無視するような事はした事がない。でも、そういう僕は本当に同人界では少数派で苦労してた。同人誌をやってる奴らの前で「幾らなんでもそれは著作権に・・・」って事を言うのは禁句だった。そういうエログロ化(猟奇グロ虐待など)をやってる奴らほど、批判されると本当に絡んでくるので。
  ・・・結局、特にコミケなどの同人誌即売会の連中ってのは、既存の商業作品のエログロ化やホモ化同人誌を作って1サークル辺り数百から千冊以上も売りさばいて金儲けしているわけで、元来他人の創造物に対しての敬意などは全くないし、それはコミケも含むイベンターのスタッフ自体も同じ事で、最低な表現をも認める事で間口を大きくしイベントの大型化をし、下層オタクたちから巨額の金を稼いでいるわけで(しかし2次創作同人誌の売上げが原作者側に入ることは全く無いという不条理)。
  つまりクズな2次創作連中(や全く似合ってないコスプレイヤー)をも表現者としてまつりあげる事で、大金をマージン手数料参加費としてふところに納めているのが同人誌イベント。つまり犯罪性が大手を振って歩いているようなものだよね。実際。
  可能な限り何らかのオリジナル系・・・と意識していた作家の事なんか、連中はどうでも良かったわけでね。最初から。
  同人誌イベントだのコスプレイベントだのの悪質連中に反論すれば、それだけで反論した個人創作者の創作物の著作権や版権は無視されるという嫌がらせを受けるのが、同人誌界でありコスプレ界である、っていうのが現実なわけで。で、そういうやり口を平然と行うコミケ関連の連中が、「表現の自由」を語っている事自体「汚らわしい」し「不潔」なんだよね。身の毛もよだつほどおぞましい。
  で、だから僕は同人誌じゃなくて個人創作で自費出版もしくは美術製作、って形に方向性を切り替えたんだけど、別に嫌がらせがなくなるわけじゃないから本当にモチベーションが失われて大変。頑張るなんて言わない。頑張れる時だけ頑張る。それでも結構すごいもんは描けてるはずだしさ。クズや馬鹿にはわかんないだろーけどw(2014_3/9 0:41)


◎ 「可愛い魔女ジニー」テレビ東京月〜金朝8時、始まりました。
  幻の第1回ってこんな感じだったんだ・・・白黒にCGでカラー付けたバージョンです。(2/9)


◎ テレビ東京の1年以上にも渡る「奥さまは魔女」最終回(2/6)まであと5回!!
  気付けば第1第2シリーズだけの予定が、最終第8シリーズの最後の最後までやっちゃったもんなぁ・・・凄い!!
  純と愛とあまちゃんとごちそうさんの裏番組・・・やっぱりものすごい番組だったと証明された気がします。
  通しで見て、あぁディックヨーク氏ってあんな病気で演じてたんだ、とか、タバサ役は二人一役だったとか
  最初のグラディスさんやクララおばさんがね、本当に好きだったのに、シリーズ中に帰らぬ人になったとか、
  色んな事を思いながら見ていると、本当に凄いシリーズだなと思えるものがありました。
  アダム君出てきて楽しいなとかタバサが学校行くようになって前にも増してハチャメチャか?
  ・・・と思う所で終わっちゃうのが本当に惜しい!!これからじゃん!!って。
  まだ見てないエピソード結構あるけど、それは今後母と一つ一つ笑い転げながら見て行きます。
  ちなみに2月7日からは「可愛い魔女ジニー」だよ!!予想はしてたけどとんでもねーwww;;;(2014_1/31 2:44)


● Google+とBlogspot(後注:blogpetじゃなかったらしい)の方に悪質ストーカーが立てている偽ブログがちょっと腹の立つことやらかしてるんだけど。
  僕を盗撮してコラージュした写真だの、ここからの文面コピーだの画像の無断リンクだのを偽がやってて、しかし僕の実名と僕のヤフーIDのアンダーバー抜きを使って立てられてるので、いわゆる「成りすまし」。で、本文はコピーなんだが、タイトル部分で僕に悪意があるかのような誤解を招くような表現がされてて、そこが腹が立つ。
  多分すでに偽に偽装メルアドで酷いことされてると思うんだが、google+にまともな危機管理能力が無いので、開いた口がふさがらない状態。
  なんかワンパターンで酷い目にあっていたりする。ていうか成りすましとか、創作能力のない奴のやることだと思う。ていうか何が一番腹が立つって、僕が何について書いているかも解らない奴が僕の文章を勝手に盗用し勝手な見出しをつけてブログ共有モードにしてるって事で。馬鹿とかクズに自分の文章をハンドリングされたくないって事ですよ。あれはれっきとした頒布権侵害という著作権違反。犯罪です。(2014_1/11)
  P.S. ↑の偽ブログ=http://kohjimoli00.blogspot.jp/は削除してもらえました。( 僕のヤフーIDからアンダーバー抜いた偽ID=kohjimoli00)
    ・・・でもまだまだ偽ブログあるんだよ。大体google+の方に偽ブログから共有されたコピープロフィールが残ったまま。頭が痛い。(2014_1/29)


○  あと、今月はデッサン会には行かない可能性大。いつも行ってる方の所(下のクロッキーモデルさんの所)が、先月末の段階で予約一杯と言われたので(申し込みが遅れた)、今月はそこは行きません。
  ていうか下のデッサンは自分でも結構高度なデッサンだなぁと自画自賛(笑)。美術教室で先生にならってた時は、線を使うな階調で描けなどと言われたけど、実は「デッサン」って単語は「線」の意味なんだよね。今の僕的には階調で描くべき時に描けてればいい。
  ていうか僕は・・・テレビで芸能人の描くデッサンの寸評してる審査員がいるんだけど、あのデッサン教育はどうだかなと思ってるので。番組はとても面白いし芸能人のデッサンも上手いなぁと楽しく見てるんだけど。
  例えば石膏像を描いて、石膏にしか見えないのって本当に正しいのか?って。シビアに特訓するならそれでもいいけど、絵としてはどうだかな、だよね。描いてる側の描画対象への思いが伝わってくる作品なら全然良いと僕は思うんだよね。女神の石膏像をデッサンして、女神じゃなくて石膏の固まりにしか見えないのがプロのデッサンなら、そんなの要らんだろって思うので。あーこれ主観。 
  (ていうかそんな審査員の人々でも名無し掲示板の連中よりは全然ましだと思うけど。僕は自分で欠点は解ってるから、忠告とか全く要らない奴なんですが。でも欠点を欠点として容認した上で見るのが素描だと思うよね。それが個性でしょ  2014_1/11)
  P.S. まぁ一般の子供らが美大受験する時(だけ)は、僕の主張は通用しがたいんだけど、それ以外のケースでは、その誤差が全部個性になるわけなので。ていうかさ、僕って、子供の時のタマゴちゃんでも、雑誌にハガキ投稿したミクロマンや009の模写でも、シガチョコでもメカデザインや宇宙人デザイン群でも、同人企画のガンダムやライダーや、頼まれて某社に提出したTFの元ネタでも、どれも結局「僕の絵の線というか美意識ってほとんど変わらない」んだよね、子供の頃から。個性が明確っていうか。
  その美意識をゆがめるなんてのは絶対あってはならない事だし、その点で他人の言うことなんて僕は一切聞く気もないので。その上で、絵の勉強をしています。
  ていうか必要なことを他人に聞くのは大事だと思うけど、この年で必要じゃない事を聞く事って、必要がないことだと思うよね。(でもまぁ、林先生の番組で将棋の棋士が勝てるようになるために若い若い棋士に教えてもらった、というのがあるみたい。僕的に言うとそれって・・・デッサンでは女の子の身体もしくは被服の細かい事で、それだけは僕は男だからむずかしい。そこは勉強するし聞くと思う。で、そんな自分に「いやらしい」とか言う奴とは、絶対一切会話とかしたく無い奴なんだよ、僕は。)
  PCで言えば、最近のCGペイントツールはあいも変わらず解らない。CGはずっとX68000の3万2千か16色でやってたけど、最近のは加算とか乗算とかいまいちわかりづらいっていうか、マスクが綺麗にできないというか・・・単色ペイントが難しい昨今のペイントツールって何?
  昔で言うZ'SStuffとかの方がずっと綺麗に塗れるよな、駄目じゃん、って。←昔640X480 のPC9801用16色を512X512の3万2千色ファイルに変換するプログラムを自分で組んでた奴だ僕は。あとはイリ●ージョン社のシャドー効果プログラムを勝手にX68k用に組んでコンパイルしたりもしてたが  (2014_1/11)


◎ もう2014年になってしまったけれど、振り返ってみると去年は結構頑張ったなぁと思う。
  2年間頑張ると言ったことについて、成果発表するのはこれからって事になるけれど、予定の7割くらいはできたんじゃなかろうか。7割できれば上々。
  年末は、クリスマスの準備したり、フリマでおもちゃを子供達に販売したり、家でケーキを作って家族みんなで食べたりと結構いそがしかったです。
  イブでまた年が1つ増えてしまったことは、すっかり忘れました。
  フリマでお世話になってる某社長からクリスマス用の飾りつけを一杯買ってたので、結構今年のウチは(表にイルミネーションとかはしませんが)ちょっとゴージャスでした。
  ていうかそこらじゅうにオモチャがあるので、クリスマスも平日も変化ないんだけど。
  年末年始も年越しソバを食べたり紅白歌合戦を見たり特番放送のおっかけ録画やったりといつもどおりだった。
  親戚的には母方で一人お嫁に行った子が出たんだけど、僕はお相手については全く知らないので・・・ちょっと興味あるかな、うん。
  (2014_1/3)


◎ お正月で、結構色々テレビ放送してるけど、NHK教育の日曜美術館で、
  「藤城清治・風の又三郎」がまた放送されました。1月5日の夜8時に再放送あります。
  多分NHK大河の「軍師官兵衛」1話の裏です(笑)。裏表録画できる方は是非!!
  (※あと東京MXテレビで1月5日夕方4時から「光の芸術人藤城清冶」の再放送あります)
  何度も同じような事を書いてるけど、藤城氏の事はタカラ創業者の佐藤安太氏同様尊敬してるんだよ・・・
  年末年始では、MXテレビの出崎アニメ版「ブラックジャック」の録画がS2とS1行ったり来たりでハードだったけど。
  ドラマでは「新参者・眠りの森」が良かったかなぁ。Kバレエカンパニー全面協力!!
  みんな名演技。石原さとみがとことん美しかった(いやみんなか)。あとはコンサート系など見てました。
  ていうか、東京MXテレビで「ウルトラマンタロウ」の放送開始!!篠田三郎最高!!!(2014_1/正月分)


◎  昨年は何回かクロッキー会にも行ったんですが(ヌード)、多分そこそこ描けてるよね。
  1枚5分ならともかく、3分連続ってあり?みたいな感じだったけど、(→は各5分(左5分右7分?)、加筆訂正なし)
  結構慣れてきたとは思う。ただ慣れって怖いよね。彩色状態でのクロッキーとかに挑戦したりもしたけど、
  鉛筆での描写より色彩に頭を働かす分、筆記用具のタッチ数が同じ時間内で減るのが欠点。
  まぁその回はモデルさん(意外と有名)があんまりこっち向いてくれなかったんだけど。それは回によるよね。
  モノクロばかりじゃなくてちょっと色彩に興味が出てきた昨今です。
  こちらのクロッキーはあとで発表するかも。(モデルさんにも許可取ったので。
  ・・・ていうか、絵作りの一貫としてみんなクロッキー描きに来てるわけで、いちいち使用許可とか普通は取らない。絵の場合創作に使う事前提、描いたものは描き手のもの、が前提なわけなので。)
  (実はヌード写真も2回撮りに行って来た。(内1回はセミヌード)
   モデルさんも良かったし結構アングルとか、美術的にもいい写真が撮れたと思うけど、
   それぞれの写真の出来には文句ないとは言え、予想よりコントラストが強く出てしまって顔の影とか腕の影とか暗い。
   やっぱりコンパクトデジカメだと影の描写力的にきつい。F1.4のおっきな明るいレンズのデジカメ欲しい。こっち(写真)は発表しないです。許可得た場合は別だけど。
   ていうか僕はヌード写真やヌードモデルには偏見ないです。美術ならってたんだから、そんな偏見はあるわけ無い全然無い。
  ていうか最近のコスプレヌードってのは被写体の女の子を大事にしてるんじゃなくて、イメージ捏造だし版権無視だし元ネタも大事にしてないので嫌いだけど、
  アマチュアカメラマンってのは、昔(70年代など)なんか新型カメラやレンズの広告に女性ヌードを使ってた位なんだから、女性のヌードを撮って当然だし、絶対撮るものなんだよね。昔から。
  でもAV嬢さんを撮る時は(嫌いとかではなく)多少心に無理がかかって来るみたい。これはコスプレイベントに来てるコスプレAV嬢やコスプレ風俗嬢(って解ってる人)を着衣で撮影しちゃった時もおんなじです。
  僕の場合AV嬢さんを撮影した時に心にくる痛みってのは、着衣でも裸体でも関係ないらしい。)
  まぁ、もう●十代後半になっちゃったんだから、そこは許せ、と。結婚してないし彼女もいないんだから、そこは自由。恋愛も自由って事で、突っ込まないで欲しい。ほっといて。
  (ていうか僕はAVはまず見ないけど、AV嬢がヌード写真モデルするのは、彼女らの全仕事中で一番いい事だと思っているので、そこは妥協したい。)

  (※後注: つまりクロッキーと写真で、自分が描いたり撮ったりする上でのスタンスが違うっていうか。
   クロッキーは漫画やイラストのポーズにも使えるし、彫像作る上でのモチーフ探しも出来るし(そのままでも作品になる場合もあるが)・・・写真はそのままでも作品になるけど、絵や人形や立体物作る上での参考にもできる。あとは理想を追うかリアルに徹するかファンタジーにするかとか、色々立ち位置自体を探りながら・・・
  例えば彼女に描かせてもらうとかじゃ駄目なの?と言われそうだけど、僕は絵は実力あっても描かせてくれる女の子がいなかったので。でも絵は描きたいし立体は作りたいわけだから、しょうがないんだよね。
  デッサンとか、そりゃ好きな女の子がモデルになってくれるのが一番いいし、モデルにしたい女の子がちゃんとモデルになってくれて自分と付き合ってくれるのが一番いい。(例えば絵でもイラストでも上達する上では・・・誰がモデルかとか、他人に言わなきゃあぁ似てますね、って程度だから)・・・作家としての個性ってそうやって本来作られるものだし、僕もそう成長したかったけど。でもそれが出来る女の子が僕にはいなかったし、色々悪質連中に嫌なデマをまかれたり交際破綻させられたこともあったので、自分的にはこうせざるを得ないんだよ、と。
  僕のことを好きだといいつつデッサンモデルにはならないみたいな女の子がいたら、ムカつくよね。ていうか僕的に論外。お話にならない。でも若い子達には本当は男女交際で前進していって欲しいけど。
  多分写真やデッサンでモデルさんが笑顔向けてくれるだけの自分でいられる年齢もそう長くないだろう、って気もするし。  後注終わり)

  ていうかあまり才能を手広く広げても後々回収が大変な事態になるわけだけど。
  ヌード撮影の才能はかなり自分にはある、って解ったのは本当、去年の収穫だったと思う。
  ていうか、去年はセル画用のアニメカラー18色セットだの生セルまで買ってるし。何をやるつもりだったのか?年忘れから頭を復帰させるのに時間かかりそうです。あぁ原動画用紙買ってなかったよ;なくても描けることは描けるけど。
  で、個人創作ページに新デザインだの子供の時の漫画だの更新。無軌道過ぎる。  (2014_1/3)


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◎ MXテレビ(S2)で夕方4時に放送している「おちゃめな双子〜クレア学園物語〜」が残り7、8話!!
  放送当時は名作系の定番作品かなぁと思ったんだけど、製作の91年から時間が経ったので、
  ある意味熟練された名作系アニメでもあり、女子寄宿学校(いや小公女セーラは怖かったが)ものでもあるので、
  海外のその種の作品が好きな人にはいいアニメ?wikiによるとイギリスで原作が書かれたのは第二次世界大戦中。
  そう考えるとテーマは歴然としてくる。結構楽しいアニメーションです。
  ケネディ先生なんて名前の先生も出てきます(^^)。森高千里の有名なOP曲も◎。(2013_12/26)


◎ 「家なき子」は大人になった今見直してもやっぱり名作だと思えるアニメでした。
  母親との再会で、レミは晴れてミリガン家に戻り、それどころかマチャも養子になり・・・
  しかしアーサーが歩けるようになり幸せな日々が続く中も、マチャは何か釈然とせず、
  結局レミもマチャとともに再び旅に出る事になります。成長したレミは法律家になりリーズを妻に迎え、
  マチャは天才ヴァイオリニストになる、というエンディングでした。宇野重吉氏のナレーションが最高。
  ていうか、ラストに行き着くまで本当にこれでもかこれでもかという苦難で、
  レミは結局この物語を通じ、人々の苦難を見る事で法律家になったんだけど、
  実は法律家になる事自体はレミの選択肢であって、もちろんこういう人生を生きた人に
  絶対に法律家になれ、と言うような話じゃあない。本当にこの物語が語っていたのは、
  ・・・誘拐されても一座に売られてもお師匠さんが逮捕されても実の母親とすれ違うように離れ離れになって
  前に書いたような苦しみがあって、その上で弁護士に自らを誘拐した連中に売り渡されようが、
  警察に悪人一味だと間違われようが、警察が間違っているなら、
  自分自身が正しいのなら、例え相手が警察権力だろうが決然として否定しろ、認めるなって事なんだよね。
  例え脱走してでも抵抗し、自分の生きる道は国を越えてでも自力で勝ち取れ、って事。
  それが結局「家なき子」で一番大事な所だよね。
  つまり間違っているならたとえ警察であろうが、絶対に(脱走してでも)警察の言い分を認めるな、って事で、
  作品のその主張の力強さがもの凄かった。それはビタリスが収監された結果身体を持ち崩して死んでいった事もだし
  (現実に、画家のミュシャもナチスに拷問を受けて、釈放後にその衰弱が元で死んだわけだが)
  リーズたちの家族が温室の火事で全てを失い一家離散になった事もそうで、「家なき子」の一貫した主張だよね。

  つまり法律が権力や既得権益や悪に利用されるなら、レミは弱者の為に彼らの人生の為に戦うため。
  だからレミは立派な法律家になったんだ、って事。権力者に媚びを売るためじゃない。
  でも今はその為に法律家になるという意識持ってる人は少ないし悪徳弁護士も多いから、
  今ならレミは全く違う職業を選ぶかもね。レミならそれでも法律家になろうとするんだろうか?・・・
  そのテーマが本当にしっかり表現されてて、ああ見て良かったなと思いました。
  多分、生涯不変の傑作アニメだと思います。見ていた人はラッキー。最高でした。(12/26)


◎ MXテレビの「家なき子」、弁護士によって赤子だった自身を誘拐した盗賊誘拐の凶悪集団に引き渡されたレミ。
  レミはミリガン夫人が自分の母親だったと知る事ができたものの、逃亡に失敗してアジトに連れ帰されて、
  そこに警察が踏み込んでくる。助けてくれるかと思ったら、犯罪組織の仲間扱いで尋問の嵐。
  冤罪で少年刑務所へ護送される途中で、なんとかマチャと仲間たちが介入、走り続ける列車から草原へダイビングで難を逃れるが、
  更に警察は追ってきて、こんどは「逃亡者」のように崖から川へダイビング。
  なんとかミリガン夫人たちがいるフランスに向かうんだが英仏海峡はおおしけで嵐また嵐・・やっとフランス!
  って所で東京競馬で一週間休み??うわああああ!!次回放送は11月11日です・・・
  弁護士も警察も信用できない場合がある、ってのは厳然たる事実だよね!!残り3話。(11/2)


● 篆刻審査で調査委発足へ=会派別割り振り疑惑―日展
  「先生に手ぶらじゃ駄目」 日展、厳しい階級社会
  日展のこの辺の階級社会については、僕の恩師(90年頃に習ってた)の成田亨氏も昔から言ってた所で、↑に書かれている事の他、要するに学閥階級社会であるという事で、上の選考委員の学閥(同じ美大や美術学校出の後輩であるかどうか、等)によって入選だの賞だのが決まっていくとの事だった。だから先生は二科展中心だった、との事で、今回の件もそれと同じだと思う。美術作品そのものが与える感動とか、そういうのじゃ無いんだね。だから日本の画家の作品は作家が死んだ後に値が下がるんだ、などと先生は言っていたが。
  まぁ、その影響で、自分も現代日本の芸術は二科展の作品群が一番だ、と判断するようになったんだけど。自分が本気の本気で頑張って出展するとしても二科展だろうなぁ、と。出せる所までこぎつけるか判らないが。そういう意味では二科展に出してる芸能人の方々すごいな。
  先生が出していた頃だから5、60年代以降の話なのだろうか?まぁその頃から見れば緩和しているにしろ・・・だから特に感慨なし。  (10/31)
  P.S. ていうか、まず過ぎるだろこれ↓
   日展、全部門で最高賞の選考中止 不正審査問題で


◎ テレ東系深夜アニメ、田舎の分校の子供達のアニメ「のんのんびより」は楽しくてオススメ。罪が無い!!
  ていうかウチ的にも実は縁のある地域が舞台だったりする。アニメだけか?親族の疎開先でルーツにまつわる所なんだよね。
  ほのぼのしているようでも、昭和20年代は、南海地震とか台風による水害とかで本当に大変だったそうなんだが、
  まぁそんな事はこのアニメではないだろうから、安心して綺麗な風景を見れます。にゃんぱす〜〜♪
  僕もあの辺は行った事あるけど懐かしい!♪ 風景も綺麗なのでBD録画で是非是非。(10/29)


◎ MXテレビで毎回見ている昭和のアニメ群がそれぞれそろそろ佳境。
「家なき子」(s2)は競馬中継日などランダムにありながらも、やっとレミがロンドンに到着して、
とらわれの身の中ミリガン夫人が本当のお母さんだった事に気づいた所。おめでとうx2(;;)
レミたちやバルブランママ・ミリガン夫人役の武藤礼子さんなど、声優陣が素晴らしい。宇野重吉さんの語りが凄い。
しかし、死ぬ間際の養父の言葉でロンドンの弁護士の所に行ったら、両親だと紹介されたのが
レミを赤ちゃんの頃誘拐した誘拐犯本人だった!!昔っから弁護士って駄目駄目だったんだな・・・;
「スペースコブラ」も最終章に突入。「アラビアンナイト・シンドバッドの冒険」も、残り3話。
「ウラシマン」も現在最終クール。「めぞん一刻」も三鷹と九条が婚約して、
今五代・こずえ・響子さんの最後のドタバタやってます。いや、本当に録画しながら見れるのが幸せ。(10/26)


● 初代リカちゃんシリーズの生みの親である、小島康宏氏が、73歳で亡くなられました。
タカラ創業者の佐藤安太氏とともに、リカちゃんをこの世に生み出してくれた方です。

おそらく追悼欄にも乗るだろうとの事ですが、交通事故(跳ね逃げ)にあわれて、そのまま、意識が戻らず、
本当に長い療養だったと聞いていました。本当に本当に悔しいです。
最初に事故の話を本多氏にうかがったのは、ママの南十字星入手頃、昨年の初夏でした。

自分が初代リカちゃんを本気で集めるきっかけになったのは、「タカラノタカラ」の小島氏のインタビューで、
本当はレディリカのようなものを作りたくて、リカちゃんが出来た話や色々の逸話は興味深く、
各リカちゃん系の書籍、特に「リカちゃん、生まれます」の内容の、
わくわく感や幸せ感が忘れられないです。ご冥福をお祈りします。

僕を父親の3度目の手術の不安から救ってくれたのは、間違いなくリカちゃん達です。

ご葬儀の詳細などは、本多氏の 日本着せ替え人形協会 を参考にして下さい。(10/23)
(偉大な功績を残された方なので、できるだけたくさんの方に送っていただきたいとの事です。)

※ 以下追記。
リカちゃんの生みの親の一人である小島康宏氏がなくなり(小島氏自身は生みの親は佐藤安太社長で、自分は育ての親です、といつも言ってらしたそうですが)、
  お通夜かご葬儀に行こうかと思ったんだけど(それは知人氏がメールで遺族の方々の大勢で送って欲しいという旨を連絡してくれたって事は、来て欲しいって事なので)、行けない事になってしまって。
  それで昨日夕刻、せめてお香典だけでも知人氏に持っていってもらおうと(弔電だとお役に立てない気がしたので)、知人氏にお香典代と袋代を送ったんだけれど、知人氏は葬儀告別式ではなく、お通夜の方に参加なされたという事で、僕からのメールに気付いたのは後だったと、その連絡が来たのが葬儀が始まった後だった。確認しなかった自分も駄目だが、なんか・・・何にもできなかった。弔電も打てなかった。
  ご葬儀が終わってしまうと弔電って持ち戻りになってしまうので、再度ご遺族に届けるとなると、結局こちらがご遺族のご住所とか調べなきゃならないのだそうだ。単なる一ファンで生前に会ったことがない自分の場合、そこまではできない、というかモラルとしてすべきでない。だから弔電も無理だった。
  リカちゃん同様、自分が集めている変身サイボーグも販売的にはリカちゃん課の中の扱いだったそうで、実質的に変身サイボーグシリーズも小島氏たちの世話になっていた玩具シリーズなんだよね。そう考えると余計に切ないです。
  ・・・リカちゃんをこの世に生み出した小島氏のような方が、交通事故で闘病の末の、こんな形の不幸は、この世にあってはならないと思う。けれども、そういう小島氏を事故後ご家族と共にずっとずっと支え続けたのも、病院の先生や看護士さんたちだ。こんな世界・・・と思う前に、そういう人々の良心を見続ける事でしか、この世に生きる価値を見出せないのだ、と思う。
  誰もが努力して、この世に生きる価値を見出していて、他人の努力が、人にこの世に生きる意味を見出させる。
  小島氏や佐藤社長やタカラやリカちゃん製造にたずさわった方々の、子供たちに夢を見させる努力がなければ、子供たちはリカちゃんっていう夢を受け取れなかった。
  女の子たちが、最初にリカちゃんという夢に出会う事は、幸せだろうと思います。

  何ものにも変えがたい美しくやさしい夢をありがとうございました。
  謹んでご冥福をお祈りします。
                               (2013_10/25 加筆訂正予定あり)


◎ 「藤城清治・光と影の動物園展」に行って来ました!ギリギリ滑り込みって感じでしたが・・・とてもいい展覧会だったです。いきなりネコのボクサーの影絵で一発!!って感じ。ネコパンチがそのままボクサーになってる。
  タイトルどおり、今回は動物キャラ中心で、小人さんやケロヨンはわりとサブキャラに回ってましたが、それだけに動物たちの元気でやんちゃでかわいい姿がとても際立ち、また影絵のテクニック(毛並みや動作の表現!!)がとても参考になる展覧会でした。もの凄い労力がないと作れない・・・。
  動物の影絵のモデルには、藤城氏が過去に買っていた動物達がなっている事が多いので、そういう動物達の思い出の記録でもあるけれど、けして暗くなく、むしろハッピーさが伝わってくる展覧会だったと思います。それにしても光と色の鮮やかさが◎!
  作品内に出てくる動物は猫や犬や鼻の短いゾウ(かわいい!)やリスなど、動物の子供たちが多く、ライオンや、トラや、クマやブタやロバやシカやニワトリ・・・果ては天馬や河童みたいな幻の動物も出てきます(これは妖怪か)。一応お姫様や王子様も出てきます。藤城氏は猫がとても好きらしく、なんとなく猫の顔が氏に似ているかなとも思うんですが。舞台もヨーロッパ風だったり中近東風だったり、それぞれ絵本や連載用の影絵が多く、つまり子供向けの読み聞かせのお話がメインになっているんですが、こういう物語ってどこから見出しているんだろう?と思う程みずみずしい物語が題材になっていたりします。
  元々藤城氏のジュヌ・パンドルという人形劇団はチェコなどの人形劇団からもインスパイアされていると思うので、もしかすると題材が原書なのかもしれません。ていうか「童話」って(日曜朝の「まんが世界昔ばなし」を見ていても思うけど)、昔は今のように売れ筋の有名な話とそうでない話の知名度に、あまり落差がなかったのかも知れないです。だからあまり知られてなくても心の琴線に触れる題材が作品にできたのかな。今はレアな話は子供に届かないよね。昔は児童書にももっと種類があった気がする。

  いずれにしても影絵の動物たちの、特に子供たちの動作や全身の表情の繊細さがものすごい・・・!! やっぱり実際にたくさん動物を飼っていたから出来るんだろうか・・・他に動物が大好きな昭和期の画家さんだと、高橋真琴氏がいたりするけれど。リアルでありながらも、動物同士で会話したりするし、夢の世界の動物たちなんだよね。そのバランスが絶妙。
  ・・・「暮しの手帖」(婦人雑誌です)の連載「すばらしき日曜日」の手書きカットがとても面白くて楽しかった。シンプルなコマカットなんだけど、おしゃれで幸せそうなんだよね。もしかすると「サザエさん」にも通じる?18年間で600枚も!!見ながら人生って楽しいんだなと再認識したくなった。マジックの実線で藤城氏の線画を見るとまた雰囲気が違ったり、かえって解る所もあったりで面白いです。
  それにしても、こういう風景自体が本当に今はレアな気がする。みんなスマホや携帯とにらめっこしてるじゃん?携帯ゲームとにらめっこしている人々ばかりじゃ、こんな素晴らしい人生も流れて消えちゃう気がするんだよ。この展示からは、そう感じるべきなのかもしれない。
  また、「ぷっちんとちゃっぷん」という藤城氏唯一の水彩絵本の原画展示もありました。水彩で見る世界もまた珍しかったり個性的だったりで。過去に氏が飼っていた動物の鉛筆画やデッサンなどがあって、ああ、この子たちが主役の展覧会だったんだな、と。動物達への感謝が伝わってくるようでした。
  僕も飼っていたインコや良くウチに来る子猫をもっと描いてあげれば良かったと思ったりした。インコは12年近く生きてくれて、擬人化して描いたけど。子猫は本当に僕になついていたんだけど、なんかどこかで何かにひかれたような姿を母が目撃して、そのままどこかに行ってしまった、と言っていて・・・それきりでした。本当に悲しい、今でもあれが一番僕の好きな猫だったりする。うちは余り動物を飼わない。あとは金魚が何年も長生きしていたなぁ、と。
  いずれにしても、藤城氏の影絵の動物たちは、意外と人間と同じような街中で生きていたり、人間と同じ感情を持っていて、人間と全く同じに描かれている。昭和の童話の動物って大体そうかもしれないけど、藤城氏は「人間も動物も全く平等だ」と思っているそうで、それがこういう作品を生み出しているんだなと痛感する展覧会でした。主義というかテーマあっての作品表現なんだよね。
  ・・・僕も「人間なんて動物よりどんだけましなんだろうか?」とは思うけれど、僕のネガティブさよりも、ずっとポジティブな考え方の藤城氏たちだからこそ、こういう子供でも大人でも楽しめる影絵作品が作れたんだろうな、というのは、本当に感じる所です。多分痛感ってそこだね。だから光と影の、なんだろうか。影が人生にあっても心美しければいいのかな。
  自分は、自分の人生の中で本当に感動した所を創作するのを避けてしまうクセがあると最近特に思っていて。本当に感動したところを表現して逆にけなされたりするのが嫌なんだと思います。その辺をなんとかしたい。でないと昭和の方々に対して恥ずかしい。(けなしてくる側に対しては全然恥ずかしいなんて思ってないんだが)
  いや、動物の子供ってかわいーなー♪♪藤城さんの影絵って生の影絵って素晴らしい。それだけで感想充分!!って気もする。
  今回も作品の写真撮影OKでした。勉強のために写真撮ってる人も多かったと思います。なんか最後にポスターが余ったからと3枚も渡されてしまいました。感謝です。次の展覧会もまた行きます・・・!!  (2013_10/24)


◎ 漫画家のやなせたかしさんが13日になくなったそうです。葬儀は近親者のみで済ませているとの報。
  (↑ 最初にヤフーニュースで見た所が3日と書いてて、ちょっと変になりましたが正確には13日です。すいません)
  公の場に出てるその姿が報道されるたび、とても洒脱でかっこいいなぁと、いつもいつも思ってた。残念。
  アンパンマンの絵本を初めて見たのは、僕が小学校の頃です。
  親戚の所にお嫁に来た義理のおばさん(僕はいまだにお姉さんと呼ぶが)が当時小学校の先生で、自宅に本棚一杯に
  新作込みで絵本や児童書を持っていて、その中にあったんだと思うのですが、最初に見た時は衝撃でした。
  例えば当時の変身ヒーローは結構悪と戦うもので、月光仮面やウルトラはそれをしながら、いわゆる人道的な事をするんですが、
  アンパンマンは、まず人の空腹を救う為に自分の顔を食べさせたりするのが優先で、
  (海水に濡れたりするとつい塩漬けあんパンを想像したりしたものですが)
  確かやなせ氏によると、「空腹から人を救う事こそが正義だ」という話は、知っての通り。
  アニメの明るさ楽しさも、やっぱり本当のアンパンマンらしさだと思います。
  フリマでも小さい子たちはアンパンマンが大好きです。キャラ数が無数な程多いのもすごい。
  子供たちが最初に触れるヒーローが、今アンパンマンになってる時代はかなり正しいのかもね。
  ていうか俺アニメ企画で、エンディングは「手のひらを太陽に」がいい!と思った事、あったなぁ・・・(作詞がやなせ氏)
  確かクリスチャンの方。クリスチャンの方の葬儀で一般参列ってあまりない。
  多分もう天国で、手塚氏たちや、やっぱりクリスチャンだった長谷川町子さん達とお会いになられてる気がします。
  つつしんでご冥福をお祈りします。ていうか、漫画界への貢献もそうですが、世界にも作品でものすごい貢献をした方だと思う。(10/15)
  やなせたかし氏 日本人の正義とは困った人にパン差し出すこと
  ・・・それで裏切られる事もあるけど、まだまだの人生のスタートにいる児童に教える正義としては普遍的かも。


◎ 銀座教文館ウェンライトホールで、「藤城清治・光と影の動物園展」が開催されてます!!10/20迄
  行った方には昨年同様オリジナルポスターがもらえます。サイン会もあと3回あります。
  公式で紹介されてなかったので、気付かなかった方もいるかもしれませんが是非是非♪ (←TOPから移動。展覧会は終了しました。また次回〜〜)

◎ 八王子市夢美術館の、「チェブラーシカとロシア・アニメーションの作家たち」展、行って来ました!
  いやー・・・超かわいかったです。ノックダウンでした。
  エントランスにはこんな大きなチェブラーシカのぬいぐるみがあったり、
  ( 画像>。チェブラーシカは身長が子供より低いので数倍サイズ。)
  映画のダイジェスト上映が。中に入ると2002年の童話のとてもかわいい原画だけでなく、
  初期のチェブというか、チュパカブラかアイアイのようなチェブラーシカの頃の原画(怖っ!)もあり、
  近年の新作映画のチェブラーシカの人形やプロップや多数展示!電話ボックスもあったよ!♪
  いやー・・・むちゃくちゃ可愛い。チェブラーシカは「ばったり倒れ屋さん」って意味。知ってるか;
  ただ、設定ではウサギのような頭のクマのような丸い尻尾の正体不明って事なんだけど、
  ぱっと見はどうみてもおサルさんなんだよね。謎ーーっ;;監督によると正体不明だけど男の子だそうな。
  ワニのゲーナ人形やマーシャやライオン、果物屋さんやサーカス小屋はセットごと!!人形はほぼフル展示でした。
  ていうか昔のプラスチック製オモチャや切手やピンバッジや印刷物がすごくそそります・・・
  アニメの展覧会だけあって、モニターが4〜5個あってチェブラーシカの旧作新作ダイジェストやインタビュー流してて。
  白黒画を動かしてラッシュか動撮的に動くコンテイメージにしていたのも、結構参考になったかも。
  他、ロシアアニメのイメージ画やデザイン画など、色々。「雪の女王」のエスキースも綺麗でした!!
  さらっとミトンも出てた。なんていうか全体にロシアのアニメ製作者の気持ちが伝わってくるというか、
  もしかしたらチェブラーシカは、その誰とでも友達になれてしまう無垢さで、僕らに見えない所で
  東側の心を変えてたのかもしれない。どのキャラもほのぼの伸び伸びしてて良いです。
  八王子は暑かったのにこの夏は来場客1万人越えだったらしいです。毎日2百人以上来てたと考えるとすごい。
  自分も図録と絵ハガキとぬいぐるみ買っちゃったけど・・・ぬいぐるみ4種完売だって。
  僕は買わなかったけど、トートバッグとか、ネイルシールとかすごく良さそうです。
  東京での展覧会は9/1で終わりましたが、兵庫でも11月16日から展示されます!是非是非!!(2013_9/2)

◎ 8/28に、TVK(テレビ神奈川)で「光の芸術人 藤城清治」の放送がありました。
  2013年に開館した美術館と教会チャペルのグランドオープンの顛末が放送されてました。
  体調不良がたまに来ても基本的には元気そうで安心しました。
  他、影絵作品や、「ケロヨンと木馬座の顛末」についても懐かしい映像こみで触れられていて◎な番組でした。
  (いや、「その後ちょっとした隙をつかれて木馬座のマークと名前は人の手に・・・」って、怖い;)
  秋田の展覧会ももうすぐ終了するみたいですが、サイン会まだあるみたいです。(9/2)
◎ 今日8/28は、TVK(テレビ神奈川)で「光の芸術人 藤城清治」の放送があります!!
  夜8:00からです。録画して見るのをおすすめ!!
  日曜日(9/1)には教育テレビで日曜美術館の藤城清治特集の再放送もあります。(公式)
  風の又三郎や被災地を描いた影絵の製作への密着ですが、色々勉強になります。
  ていうかカラートーンを使ってた頃から考えると、昔の漫画や同人の作り方にも通じるものがあるような。
  それにしてもアシスタントさん達頑張ってる!!
  秋田や宮崎の展覧会ももうすぐ終了するみたいですが、サイン会もあるのでお近くの方にはおすすめです。(8/28)


◎ Bunkamura ザ・ミュージアムで、レオナール・フジタ展(藤田嗣治展)が開催されてます!!
  パリで認められた最初の日本人画家、乳白色のフジタとして有名です。
  成人女性や成人男性の絵もよいですが、少女の絵もかわいいと思います。綺麗です。
  実は自分の作ってる人形の胸のあたりも、フジタ氏のキキの絵に、
  なんとなく近くなってしまったと思ってますが・・・。
  実は昭和4年の藤田嗣治画集も持ってたりする(カラー口絵あるのがびっくり)。
  まとまった展覧会としてはめったに見れない展覧会なので是非。(8/16)


◎ 八王子市夢美術館で、「チェブラーシカとロシア・アニメーションの作家たち」展をやってます!♪
  とってもかわいいチェブラーシカや名作「雪の女王」の展覧会です。
  「ビブリア古書堂〜」でもチェブラーシカ扱われてましたね。その系列のロシアアニメ総ざらえ展です。
  なかなか見れない展覧会みたいなので東京西地区の方は是非!♪ 9/1まで。グッズ販売もあります。(2013_8/16)

◎ 「ふしぎなメルモ・リニューアル」が東京MXテレビ水曜夜7:30から放送中!!
昔のメルモの音を再録音したもので、メルモ役は川村万梨阿さん。結構合ってます。
こないだ3話の「男の子をやっつけろ」だったけど、やっぱり◎。(シカクとナナメは結婚しただろうか?)
ちなみに当然提供はわかさ生活w♪ご家族に是非オススメ!!(10/6)
◎ TVKテレビで月〜木の朝8時から「赤毛のアン」放送中。


◎ 東京MXテレビのS2で「立体アニメーション・家なき子」の再放送をやってます!!
(S2はリモコンで9chの東京MXを表示してから、選局ボタン一つ押すと表示されます。レコーダー録画可能)
70年代当時、特製グラスをかけるとアニメが立体に見えるという事で放送されてたアニメですが、
そういうのを抜きにしても、とても感動できる素晴らしいアニメです。今日で14話目。
立体アニメの放送は、wiki解説どおりステレオクローム方式なので、
メガネがなくても、黒透明や茶透明のサンバイザーを片目(左目)に当てて見れば、OPから立体的に見えます。おお!って感じ。
ただ、昔の子供映画の赤青の立体メガネほどじゃないけれどチラチラするし、
昔のポケモン事件の事もあるので立体アニメの件を告知してないのかもしれません。
立体視に挑戦する方は、体調に気をつけて、辛くならないように休み休みですね。録画出来る時代で良かった。(8/8)


◎ MXテレビで日曜朝6時から、「まんが世界昔ばなし」を放送しています!!
なんだ日本昔ばなしのオマージュじゃん!と思う事なかれ、アニメーションが抜群に良いです。
製作にはマッドハウスも参加しているので当然と言えば当然!!
語りは映画「白蛇伝」からアニメでもおなじみの、ねむの木学園の宮城まり子さんです。
なかなか世界のお話をこれだけ総ざらえで見る機会は少ないと思うので是非。
それにしても旧作新作アニメを全部BDレコーダーで録画してるので大変な事になってしまってます。
「ゆうゆう散歩」「ヨーロッパ水風景」(後注:BSに移行)とか「奥さまは魔女」
「ガンバの冒険」(TVK月〜木朝8:00(後注;終了。MXでは週1でやってます))まで録ってるので大変だ〜(8/8)


セーラームーン新作、2013年冬公開らしい!!
ちゃんと新作報あって良かったX2 公開って事は劇場版なわけだよね?
劇場映画ならテレビと違ってうるさいコードも結構回避できるわけだけど、
なんていうか最初から劇場版だってのは当然って気もする。
それにしても、もう8月なのにまだアニメのキャラデザインやパブなどの情報が出てこなくて・・・
一体どういう話になるのか?ちゃんとうさぎが主役なのか?謎は尽きない。(2013_8/7)


◎ 関東地区では「ローゼンメイデン」スタートらしいです。
ていうか僕はまいたジュンの方が好きなので、まかなかったジュンの話はどうにも・・・って感じだし、
今「ヴァルヴレイヴ」をやってる松尾氏に代わって新監督さんらしいんだけど、
ドール好きなので見たい!!って方はお見逃しなきよう?うーむむ(^^);
  ドールと関係ないけど今期深夜アニメは今の所「Free!」が面白いです。(2013_7/4)


◎ ヤフオクに、初代バービーのシンデレラ・ドレスセットの中古品出品しました。
  昭和当時品。ティアラとベール、手袋ないですが、非常に状態良いです。
  (※ビンテージバービーカテゴリーに出しなおしました。7/3終了です)
  バービープリンセスとディズニードールのギフト箱も出品してます。。
  (※ まだシンデレラドレスだけ売れてません。バービープリンセスとディズニーはそれぞれ売れました。機会あったらまた出品予定)


◎ 初代リカちゃん関連の値段がヤフオクで上がりすぎててギブアップ状態。どうしてこうなった?(◎◎);
  復刻とかネオリカもすごい事になってしまってて、大変。最近のキャッスルの初代リカ復刻が原因?そろそろ50周年にもカウントダウン入ってるんだけどね。>リカちゃん。
  更新さぼってるのは一杯あるので、コレクションページに色々UPすればヒット数増えるかなぁ(ごめん、体力が・・・)。といいつつ、今このサイトで一番閲覧されてるのは、多分ダントツでセーラームーンのページなんだけど。ヒット数8万件感謝!!
  先月一ヶ月の閲覧数が3498件ってすごすぎる。ファンとかコレクターとかコスプレしてる子とかの役に立ってるみたいで、そこは良かったと思う。昨年中のメールで結構嬉しかったのは、玩具会社の受験勉強するのにセーラームーンページに行き当たったって人のメールで。合格してるといいよねぇ。
  他にも持ってるんだけど、欠品多いんだよ・・・。マスクのないタキシード仮面のルーズ品とか、ミュージカル版ミニコレクションの三戦士セットは持ってるけど、五人組の手袋がないとか(あるあるネタ)、セレニティ人形ドレスのティアラがどこかにあったっけ?なかったっけ?とか・・・ずさんコレクションでも良ければ画像出すけど、恥ずかしい(ぽっ) そして禁断のUPという手もありますが・・・
  一応最近の本格コスメシリーズには気付いてはいたが、僕は男なのでそこまで手は出さない。本当手が出掛かったけど!!
  まぁ他にもギブアップ状態のアイテムって一杯あるんだけども。ナージャについては放送直後に入手してて本当に正解だった。
  ・・・今現在買えるけど後できつそうなアイテムってなかなか見抜けないよね。その辺はみんな一緒なので。・・・逃がした後でみんな頑張れ^^;(2013_7/5)


◎ セーラームーンの新作ですが、なかなか難航しているようです。何でか不明。
  例の児童ポルノ法改正案や海外展開上の都合で、色々あるような気もするんですが。
  スカートの下がハイレグ不可でタイツやスパッツじゃないと駄目とか?うーん。。
  (例えば色んな事件があったので、オカルト禁とか児童虐待的だとか色々・・・)
  僕的には主人公たちを高校生にしてラストは絶対ハッピーエンドで解決!!・・・って駄目なの?
  ていうか、コードに合わせるという意味ではプリキュア以上は無理だし、
  変に規制したセラムン?・・・って。ラブロマンスあってのセラムンだし。
  ( ナージャがラストどちらも選ばなかったのも、規制準拠だけど、まぁあれはテーマかぁ; 2013_6/26)


◎ テレビ東京で月〜金まで、朝8:00から「奥さまは魔女」を放送してるんですが、
  タバサが結構成長してきて(本家アメリカではほぼ半年おきに1シリーズ放送していたらしい)
  なんか見慣れたノリになってきました。こういう筋立てだったのか・・・とびっくり。
  自分の母はお隣さんとクララおばさまが大好きなんですが、自分的にはアーサーおじさまとか結構◎。
  近くにいたらすごい迷惑キャラだが(笑)
  TVKも朝8:00から「未来少年コナン」はじまって、先日までのMXの放送時間変更の録画ミスとか、なんとかなりそう。
  「あまちゃん」も(この先行けば震災描くドラマに確実になりますが)お勧めです。
  しっかしあきちゃんは迷走するなぁ・・・。青春は迷走するものなのか・・・うぅ(6/20)

◎ ていうか、セーラームーン関係のトイ以外にも、プリキュアとかナージャ系とかハニーFは結構持ってるので紹介ページを作りたいとは思ってるんだけど(プリキュア系毎年多すぎ、どうすんだ)、中古難有が混じってたり、なんかたまごっち的電子玩具が多いのでギミック紹介をするとキリがなさそうでやってない状態です。
  やっぱりギミックがしぼれてるって意味ではナージャが紹介するには楽かなぁ(なんかキャラリートのフラメンコドレスは純粋にアイテム的な意味でどうしても欲しいと思いつつ持ってない;)。
  でも、プリキュアはMXやTVKで大分再放送やってるからBDで撮り直しできてるんだけど、ナージャやどれみ系はしばらくローカルでもやってなくて、自宅的にビデオデッキにまともなのがないので、ナージャのストーリーのダイジェストとか自分で把握しづらい状態なんだよね。本編的にはフランシスと黒バラの正体と、ローズマリーのくだりでかなり見ててヘコんでたけど(つまり自分は前半好き)。ま一応日朝8:00~9:00はロボコンやどれみ以降ずっと見てるんだけど。
  話は変わって6〜70年代のチビッコメイト系でも前とてもいいページがあったんだけどいつの間にか消えてしまって参考にするページが消えてたりで結構困った。夢の馬車とかっていつ発売だっけ?あのページ詳しかったのにね。詳細が解らない状態でもよければ写真と軽いコメントだけUPという手もあるんだけど。なので結構今後のドールページはぬるくなりそう?でもその位がいいのかも。
  なんていうかドールコレクション始めて自分が多少優しくなったというか丸くなった気がしていたのに、最近自分の気にさわる事が多くてぎすぎすしてたのをドールページのROMにはお詫びします。m(_ _)m   (2013_6/19)


◎ ヤマハ銀座スタジオの「藤城清冶 光のシンフォニー展」に行って来ました!(エントランスはこんな感じ。6/12終了)
  ヤマハスタジオでの展覧会開催は2年前以来だそうです。こちらの展覧会は音楽がテーマなので、結構そういう意味での心の琴線に伝わってくる作品が多かったです。
  展覧会は地下2階だったのですが、スタジオの天井がすごく高くて空間が見事に使われていたので、地下2Fという事を全く感じさせなかったです。どれもこれも色彩豊かで心のこもった影絵で繊細で見事で素晴らしい。三枚の人魚の絵はモノクロとカラーの中間的な淡彩でけれどとても綺麗なデザイン的な絵だったんだけど、銀座スエヒロビルのエレベーター3基の壁用に作られた影絵の原画。綺麗だの一語に尽きる。やっぱり銀座と藤城氏には通じるものが昔からあるんだなぁと。
  アンケートに印象に残った影絵を問う欄もあったんですが、答えるの無理だろ・・・って位、どれもこれも印象的で。確かに音楽がテーマなわけなので、それに連なる作品が印象的だったのかな。ピアノを影絵化したものとか・・・自分的には人魚や小人や猫の影絵がとてもいいと思ったんですが、なんかどれも心の渇きに浸透してくるみずみずしさが素晴らしかった・・・(実際展示に水槽も使われていたけど)。
  自分的にはピアノを以前やってたのでピアノの絵もいいなとは思ったんですが、やっぱり人魚系とか小人系、猫系かなぁ・・・どの絵の小人も音楽テーマなので、楽器を持っています。それがまた似つかわしくて!!(解説にも書かれていたが)・・・震災で沖に上がってしまった第18共徳丸の影絵のレプリカもありました(上に小人が乗っている)。カルピス調水玉の両サイドと上面に鏡を配置した巨大影絵も良かったです (左右と上に鏡像が出来てずっと続いてるように見える仕掛け)。水槽を使った影絵は今回も展示されていて(「星空の木馬」)赤いクリアのグランドピアノを中央に配置していて回ってるんですが、すごく良い調和感でした。昔の天気予報の動く影絵もそうだけど、「動く」というのが実は藤城氏的にも重要なのかもしれず、かといって影絵をオートマトンで動かすにはムットーニみたいに大変な技術がいるだろうから、それを別の立体に仮託して動きのイメージを出すという発想なんだと思います。MISIAのコンサートのステージバックで使用された影絵もありました(「恋する季節」)。すごく可愛かった。
  最後の絵は「カーテンコール」の絵だったんですが・・・結局のところ写真を撮りつつ3〜4周しちゃいましたね(^▽^);
  ていうかヤマハの音楽スタジオなんて、本当にピアノやめた今となっては今回の藤城氏の展覧会がなければ来なかっただろうと思うわけですが。会場に至る階段も、防音壁の雰囲気が本当に自分的に懐かしい印象。
  こういう展覧会はいつもながら素敵で・・・近くから見ると藤城氏の影絵のテクニックが良く解るし。影絵というだけじゃなくて色々な作品に応用できるテクニックだと思うよね!あと、自分はカッターを使って、造型したり、コミックのトーンはったり、色々やってきたけれど、藤城氏は影絵を作り人形劇を作り、僕は球体の人形作ったり個人創作の漫画作ったりプラモ作ってる、それが不思議だと思った。道具が同じでも出来るジャンルが全然違う不思議!!
  アンケート感想に色々書きつくしてしまったので、ここで再度書くというのも難しいんですが、あえてここで書くならば、「これこそが芸術なんだ!!!」って感想を受けました。藤城氏の影絵には、本当に自分は何をやっても越えられないな、ってものを感じます。例えばルネサンス期の絵なら、時間はかかるけど、なんかン枚位は自分的に近いと思えるのを描けそうな気がするじゃないですか。藤城氏の影絵を見てると、色々な意味で自分はまだまだだと思える。そう思える作家って漫画やアニメやゲームにも殆どいないんだけど、素直にそう思えるのが藤城氏の影絵だと思います。
  展示作品は例によって写真撮影OKでした。多分影絵横丁展に本物が展示されてた作品もレプリカ展示されていたんですが。1Fでも色々売られてた。期間中は、結構お客さんも来ていたそうで本当に良かったです。ていうかサイン会も盛況だったそうで本当に良かった。ご自愛下さい・・・!(2013_6/13)


◎ TVKの「トラップ一家物語」が最終回でした。ストーリー的にみんなあらすじは知っている話とは言え、本放送時は日曜夜だと野球中継で結構回数が削られたりでなかなか当時は見づらかったのでまとめて見れて本当に良かったです。
  ていうかドレミの歌を本編でもっと流して欲しいってのはあったけど。みんな知ってるドレミの歌ってやっぱり映画の「サウンドオブミュージック」から日本でも浸透した・・・というかあの映画の歌なわけで(映画版初めて見たのは僕が子供の頃でテレビ放送のたびに見てた気がする。最初の放送は日曜洋画劇場で完全版ノーカット?その後の放送分に比べてとても長く感じました。)
  でもそれ以外にもいい歌が一杯かかってたので、結構後半はミュージカルではないんだけどそれに近いアニメになってたと思います。毎回毎回マリアがトラップ家の子供達に近づいていく姿が幸せ感あって良かった。結構はらはらもしたけど(ナチスだけじゃなく、イボンヌ姫との関係が結構はらはらしたw)。全体的には楽しいアニメだったです。
  ところどころに映画版へのオマージュも入ってたり。例えばマリアが頭に手を当てる癖って、あれは映画版のジュリーアンドリュースの演技から来てる。それにしても7人の子供たちになれきった後なので放送終わっちゃったのが辛い。コーラスきれいな声だったねー。CD欲しいや。エピソードがいちいち名作アニメにふさわしい感じで。
  ていうか、wikiによると映画よりは史実に沿った作りの話だったみたいで、なんか見てて結構リアリティーありました。ナチス侵攻から、社会が変わっていく所の怖さってのは、全体から見ると数話位なんだけど、子供番組としてはこれで充分だと思う。
  確か、このトラップ家の物語をアニメにするのは名作アニメのスタッフが何度かしようとして頓挫していたはずで、それがどういう理由かは解らないんだけど、子供向きのアニメで描けるのはこの位、という事もあると思う。長女の恋人については描かれなかったよね。ヨーロッパ全域を回る音楽活動をしてた事なども・・・多分話数が50話くらいあれば描けたんだろうけど、野球中継の都合で全40話だったので・・・。配分コントロールが難しかったんじゃないだろうか。
  でも、子供向けのアニメだから、一番大事な事が語れるということもある。例えば、映画のwikiやアニメ版のwikiに書かれているように、本当のハンスはナチス党員ではあってもアニメのような実情よりは多少軟化していたのかもしれないし、史実と相違点が多いとも書かれている(ていうかwikiには情報操作編集があるので色々注意しなくてはならないんだが。基本的にはマリア・フォン・トラップのwikiが一番まともと思う。映画wikiに音楽を教えたのはヴァスナー神父と書かれてるが、本式に教えたのか、それまで歌えもしなかったのか、では印象が違うので、この辺は原典読むしか多分ないと思う。ていうかホントに起こった事を知るには、原典読むしかないじゃん?本当に。)
  でも、本当はそういう脚色とかの部分を抜きにしてヴァスナー神父も入れた視点から話を作ってもこのアニメは成立したと思うし(今ならそういう作り方も出来ると思うけど)。
  例えば、ゲオルクだって本当は映画ほどは厳しくなくて温厚な人物だった(アニメ風に)。しかし潜水艦艦長という軍人で商船沈没させている。更にオーストリアはスラヴ民族(ミュシャ展がこないだあったけど)も弾圧していた。しかしスラヴ民族のために生きた画家ミュシャも、ナチスは拷問にかけてミュシャの冤罪は晴れたけれど体調崩して死んでしまった・・・とか、色々あるじゃん。あの地域では。亡命した芸術家やまほどいるよ。
  けれど、要は名作アニメではこう描かなくてはならない、というか、「大事な事を子供たちにも解るように表現する」というのが名作アニメの根幹だと思う。たとえば今回のトラップ一家物語では、ユダヤ人が死ぬ姿は描かれないけれど、トラップ家のお医者さんだったボルトマン先生はユダヤ人だったために連行されてしまった。ユダヤ人が連行されるというのはつまりはガス室送りとか死を意味するけれど、その事をゲオルクがなんでマリアに言わなかったのか、とか、色々ある(当時はそこまで酷くなかった?言うと体調を崩すから?等)。あるけれど、そこを家庭で話しあうのは・・・当然じゃん?でも話してディテールが史実と違うからって、「結論」がゆらぐわけじゃないんだよ。
  オタクが言う、戦争史から見たディテールは、このアニメではディテールじゃない。生活とドラマと彼らの祖国のディテールが、このアニメのディテール。
  1話からこれだけ一生懸命人間関係をつみあげて、ずっと一生懸命やってきた事が経済破綻やナチスという思想暴力によって、悲劇に陥っても、それでも生きていく、って事が大事なテーマなわけだしね。ラスト、ヴァスナー神父が「死んだ人を愚弄するのですか」とナチス軍人たちに言うのは本当に重いテーマだ。ヴァスナー神父はトラップ家を’亡命する家族、オーストリアに殉死し、信仰のために殉死した、そしてオーストリアでは死んだ家族’として見ていて、また、死んだ人々を愚弄するのがナチス思想である、という彼らの根底を見ている。)
  そしてトラップ一家は亡命したけれど、実はトラップ家のような思いをしている家族は当時の被占領国にも無数にいて、トラップ家はその代表なのだということ。祖国の他の無数の家族たちと同じだったんだという事。それが船上の歌から伝われば、ってことだと思う。
  つまり人間として人の心を大切にしようとするキャラクターたちの心情が正しく伝わるなら、大事なことが伝わるなら、ってアニメなんだよね。他の小説の名作アニメ化作品と何にも変わらない。そういう意味では大事なことをきちんと表現した、素敵なアニメだったと思います。(2013_6/23)

  P.S. ていうか僕のロボアニメ企画ネタの「000」の主人公、霊欧礼、の名前も、サウンドオブミュージックの山羊飼いの歌の「レイオー、レイオー、レ・イ・オー♪」から来てる位だし、高校の卒業文集でも好きな映画としてサウンドオブミュージックをあげてる位だったりした。そのスタンスからするとマリアら家族に映画ヒットの印税とかが殆ど行ってないってwiki記載は、結構ショック。



◎ TVK、月〜木朝8:00の「トラップ一家物語」、あと5回で最終回です。
ナチス侵攻からマリア達家族のオーストリア脱出まで。怖いし切ないしハラハラする、勇気ある実話。
「サウンドオブミュージック」は小学校低学年時、夜11時より後まで起きて見る事を許された、
数少ない映画で、以降自分の好きな映画で常に5本指に入ります。(6/6)

◎ なんていうか、創作人形や彫刻、絵画など美術系志望の人にも他人事ではないだろうと思う、
例の法律の改正法案が提出されたみたいなので、その件について色々書いてみました。
あの法案はアニメコミック系側の理由からのみ反対するべきではなく、
美術製作上の資料保護という観点や時代を記録する写真というジャンルの保護観点から、より論じるべきだと思います。
僕の文はTOPページから参照です。お人形だけ大好き!って人はスルーでも問題ないけど。
世界的に考えると、着せ替え人形バービーの最近の素体の下着モールドペイント問題、位は関係ある?ない?(2013_6/1)

◎ 国立西洋美術館の ラファエロ展に行って来ました。前から行きたかった展覧会なんですが、結局こんな時期になってしまった。
  ラファエロ・サンツィオは1483年〜1520年のルネサンス期を代表する画家です。当時の画家として写実主義でありながら、とても優しく美しい聖母子像や肖像画などで有名な画家でした。西洋絵画が好きな人ならばみんな憧れるというか、人によっては焦がれる画家とも言えるわけですが、実はラファエロメインの展覧会は日本では初って事らしく、話題にもなってました。
  500年前の絵画とは思えない程に、美しかったです。今回展覧会のメインモチーフというか注目作はポスターにもなっている「大公の聖母」で、本当に色彩も筆致も繊細で美しく文面にもなってる通り「優美」そのものだったわけですが、「大公の聖母」だけではなく、どの作品もそうでした。エル・グレコ展の時もそう思いましたが、油絵具の塗装面がとてもフラットで綺麗です。描く対象を美しく描こうという誠意が伝わってくるよね。荒々しい絵の良さも確かにあるけれども。
  ラファエロは宮廷画家の父親の家に生まれた画家なので、子供の頃から当時の芸術家との親交は深かったけれど、両親ともに彼が若い頃亡くなっているようで、その孤独感は肖像画からもなんとなく伝わってくるけれど。それ故の自由さも感じられるわけだけど、つまり子供の頃から絵画の子、芸術の子として生きるしかなかったんだろうなと絵を見ていて思いました。こういうのは切ないような・・・自由をうらやましいと思う人もいるのかもしれませんが。
  当時は先達だったダビンチやミケランジェロとも交流があったらしく、実際そういう雰囲気の画稿やスケッチも展示されていたけれど、黒い石とか赤い石とか、そんな感じのモノで描いているんですね。子供の頃僕らがアスファルトに描いていたような「描ける石」ってあるじゃないですか?あんな感じで。でも繊細で綺麗。「太公の聖母」の小さい構想スケッチも飾られてたんですが、線画が漫画のイラストのようで、でもやっぱり人体解剖学的なルネサンスの画風で、しかも筆致が豊穣。なんかそういう所に感動しました。もちろん肖像画や聖人画も素晴らしいんですが・・・ほら自分はキリストの絵はそんな嫌いじゃないけど、十字架がらみの絵だけは苦手なので・・・。
  他に僕がいいなと思った絵は「天使」の絵や「聖ゲオルギウスと竜」などの絵ですね。後で入れられたら感想書きます。いずれにしても原画は印刷よりも本当に色彩豊かで繊細でふくらみがあって魅力的です。ゲオルギウスと竜なんて、ラファエロのイメージとはちょっと離れてて、珍しい絵だよね。でも後のヨーロッパのファンタジーイメージとしては反復イメージになっていそうな絵です。
  「大公の聖母」は、最初見ると、自分の中の心を見透かすようなちょっと厳しい印象があるんですが、近くで見ると、やっぱり優しさあふれる絵だと思います。それにしてもこんな芯の芯まで優しそうなルネサンス期の絵は少ないのかもしれない。優しさってのは孤独ゆえに生まれるものかもしれない。早くに両親を失った事をプラスに転じる事を彼と周囲が望んだから、そういう絵が描けたんだろうと思う。逆に「両親が生きていたらラファエロの絵はこうなっていなかっただろうから云々」ってのは他人が考えてはいけない事だろうと思う。両親は誰だって、生きている方がいいに決まっているから。
  彼はウルビーノ系の画家なんですが、「ウルビーノのヴィーナス」って絵画も以前来日してたけれど、なんかそういう一貫した優しい雰囲気ありますね。あの地方の代表画家って事になるんでしょうか、やっぱり。土地や風土に根ざした優しさってあるのかと思った。芸術が認められた時代だから、より優しくなれるのだろうか。
  それにしても38歳は若すぎる。やっぱり青春そのものを体現したような画家なんだろうか。38歳で工房持って後進まで指導って、やっぱりすごい事だよな。アニメ界でもそういう事をしている人はやっぱりすごいんだろうなとは思うよ(若くしてそこまで行くような人は性格的に難あるのも事実だが、仕事が出来るってのは評価はすべきだとは僕も思う)。しかもラファエロの場合性格本当によさそうだしなぁ・・・。
  でもやっぱり、年齢を重ねるにつれてダイナミックや大作的構想のものも作れるようになるのなら、やっぱりラファエロがもう少し生きてどういう絵画などを描いたのか、にも興味があるような気もします。ラファエロの絵の先の道のりを弟子たちが描いている、って気もしたんですが。弟子の版画とか油絵とか良かったですよ?弟子は弟子なりの自己性と芸術精神にあふれてるって感じだった。
  父親や師匠や弟子の作品(後年はラファエロは建築物の美術監督的の仕事に忙殺されたので、彼のアイデアを元に彼の工房の弟子が多くの版画や絵画や、没後は絵皿などを作った)も展示されていました。そちらの絵にも魅力的なものが多かったです。
  一応図録買ったんですが、今回面白かったのは、ミニ図録という絵本みたいなサイズの品があって、それが結構好評みたいです。セットだとちょっとお得!あと絵葉ガキも1枚100円と安かったり、クリアファイルなども「大公の聖母セット」(クリアファイル大小・ハガキ・A4ポスターのセットで1000円。)など、色々あります。今回はちょっと母さんも喜んでくれるだろうか。
  前のエルグレコ展で、聖母マリアの絵柄のメモ帳を買ったんだけど、自分は結構好きなんだけど母親的には足元にぽこぽこ出ている天使の顔が・・・って却下されてしまったんだよ;。なんかウチの母はモナリザとか十字架のキリストの絵が子供の頃から本当に怖いらしい。僕は解る気がするんだけど・・・。つまり宗教画っぽさや中世っぽさが怖いんだろうか・・・
  とにもかくにもいい展覧会でした。感想追加は随時。
  それにしても混んでました!平日朝一で並んだので大した事なかったけど、やっぱり暫く経つと入場規制になってたみたいです。 (2013_6/1)


◎ 今年も四谷シモン氏の創作人形学校「エコール・ド・シモン展」を見に行って来ました。(展覧会は既に終了しています)
  紀伊國屋ギャラリーが昨年で閉鎖してしまったので、今年はどこで開催するのかなと思っていたら六本木でした。六本木はミュシャ展行ったばかりだったんだけど、方向が違うのでちょっと迷ってしまって、東京タワーに向かってしまった。久々だと土地勘無くなる・・・
  で、展覧会場はROPPNGI STRIPE'S SPACEという所だったんですが、紀伊國屋ギャラリーよりスペース面積が広いらしく、1Fと地下1F(地下1Fと地下2F?)を使っての展示になってました。やっぱり人形を作るにも各教室で傾向があるもんなんだなぁと思いましたが・・・今回も写真撮影はフリーだったので、全部写真撮りました、ハイ(笑)。
  四谷シモン氏自身は元々俳優の方で人形制作も同時にしていた・・・という事はこのページ読んでるような人ならみんな知ってると思うんですが、ここ3年見に行ってても作風が結構安定していて、なんか円熟って感じ。でも初々しくて若々しい表現の所、鮮烈な所で円熟している印象を今年も受けました。前回と前々回は本当に少女、少年、だったんだけど、今回は少女と大人の女性の中間みたいな人形で、ネットの写真で見た印象より、実物は小さくてかわいかったのにびっくり。ウエストの金色のリボンもゴージャスでした。今回はちょっと、昔の洋画の女優っぽい人形?って感じでした。形容難しいが。
  来てる人たちもいかにも創作人形してらっしゃいそうな女性たちや、ゴスの男性やロリータ服の女性など、なんか色んな方がいたなぁと思います。
  他の参加人形製作者の方々ともお話できたのは良かったです。伝統的日本人形風の子を作っている方や、日曜美術館にも出た事のある講師や評論家もしている作家の方・・・勉強になりました。ありがとうございました。
  ていうかエコールドシモンの作家の方々は、毎年の展覧会のたびに最低1体ずつは人形を作っている計算になるので、本当、全体で円熟的印象が増してますが、今のCGやアニメブームとシンクロするような人形を作ってる人もいたりして、その種の変化も含めて毎年楽しみです。この教室の方々の場合は、粘土だけじゃなく木や紙(張子)も使うんだよね。先生が張子メインだったからかもしれないけど。他には樹脂使ってる方もいるし。あとは着衣率がとても高かった。衣装作るところまで頑張るのは大変だろうなぁ。これは多分紀伊國屋は書店内ギャラリー、今回の場合は通りから地階の展覧会場が見えてしまうので、よほど自信がないと裸体のままに出来ないってのがあるのだろうか・・・とも思ったんだけど、シモン先生のお人形自体が上半身ヌードなので、それはないか・・・。でも着物なりドレスを着ている状態が人形だ、という考え方が世間では普通なのかもね。自分は本体できない限り衣装に着手できない心境だけど・・・
  当日撮ったシモン先生の写真を、いつもお世話になってる某アンティークショップのおじさんに見せたら、昔シモン先生が現役ばりばりの時によく赤テントに見に行ってたそうな。世界狭いなぁ。ウチの近所にもシモン先生と同じ宗教の方が昔から住んでたりするし。他にもすごく婉曲に縁があるみたいなんですが。(←シモン先生と書くのは媚びとかじゃなく、本当にエコールドシモンは学校だから。)
  今年は新刊などは出ていなかったんですが、前に買いそびれた絵葉書をまとめて買ったりしました。あとは前回と前々回に撮影させてもらった写真のデータをSDカードに入れてまとめて送ったりお菓子の差し入れ(笑)。いや、それくらいさせてもらいたいなぁ、と思うような展覧会だったりはします。今回の写真もいい写真一杯撮れたよ。満足。
  展覧会場を出て、街中や東京タワーの写真撮って、当日は帰宅しました。(2013_6/2 ですが、時系列の都合でここにUP。)


◎ レオナルド・ダ・ビンチ展が上野の東京都美術館で開催されてます。自分も今回は行っておこうと思う。
  ていうかウチの草稿とかラフとかもなんていうかアトランティコ手稿化してますが。色んな意味で;
  (クロッキー帳が切れるとスクラップブックに描いたりして、紙色が茶ばんでるのでコピー効かんだろ状態。困;)
  ていうか先日ラファエロ展に行った時には結構中学か高校の生徒たちが行ってたようだし、
  すいてる日を探すのが意外と難しいかもしれない。

◎ ミュシャ展、なんとか行ってきたけれど。ミュシャ展覧会は、以前2004年に同じ日本テレビ系が開催した展覧会があったので、今回は行くかどうしようか迷ったんだけど。行った人は良かった良かった。
  ていうか、作品は不変なんだけど何かと会場限定グッズとかは進化しているわけで、その辺にびっくりする。次はいつ巡ってくるのだろうか。
  ていうか、行った当日は、外出中になんか色々と欝になる事が多くて心が折れそうだった。出かけていきなり人身事故の現場検証・・・で騒然となってた所から都内めぐり始まった感じで・・・。がんばらなきゃいけないのかもしれないけど、ちょっと今後の人生に影響でそうな位、辛く悲しい日でした。ミュシャ展の存在ですら、浮き上がれない位、虚無主義に陥ったよ。で、いまだ抜け出せない。
  ていうか元々虚無主義で、抜け出せないという事実を、再確認しただけか。僕は他の人と違うので・・・僕の力でどうにもならないものは、どうせ誰があがいてもどうにもならない。だからこの心の問題を誰にも頼る気などないが。
  他の点では色々助けてくれる知人さんはいるんだけど、根本的な悲しさというものがどうにもならないんだと思う。人間関係ではどうにもならないレベルの。
  でも、助けてくれる知人さんの気持ちや、両親の事を思うと、たとえヒマつぶしだろうが何だろうが、生き続けようとは明確に思う。  (2013_5/20)

  P.S. ていうか僕がヒマつぶし発言をしたからってキレてる馬鹿連中がいるみたいだけど、僕から見ると大方のコミックなりアニメなり特撮なりゲーム作品も、ヒマつぶしで作られてるようにしか見えないよ。それらの作品を見て人間達の生き方っていい方に変わるのだろうか?って。「影響性はない」などと豪語している作品もあるし、なんていうか主張の無い作品や主張にリアリティーのない作品って、むしろヒマつぶしにすら劣る。だから言われたくない。 (21追:)
  P.S.2 ふわっとした作品だからってヒマつぶしではない、とは思う。


◎ TOPページが結構・・・な内容になっていますが・・・
僕の家族や親族には別に戦後そういう仕事をしていた女性はいないんだけど、
なんか自分の母親が上京してきた小学生の頃、隣に住んでいた女性が、
進駐軍の男性と付き合っていて、本当に優しい女性だったそうです。
今母が考えると色々近所が噂していたようだけど、いたって本人は明るくて進歩的な女性で、
それで当時生まれてこの方着物しか来た事のない僕の母に、洋服をはじめて作ってくれたそうです。
つまり僕の母が生まれて初めて着た洋服は、進駐軍の彼女さんが作ったものだったわけです。
そのワンピースの写真はいまでもウチのどこかにあるそうですが。
自分が今のTOP更新をしているのは、それを聞いてきた気持ち故の事です。ご理解されたし(_ _) (5/18)
P.S. なんだかんだ言って僕は、戦後アメリカ人などの外人と付き合ってた女性は進歩的で凄いなぁと思います。


◎ 今日は母の日。初代リカママの誕生日です!!
自分的にはプレゼント選び含めて超楽しかったです。みんなの母の日はいかがでしたか?(2013_5/12)
(※ まぁ年齢的にいかがでしたかと言われても・・・って方はいるだろうけど、
そういう方に向けての文も以前の母の日に書いてきたつもりだし、
こちらは素直に書いているだけなので・・・はい;)


◎ 藤城清治氏の銀座での展覧会がヤマハと教文館で同時開催中です!!(6月上旬まで)
銀座教文館のウェンライトホールでの展覧会「藤城清治影絵横丁店」の他、
ヤマハ銀座スタジオでは「光のシンフォニー展」を開催中です。是非是非!♪
氏のプロデュースによる、那須高原藤城清冶美術館が、4/26に開館だったのですが、
藤城先生がご病気で手術後。HPによれば現在復調中。ご無理なさらず快癒される事を希望します。本当に。

◎ 藤城清治氏プロデュースによる、那須高原藤城清冶美術館が、明日4/26に開館なのですが、
  藤城先生がご病気で手術後になってしまったので、開館イベントには出席できないそうです・・・
  HPによれば現在復調中。ご無理なさらず快癒される事を希望します。本当に。
  銀座教文館のウェンライトホールでの展覧会「藤城清治影絵横丁店」は開催中みたいです。
  一連のサイン会もご復調を見て、という事になるんだと思いますが、展覧会は是非是非 (4/25)

◎ テレビ東京で月〜金まで、朝8:00から「奥さまは魔女」を放送してるんですが、
ダーリンとサマンサにやっと赤ちゃん・タバサ誕生!ここまで来るのが本当長かった(笑;)
なんていうか自分のウチでは夕方に母親と録画見て、二人で大笑いしてるって感じです。(健康的!)
(しかしニ●ル子さんW1話が奥さまは魔女再放送ネタからいきなり始まるとは思わなかった(意味不明&爆笑)
それって関東でしか通用しないネタじゃないのか?どうなんだw)
「あまちゃん」も(この先行けば震災描くドラマに確実になりますが)お勧めです。

◎ 中野ブロードウェイpixiv Zingaro高田明美さんの「クリィミーマミ」30周年記念原画展」行って来ました!!
  (会場画像) なんか会場内に1歩入っただけでそれまでの事を忘れちゃうっていうか(^^)
  高田マミワールド全開っていうか、80年代の明るさ全開の、すごくいい展覧会でした!(既に終了)
  それにしても高田さんの絵は水彩やパステルなど基調というか、色の明暗の振幅などはあまりない筈なのに
  すごくポップでかわいくて、目に優しくて鮮やかで見てて幸せになれるしすごかったです。
  でも近年のイラストも綺麗。マチエールが凝ってたり、天使の羽が銀色で塗られてたり(-人-)
  ていうかその直後同じ多摩美大出の某作家さんの展覧会はしごだったんだけど(明暗では両極端!)・・・どっちも良かった!!
  版画もあったけど、白黒直筆鉛筆画のイラストが一枚10万円弱なのにほぼ売約状態!(笑;)
  自分はクリアファイルや葉書やミニゴムコンパクト購入・・・ミニ版画セットを買わずに帰って来てしまい後から後悔;
  サイン会の整理券は初日にほぼ完パケしてしまったらしく自分は行けなかったんだけど、
  ファンの方々、こういう会話してたんですよーなどと聞いて、ふむふむ成る程、と楽しい気分になりました。◎(2013_4/24)

◎ 高田明美さんの「クリィミーマミ」30周年記念原画展」開催中みたいです!!
  期間は4/11〜4/23まで!!中野ブロードウェイ2Fのpixiv Zingaroです。
  マミものは・・・ウィッグない優人形とプライズフィギュア位しか持ってないなぁ・・・しょぼ〜ん;(頑張りたい!4/18)


◎ ラファエロ展が3/2から6/2まで、上野の国立西洋美術館で開催中です!!
先日東京都美術館のエル・グレコ展(画像)に行った時には既に開催してたんですが、
当日はエル・グレコに集中するしかないと思ったんで、仕方なく諦めた・・・;
こちらも名画ばっかり揃ってるみたいなので、オススメかもしれません。なかなか見れないよ・・・(4/16)


◎ 今後もドールページについては自分の思う通りに更新して行こうと思いますが・・・。
  ていうか、通常日記ページがFSS話題になってるんで簡単にずっと思っている所を。・・・以前トイズプレス社2000年刊のデザイン集「ナイトフラグス」に、FSS原作者である永野氏が、タカラがリカちゃんなどの子供向けドールと大人向けドールを同じ棚に並べている事について・・・「少女玩具をしっかりとしたポジションで作っていたタカラは、今や大人向けの人形を売っています。フィギュアだのドールだのと方便を言ってみても、結局は「大人のオモチャ」を少女向け玩具と同じテリトリーで販売している。これに正直言って激怒しているわけです。」「ファティマ?もちろん絶対にそんなもの買わせません。MHはOKですが、ファティマは最初から「ダッチワイフ」と言い切っているじゃありませんか。ファティマにこの言葉を使ったのは絶対に逃げ道がないようにしておきたかったからです。自分にとって」(以上同書「レッドミラージュ・そしてオモチャ業界の事」より引用)という文面があって。
  この永野氏の文章を読んで自分が思ってる事がいくつかあって・・・一つは、この大人向けのドールって何を指すんだろう?って事。タカラがギャルゲーとかコミック関連の美少女キャラヒロインキャラをジェニー素体使ってドール化していたのは事実なんだけど、それの事かなとか・・・僕もあれはあんまり良くないなと思ってたが、別に同じ棚には置かれてなかったと思うしなぁ(ザラスやホビー店量販店を除く)。それが一つ。
  もう一つは当時から売り出されたフォトジェニック(PG)ジェニー素体の事を言っているのかな、と。あれはいわゆる樹脂製のシームレス素体で首以外全部継ぎ目がない、生身を意識した素体シリーズで、写真を撮る時に人形っぽさを意識せずノンストレスで写真を撮ったり飾れるので当時人気があったんだけど(今は作られていない)。・・・それの事かな、と。・・・でも自分的にはあれは人形の正当な進化だと思うんだよね。別にバストトップがあるでなし、あれには僕は全然問題性を感じない。むしろあれがドールのメインストリームにならなかった事が自分は変だなぁと思っているくらいで。あとはカレンダーガールとかエクセリーナシリーズとか?でも文面がそういう主旨じゃないと思うしなぁ。
  別のページにも書いたけど、僕はドールを作る技術を上げるのは創作人形は当然で、企業の商業用ドールも同じだと思っているので・・・。だから正直、いくら精巧に作られてる人形があるとしても、あくまでも少女や女性向けの精神を大事に作られたものであるなら、それは別に受容する気持ちを育てて構わないと思うんだよね。
  逆の流れとして、パンツまでペイント塗りデコボコモールドパンツにしてしまってるバービーなんかもあるわけだけど、あれはドールとして醜いじゃん、やっぱり(ごめん。醜いというか、違和感。顔はしっかり綺麗で美人に作られてると思うが・・・だってビキニ水着をそのままじゃ着せられないって事は、その場合もう一個買ってね♪って事じゃないですか)。イスラム圏用に作られてるバービーなんてどんだけヒドイ事になってるか・・・服脱がせられないんですよ、着せ替え人形なのに・・・メディコムの1/6ウルトラマンかよ・・・
  つまりそういう「人形への表現規制」をかけること自体が、その土地土地の宗教ドグマや社会慣習ドグマにおもねる(=同意する、流れに棹差す)行為にしか過ぎないので。それは未来の子供に対して やってはならない事をやってる わけなんだよね。
  ・・・別にデコボコモールドパンツでもいいですよ。でも「それが販路拡大する為のウチ(企業)の趣味で主義です」と言い切るべきだ、って事。「それこそが人形だなんて思うな言うな」って事だよね。

  で、他にも突っ込み所はあるけれど、(ここからはFSS読者しかわからない文になりますが・・・)
  例えば、MH(FSSのロボット)はOKですが、って文言・・・僕はナイトフラグスの「レッド・ミラージュ」項の解説文や今回のGTMツァラトラの解説文を読む限りでは、それこそ子供にその2体のロボを買わそうとは絶対に思えないよね。それこそ大人向け(もしくはPG13以上)だと思う。大量殺戮をやる、という設定だけ明記されていてその善悪性ややむをえない過程がまだドラマで明示されていないロボ玩具は、僕は子供には勧められない。青少年以上なら色々考えるから大丈夫だとは思うが。子供に勧めたいならお話進行させてくれと。ていうかFSSは絶対青少年以上向け作品だよな、と。映画のGTMは小学生以下が見ても構わないと思うが。
  (※いや、NT&リブート版が子供でも読めるGTMで、コミック単行本が青少年以上向けのFSSという出版カテゴライズは可能っちゃぁ可能だろうけど。ここまで来ると。)
  他に僕が子供に絶対買わせたくないロボとしては、エヴァ系があるが・・・あれも十人並みの主人公達が大人の手の上でギャンギャン言いながら戦わされるだけの作品なので、僕はエヴァの関連商品は一切子供には勧められない。なんだかんだ言ってエヴァは所詮軍国主義で少年兵作る過程を描いた作品と変わらないんだよね。大人の言う通りに戦って他の生命を殺せるようになる事が進歩で成長なの?って。本当下劣作品だね。エヴァそのものが子供の精神を汚染する作品だと思う。子供の頃からエヴァなんか見てたらイデオロギー汚染で頭悪くなるよ?本当に。(僕はエヴァ嫌いのスタンスを今後も一切変えないので念の為。)
  僕は少女向けの人形の女の子が、ちゃんと少女向けならバストトップがあろうが昔のユッコちゃんみたいな下半身造型だろうが全然構わないと思いますが(下半身表現を入れる入れないなんてのは要は企業の 趣味問題 でしかないから)、ロボット玩具で人が人を殺す作品を作ってる側が作品内容を意識してないのは、ガンダムを含めて駄目だと思います。なんていうかSEEDで最初の頃の民間人避難シャトルを子供たちともども殺したイザーク生かしてる時点でありゃ駄目だと思ってるし。SEED自体は好きなんだけど、人気があるからって後悔もしないキャラ生かしてると問題あるよなぁetc(そこは00でちょっとましになり、AGEでは完全に意識されてた)。まぁ作り手が平衡感覚忘れちゃいけないって事。(深夜アニメは深夜アニメなりの平衡感覚でいいんだけど。)
(2013_4/15)


◎ 『藤城清治・光の祈り版画展』が、福島県うすい百貨店で本日(3/2)から開催!!
  NHKでも報道されましたが、小人の影絵で有名な藤城清治氏が、
  東日本大震災の被災地を影絵化されています。奇跡の一本松の影絵とか、凄いです。
  それにちなんだ版画展。なんと藤城氏のサイン会が、3月3日(明日・ひなまつり)と
  3月10日に同会場で開催されます!!福島県の方々も貴重な機会だと思うので行った方が◎!!!
  88歳でも本当に元気で創作力が全く衰えない!凄いです。是非是非!♪
  (※ ていうかリカちゃんページで何故?と思うかな?
  実は、藤城氏もリカちゃんもどっちもホリプロ所属なのです。豆知識だ!!(2013_3/2)


◎ TVKテレビで「ジャングル大帝・進めレオ!」、月〜木曜・朝8:00から放送中!
なかなか放送しないので本当嬉しい。大人になったレオとライヤとその子供たちの物語です。
良く知られている子供時代の話よりジャングルや自然や野生の描写が雄大だったり先鋭だったり。冨田勲音楽も凄いです。
2/25の放送でレオとライヤに、ルネとルッキオという双子の子供が誕生!♪
いきなりレオが「私は厳しい父親になるのだ!」とテンション高くなって。子供にとっては大変だ(笑)
でも、ルネもルッキオも臆病なだけかと思ったら次の王になるのに必要な心を持っている描写があってとてもいい感じです。
全26話です。これでウチの録画シフトは、朝が「奥様は魔女」「進めレオ!」で、昼に「純と愛」という感じ(2/27)

◎ エル・グレコ展・東京、開催中です。これは行った方がいいんじゃない?って思う。(2013_2/27)


◎ 昨日は自分の絵の恩師の、初期ウルトラシリーズデザイナー=成田亨氏の命日だった。何度か書いているけれど、自分はやっぱり成田氏がウルトラ怪獣のデザイナーであるという事以上に、そのデザインを生み出した精神・・・というより信念と才能と技術とにひかれて勉強をしていたんだと思う。だから自分自身が怪獣デザインなどに走っていなくてもそういう学んだ事が自分の中に、全般に薄まって、時に発露し、時に自分の生き方の何かと交錯して、何かに向かう時に(作品に限らず) 地盤のようにあの勉強があったようにかすかに感じる時、幸せだと思います。
  最近なんか漆塗りについての番組をテレビで見ていてもの思う所が多く。うるし塗りと一緒だよなぁ、って。全部そうだなぁと。人形に胡粉塗っていくタイプの人でもそうだと思うけど。単純に「努力を積み重ねるって事だろうが!いままで解んなかったのかよ!!www」と笑う人々もいるだろうけど、そういう事ではなくて、粘土を盛ったら、削るには乾くまで待たなきゃならないじゃん。乾いたら削る。でも削りすぎる、そしたらまた盛る。盛るが乾くまで待たなきゃならない・・・。塗装でもそう。スプレーを吹く。でも次の2層目やグラデーションを入れるには乾燥待ちをしなくちゃならない。つまり自然に平らかになる時を待たなきゃならない時間ってあるわけで、それがないと進歩はない・・・っていうか。こんな事言ってるからとろいのか。
  ていうか、青森県立美術館の方で、常設展と特設展示「寺山修司 dialogue ケネス・アンガー」をしているみたいです。常設展では成田作品も展示されていますが、3/16からは大哺乳類展というのも開催されるみたい。
  あと、3/3までですが、『障害者文化芸術活動等特別啓発事業+アート体験促進事業 平成24年度成果展示』というのもしています。障碍者に向けて「バルタン賞」を作りたいと言っていた成田先生が知ったら喜びそうなワークショップなので、東北方面で興味のある方に、勝手ながら告知しておきます。 (2013_2/27)


◎ あと、東京MXでは金曜18:30から「ポールのミラクル大作戦」が始まりました(パックン♪)。
ニーナさらわれた状態でお話が続くのは結構ハードですが、中盤からはニーナ誘拐は一段落する筈なので
あんまり過剰にはらはらしないで見れる。楽しいアニメだと思います。あと「コナン」も再放送中。(2/6)

◎ 今年もよろしく!!(^▽^)今年はドール関連他、もちょっと更新したいです・・・
  1/2の朝7:00からMXテレビで、手塚治虫アニメ「海底超特急マリンエクスプレス」放送!!
  昨年9月にも放送したんだけど、79年の24時間テレビ愛は地球を救うの第2回で日曜午前放送されてたアニメです。
  カラー版アトム開始前にアニメで登場したアダム君や、ブラックジャックのテレビアニメ初手術シーンもあり、名作です!!
  24時間TVのアニメSPの中では、自分も1、2位くらい好きなのでオススメ!!必見!!
  今日1/1だと朝7:00海外名画「きみに読む物語」があります。とにかく泣ける名作です。(1/1)


◎ 先日きょうぶんかんハウスオブクリスマス、行ってきました。すごくいいグッズ一杯でした!!(画像
  藤城氏のX'mas関連影絵展示、絵物語やサンタさん小人系が多かったです。
  あとサンタ小人の立体が何個も展示されてた。幻モノだよ〜(◎◎);
グッズも本場感あるのが確かに一杯あって見てても楽しかったです。今年は藤城氏の展覧会が2回ある予定だそうですよ♪
  (※ ていうか藤城氏デザイン教会オープンももうすぐだよね。 1/1)
  ◎藤城清治氏の88歳(米寿)記念展覧会、「藤城清治 光と影88」展の感想、あとで書きます。
  想いがつのると書けなかったりするよね(^^;) 実は母とも行きました。(10/22)

◎ クリスマスイブって事で・・・色々テレビやラジオで特別プログラムあります。
  まずNHK−FMで、午後0:15から「今日は一日“歌う声優”三昧」が放送中。いい曲一杯です!!
  あと東京MXテレビで、初音ミクコンサート「ミクパ」関連台湾コンサートの再放送など。
  裏(表)で、全日本フィギュアスケートのエキシビション放送!これはフジテレビ、CX系列。
  あと深夜にTBS系で、アニメ映画「けいおん!」が初放送されます!!ついについにだよ。みんな見れるよー
  って事で、みなさん良きクリスマスを。四捨五入・・・嫌いだぁぁ(2012_12/24)


◎  リヒテンシュタイン美術館展行って来ました!!ものすごい展覧会でした。
まさに美術展覧会とはこういうものだという象徴そのもの。これだけの作品を日本に渡航させてくれた事に感謝。
ルーベンスの間もですが、ファン・ダイクやそれ以外の作家の作品に魅力にあふれたものが多く、
さらにバロックサロンの絢爛豪華さは想像以上でした。よくこんな再構成、再現をしたもんだと思った。すごい。
感想はあとで描きたいですが(他の感想も・・・;;)この展覧会は、後々まで語り草になると思います。
展覧会は東京は終了しましたが、高知、京都を巡回するそうです。いや、本当に凄いから、おすすめです。
図録やコミックや絵葉書やクリアファイルやら母さんへのプレゼント・・・あぁ大変!!(;▽;)(12/23)


◎ 「好きっていいなよ。」最終回!!とてもいいアニメでした。
  始まる前から楽しみだったけど、始まってみたらやっぱりハラハラする話だなぁと・・・
  ていうか、漫画原作から見てキャラがとか色々思うファンも多いかもしれないけど、
  原作のいい所は大事にされていたと思うし、リアルなんだけど若者肯定系ないいアニメだったです。
  原作の人はいわゆる若い頃からの同人作家さんだけど、結構今まで色々作品書いてきて
  特に雑誌で読者体験談の手紙の漫画化なども描いてた事もあった。すごく勉強してると思います。
  なんていうかこの原作者は若い子を否定しないよね。そりゃ若いって色々転げまわるもんかもしれないし。
  でも、どのキャラにも善良な所が配されてる。配するって、心配りなんだが、それが自然体なのがいい。
  そういう漫画を描けるってのは実力だ。某週刊コミックランキングで1位取ってたってのも実力だと思う。
  CW昭島の頃からのファンや同人読者は喜んでたろうなぁ。そんな原作者さんも作家活動も実生活も充実みたいで、良かったX2。
  いやー最終回も良かった×2。てか、毎回の次回予告も楽しかったなぁ。「つづく」・・・えぇっ?!(笑)。

  それにしても今期、深夜アニメの少女漫画系魅力作多かったです!!一応結構見てたぞ。いや、大爆笑作もあったけど・・・w (12/23扱いで)
  P.S. 本当の最終回も見た。青春してていーなーって感じ。2期も期待!!


◎ テレビ東京で月〜金まで、朝8:00から「奥さまは魔女」が始まりました。
  結構映像もキレイ!サマンサとダーリンとママやご近所さんたちの話が最初から!!楽しいです。
  ちなみにそれまでは子供の頃大好きだった「世界の料理ショー」をやってたんですが、
  (※ 自分がハーブだの香辛料などという言葉を覚えたのは3〜4歳頃だけど、多分この番組のせいだ)
  気づくのが遅れたためにあんまり録画できなかったよ(;;)。無念・・・
  MXかTVKでまた放送してくれないかなぁ、本当に楽しい番組なので・・・



◎ 府中市美術館のポール・デルヴォー 夢をめぐる旅 展に行って来ました!
  ポール・デルヴォーは、ベルギーのシュールレアリスム系の男性画家です。メインモチーフとして裸婦や神殿や機関車、そして骸骨を描く事で有名です。シュールレアリスムというと、例えばダリだとかキリコだとかマグリットだとか、そっち系で超現実主義系の絵画を描く人の事を言います。
  先日も書いた通り、自分がこの人の絵に興味を持ったのは地元図書館の画集からです。とても静かで静謐な絵で、しかも他のシュールレアリスムの作家さんと違って裸婦を愛情こめて描いているので好きになりました。男性画家の方ですが、女性ならではの女性性を大事にしているというか。点数は90点弱で、大作も小品も多い回顧展。それにしてもよくこんな大事な絵を貸してくれたなぁ、という(最後の油絵の「カリュプソー」等)・・・。特に見たかった絵もちゃんと来てくれてたので良かったです。
  回顧展なので、若い初期の頃の絵から、晩年の絵まで展示されているけれど、ものすごく解説が理解しやすかったです。
  (各作品については後日)
  例えばシュールレアリスムの人々は結構いるし、日本でもシュールな絵を描き彫刻を作る作家さんはいますが、意外とシュール系を好む人にはデルヴォーの女性像は平坦だとか、どれも同じ顔なので画一的だと言われたりする事が多いです。でも自分としてはそれだけじゃないだろうって気がしてたので、やっぱり見てみるしかないなって事で見に行ったわけですが・・・実際に絵を見てみると、平坦に見えても肌のあちこちはちゃんと筋肉の流れにそって塗られているし、マチエール的にも塗りの厚さも充分量感を持っていて名作だと判ります。
  デルヴォーの描く女性は確かにみんな似た感じに描かれていてディフォルメ性もありますが、それらはデルヴォー最愛の女性・タムの顔にそっくりらしいです。しかし若い頃彼女との結婚は両親に反対される。その後 デルヴォーは骸骨などをモチーフに絵を描いたりしますが(デルヴォーにとっての骸骨は生命のシンボルだそうな・・・自分はやっぱ怖いと思いますが)、時が流れて55歳になった時に彼女と再会して結婚します。そしてまた彼の絵は生命感を得て多くの作品をまた残します。
  しかしデルヴォーは晩年目を悪くして寡作になっていき(それでも素晴らしい作品を残していますが)、タムの死とともに、デルヴォーも二度と絵筆を取ることは無かったそうです。自分もそうだけど、みんながひかれるのはそういう所かもしれません。
  (ていうか別にひかれた理由のひとつとして「行列」という作品(今回も来てましたが)の背景が自分の地元の公園そっくりで(笑)それが想像しやすくとても印象強かったから、ってのもあります)
  後、デルヴォー作品には横たわった女性が描かれている事が多いんですが、その印象のモチーフになったのは、若い頃に見た見せ物的博物展覧会の「眠れるヴィーナス」という機械仕掛けで胸が上下する裸婦人形だったそうです。それにデルヴォーはインスピレーションを受けてそういう絵を描くようになったそうな。何か自分の作ってる人形を寝かした時の印象と似たような印象なのかなぁと思うと、結構判る気がするんですが・・・  子供の頃から鉄道も好きだったらしくて、つまりデルヴォーの絵というのは好きなものの組み合わせなわけですね。好きな物は細密に描くじゃないですか。そういう絵っていいなぁ、と。
  モデルにしていた人は他にもそれぞれに愛情も感じられ、けれどもそれぞれに愛情を持てる距離感を大事にしてたんじゃないかとも思える。ていうか自分はモデルのダニエルとかキャロルとかの絵が好きですね。線画のダニエルとか、動作線が描かれてるみたいで、なんか動きすら感じられます。絵を描く草稿やデッサンでモデルを描く時はちゃんとデルヴォーは写実的に書いていて、神殿や鉄道(例えば今回は来なかったけどポンペイの絵とかの)絵になるとまた抽象的に簡略化された女性像になる。その辺のスタイルが確立されていて。タブローとして完成してる絵とその背景にあるもっとモデルの命に近い絵の、その重層性が豊かだなぁと思うわけで。
  ・・・しかし晩年はまた絵柄が変革していきます。フレスコ画にも携わったり、もっと油絵のタッチも光がやわらかくなるし(ある意味初期に近づいてるというか)、女性像も他者に期待されるようないつものイメージから自由になっていった印象です。
  最後に描いたという油絵の「カリュプソー」、本当に素晴らしかったです。海の女神の絵なんですが、デルヴォーの理想の女性像そのものというか、おそらくそれはデルヴォーの近しい女性にそれを見ているんだろうけど、海の深さも含め何もかも輝いているようないい絵でした。
  デルヴォーが超現実主義作家として一線を画している所・・・つまりデルヴォーはやっぱり人形を描いているわけではなく、本当に生きている女性を本当に大事に描いている。理想の女性像と書いたけど、彼にとっての理想は、生きている女性の女性性であって、そこには非現実性など微塵も無いんだよね。夢の中で、生きている女性そのものを描いている。タブローで一見簡略化されて見える女性観が、実はどの女性にもあてはまるような。
  そこが多分凡百(巨匠もそうですが)のシュールレアリスム作家の作品との差だと思います。シュール系の多勢はやっぱり自己顕示欲や女性への征服欲が強い。けれどもデルヴォーにはそれがおそらくほとんどない。ベルギーという国ならではの心優しいシュールの展覧会という感じでした。
  会場を出るとデルヴォーが絵を描くのに使った大きな汽車の模型などが展示されていて親近感が沸きました。本当いい展覧会だったと思います。絵葉書やクリアファイルなども売っていました。図録の印刷がとても綺麗で、展示解説全部付いてたのが良かったです。行って良かったよ(^^);;;
  各地巡回するらしいので、興味のある方は是非!! (2012_11/28 とりあえず版)
  P.S. ていうか、自分は子供は欲しい奴なので、55歳で再会、結婚ってのは・・・自分的にはうーんって感じです。
   小学生〜20歳くらいまでで好きだった人と再会って事だと、やっぱり相手が40歳は越えそうだし。それを乗り越える位にお互い好きだったら解らないけれど。
   ・・・なんていうかこの年になると、愛憎の憎とかが若干でもある間柄だったら無理だろうと思う。
   結局恋愛って人それぞれ全然違うんだよね。人生って物語もそれぞれ。だからデルヴォーの生き方にひかれる人も多いんだろうなと思います。


◎ あと、篠山紀信展「写真力」も12/24まで開催中みたいです。
  自分が過去に行った篠山氏の展覧会で一番大きいのは「TOKYO未来世紀」だと思うんだが(でっかい写真集持ってる)
  今回、総集編的なので行ってみようかなと思ってます。いい所ばっかりの展覧会だと、見たいよね(笑; 10/23)


◎ テディベア -天空の森 展- 開催中みたいです♪♪
  11/18まで。あと一週間!とてもかわいい展覧会だと思うので、行きたいという方は是非!
  (会場は六本木森タワーの52階です。入場料は展望台入館料込みらしい)



◎ ポール・デルヴォーの展覧会、感想は例によって後で書くとして、静かに見れるいい展覧会でした。非常に大量に絵が来てるわけではないけど、マル。
※ 自分がこの作家さんの絵に興味を持ったのは、地元の図書館にあった画集からなんですが・・・
好きだって人は多いと思いますが、原画で初めて気づく事も多いかと思うので、残り会期短いですが、お勧めです。
 いや、駅からは多少歩くけども。多分女の人でも抵抗なく見れると思います。 (2012_11/9。11/11で開催終了、以後巡回だそうです。)


◎ 「オールドノリタケのなかの女性たち」展行って来ました!!
  またもかなり遅れてしまったわけですが、行って良かったです。見ごたえあった。本当に。
  ノリタケの陶器はウチにもティーセットが子供の頃からあって、子供の頃から自分は「陶器ってなんて綺麗なんだろー」と、ぼーっと眺めていることが多かった。オールドノリタケというのは僕のウチのような市販分じゃなくて、海外、主にアメリカに輸出されていた輸出陶器なんだけど。森村組という商業団体が輸出用に作らせていたらしい。
  で、それらが草創期から昭和16年(1941年)頃まで、デコレディーと呼ばれる女性の絵や像のあるものを中心としたコレクションで紹介されているわけですが、色が鮮やかでしかもどれも状態が良く、本当に綺麗で華麗で素敵なわけで。何度も母親と一緒に見に来ようと言ってたんですが、結局自分ひとりで行く羽目に;・・・本当母さんと一緒に来れば良かった。ていうか、このページなどで紹介しておいたのは正解だったと思います。色んな意味でドールファンとかにも見ごたえある展覧会だっただろうから。
  デコレディー=陶器の装飾の女性像なんだけど、基本的にオールドノリタケはアールヌーヴォーより後のアールデコの時代の方がその辺を使用している。まだ1800年代頃には所謂KPMのような陶板画のようなリアルな絵も描かれていたのが、後にイラスト風になっていった。だから’デコレディー’なんだろうか。なんていうか昔のモボとかモガのイラストのような髪型の女性が多い。ドレス的には・・・ほら、「銀座リカちゃん」のような帽子かぶってるドレスが多い(笑)。あとはピエロとか、影絵少女のデコもありました。それがまた繊細で美麗。
  配色がとてもいいんだけど、アメリカ輸出ものって事で、オレンジ・ブルー・グリーンを基調にした彩色がすごく多かったです(デザイナーの韮澤氏がアメリカ人はこの色を好むと言ってたけど、この時代からか?)。あと、金は必須。最初日本の陶磁器から進歩したものだからかなと思ったんだけど、赤や黄やピンクも使われていて、それ以外の色が使えないというわけではなく、純粋に海外の人の好みに依存した色決めのようだ。これらデコレディーの絵柄は海外のファッションイラスト集や、ロシアのエルテのイラスト(エルテ展には80年代に行った事ある)、また、カードゲームのブリッジゲームのイラストなどを、日本の職人に模写させていたらしい。また、芸術創作の庇護をしていたポンパドゥール婦人(パンのチェーン店の名前で有名)のポスターの模写シリーズもありました。
  当時は著作権が今のようにしっかりしていなかったのでそういうこともできたのは知っての通り。しかも同じ絵柄を描いているはずが別の職人で個性が全然違う顔になったり(笑)。
  ・・・で、陶器フィギュアの造型が同じなのに、彩色によって全く印象がめくるめくほど変わる、そのバリエーションの美しさ。(これは現代のドールやフィギュアのカラバリにも通じるわけだけど、その原点的なものを感じました。確かにこれは集めたくなる人が多くても仕方ない。しかも一点一点が高めのサイボーグ玩具以上の値段平気でするわけでしょ?うわー・・・(^^);;;;;)
 ・・・とにかく海外の良いものをものすごく貪欲に吸収して、日本の洋食器が世界に追いつこうとしているエネルギーがすごかった。描かれているイラストは模写だけど、陶器の製造技術は一流なわけじゃないですか。マイセンじゃないけれど、日本の陶器の技術もすごいぞ、っていう。そして女性にしても背景にしても、日本人が描いているから結局日本的美意識がどこかに出て洋画日本画の折衷みたいになるわけで。だから元のイラストがアメリカやロシアのエルテなどでも、やっぱり結果の陶器には日本人っぽさが出ている。
  立体物としては、最初の方に展示されていた、インディアン女性をモチーフとした陶器人形が一番大きく、しかも完全品の現物が出てくるのは殆どありえないほどのアイテムで、しかも魅力的でした。魅力はどの品もあるんですが、ちゃんと全身造型されている品なので、存在感が余計大きいんだと思います。
  デコレディーたちは、造型されている場合、基本的に上を向いているものが多いんだけど、なんか『女性に向けた女性の夢や憧れのイメージ』という感じでいいよね。なんていうか右肩上がり的な上昇思想っぽい?と思ったんだけど、学芸員さんによると、やっぱり下に置いた時に自身と目線があうからじゃないでしょうか、との事でした(笑)。
  今ではオールドノリタケという用語も普通にヤフオクなどで目にするけれど、まだ明確にそういうジャンルは確立されているかがあいまいらしい。今回の展覧会は全部コレクターの田端さんという方の私物だそうだ。凄すぎ(笑)。
  その繊細さだの色使いの美しさだのは実際所持している方々や展覧会に来た方々じゃなきゃ判らないかもしれない。言ってはなんだけど印刷物と実物じゃ全然違う。とにかく実物はどれも光沢があって発色がいい。ゴールドも綺麗。(まぁ印刷物が個性的女性像揃いで、陽性キャラが少ない&図録でもティーセットなどフルセット画像ははしょってるってのは・・・ある)
  で、そんなオールドノリタケのデコレディーたちも、世界恐慌とアメリカとの不仲から貿易が上手く行かなくなり、1941年、戦争できな臭くなった結果、結局釜の閉鎖を言い渡されてしまう。戦争って本当に酷い。優しいというか優美な女性の為の文化が、結局それで終わってしまった。作っていた方々も結構戦争で亡くなったそうだ。
  ・・・ていうか図録買いたかったんだけど、いつもの夢美の展覧会の図録の倍額(4200円)したので予算ふっとんで買いそびれてしまった・・・(;;)絵葉書は数枚買ったけれど。うーん、先日のポールデルヴォーの展覧会でお金使い過ぎたか;(使い過ぎたって事もないんだが)・・・しかも残りもうたった2冊だったよ!!今回の図録の売れ方凄い(笑)。
  ちなみに図録中の文章にはコレクターとしての心得とか、コレクター志す人達にとって、かなり深い文章もありました。
  「希少な品物は確立された評価がされていてもいなくても、自分ひとりのものではない」「品物を持っていられる期間は短い。だから墓にまで持っていくと言わずに時が来たらリリース(手放す)すべきだ」というコレクターの方の考え方は、興味深くもありました。自分は本当に大事にしてた玩具を(サイボーグ系ね)・・・墓には持ってかないけど、家族には持ってて欲しい。自分以上に誰かが大事にするとか現状ありえないと思うし。これだけ玩具コレクターとしてけなされてると、自分はリリースはしないな、うん。みんなに出してもいい、ってのだけリリースすればいいのじゃなかろうか。
  それにしてもいい展覧会でした。それにしても八王子夢美術館の展覧会って、自分の方向性を左右しそうな(しかねない)展覧会が多い。見てて勉強になったし、楽しかったです。 (2012_11/11)


◎  リヒテンシュタイン美術館展のCMや広告や、池田理代子さんのベルばら展でも告知されてたけど
とても良い美術展みたいなので期待期待♪。侯爵家が集めた美術コレクションなんですが、
ナチスによる美術芸術品簒奪や所謂「退廃芸術狩り」をいかにして彼ら公爵家が回避したかという事について
池田理代子さんが漫画を描いていて主要書店他、会場でも販売されてるみたいです。
随分芸術家も亡命したり死んだりしてるもんなぁ。ミュシャも尋問で身体壊して死んだし、
シャガールも亡命したし(レンピッカも事実上そうだしベルメールも当然逃げてるし)、
写真家ではヘルムートニュートンとか・・・迫害受けた芸術家ハンパじゃない。この展覧会に関係ないかもだが;
(まぁ僕はヒトラーの絵が下手とは思わないけど、美術趣味には自由も博愛も大事だと思うので。)
美術品はそれ以前のコレクションが多いので、それぞれ大事に鑑賞されればいいのだと思います。
ていうかCMの「ようこそ我が宮殿へ」ですが、絵の子、娘さんのはずなんだよね(^^);・・・いや一瞬男の子かと思うじゃん!(笑)(10/23)


◎劇団木馬座のケロヨンや小人の影絵でおなじみの、藤城清治氏の88歳(米寿)記念展覧会、
  「藤城清治 光と影88」展が10/21まで、銀座・教文館ビルで開催されてます!!
  (会場風景
  もうすぐ90歳の方なのに精力的過ぎる(^^)!サイン会(盛況!)が追加で10/20にあと1回あります。
  当日は大阪でPM1:30から、銀座でPM4:30からサイン会。ひ、飛行機・・・凄い時代(汗
  あと、会場は館内&全作品写真撮影OK、模写もOKになってます!海外風です。
  一時心を病みかけて家族で保養に行った際、帰りに影絵の森美術館に行った事があるので、今回も見てきました。
 (※僕の事をストーカー呼ばわりした某漫画家集団と秘書代行で同室だった偽木馬座とは無関係で、安心なイベントです)
  あと、会場は館内&全作品写真撮影OK、模写もOKになってます!海外風です。
  図録の他、4階の教文館の店舗にも、ロザリオつけたケロヨンやモグちゃんの人形がいて(非売)、
  色々グッズや画集など販売されてます。リカちゃんファンにもお勧めです。(9/25-10/15まで、まとめてログ)
  ※ 4Fの教文館の店舗では、藤城氏の作品のグッズなどが常時販売されてます。ファンの方是非!!

◎ ↑ に書いている偽劇団木馬座と、不当にストーカー呼ばわりされている事についてはこっち"を参照。(リンク直した)


◎ 銀座松屋8Fで開催されていた、 ベルサイユのばら原画展 行って来ました!! すごく良かったです。やっぱりまたも最終日だよwなんだかなぁ。
  ベルサイユのばらは結構若い頃(さすがに少女漫画連載当時は読んでない。開始当時幼稚園頃だと思うし)から好きな気がするしフィギュアも私物結構持ってるんだけど。原作とアニメはどちらも好きですが、どちらかというと原作派かな、最近の再放送も見てたけど。
  実感したのは、本当にベルばらって女の人達に愛されている作品なんだなぁって事。若い子が多いのかと思いきや、来ていた人は第一次アニメブームかそれより前頃の原作読んでましたって(僕より5つか10歳位年上の方)やその娘さんが多く、けれども子供や10代や20代の方々も多かった。で、みんな食い入るように原画見ていました。それが本当にじっくり見るものだからなかなか進まない(笑)。でもまぁ進まなくても当然か、っていう。
  入場した所には2011年クリスマスに丸の内で展示された「銀河の馬車」もオスカル、アントワネットの衣装とともに展示されてました。
  原画を見て色々思った事は、また後で書きますが、何よりもそのオスカルたちの表情を描く筆致に迷いが無い事!!それは漫画だから色々ホワイト使用も多いし下書きの時には色々考えるのかもしれないけれど、基本的に表情のペン線には全く迷いがない。ベルばらのような、各キャラクターの感情の機微が極めて複雑な物語で、その複雑な表情を描くペンに迷いが無いって、ものすごい事だと思った。物語はオスカルの誕生やマリー王妃のお輿入れから首飾り事件だの黒騎士事件→三部会→フランス革命と進行していくわけだけど、その中をまっすぐに生きるオスカルたち主人公の意思と同様に、ペン線にも迷いがなく見えるってのが・・・一番原画見て感動した所です。
  有名な話、実際には池田理代子先生はこの連載の間デッサン教室に通ったりしていたりもしていて実際絵もどんどん表現力が上昇していってるわけで、その、上昇するままにフィナーレまで持ち込んで完成した「ベルサイユのばら」はやっぱり奇跡だなぁと思います。
  宝塚コーナーではベルばらの過去のポスターや舞台衣装やプロップアイテムが各種展示。舞台衣装の辺りとか参考になった人も多かったんじゃなかろうか。舞台が再現されていて、それぞれの衣装がかなりゴージャスだったです(右は4Fの特設コーナー。)。ビデオも流れてたけど、男子から見ると宝塚版ベルばらは結構女性の怖さを見る想いもあるので若干怖い(笑)。
  アニメ版ベルばらのコーナーでは、姫野美智さんのイラストやオスカルの設定資料(鉛筆画!昔はみんな鉛筆で描いてた)、セル画や美術設定などに加えて、アニメ映像がランダムに流されてました。やっぱり素晴らしいと思いました。やっぱりアニメ版のアランやフェルゼンはアゴが大きいが。姫野さんのエンディングイラストは、本当に美しかった。すごい。
  ベルばらkidsのコーナーは、原画もとてもかわいくて大爆笑で。池田先生はベルばら以後、絵柄が結構変わっているんだけど、意外とディフォルメ絵のベルばらkidsでは連載当時のオスカル達と違和感を感じないんだよね。あと、kidsのコーナーの上には池田先生のインタビューがエンドレスで流れていたんだけれど、印象深い内容が一杯あり、来場の女性達が全然離れようとしませんでした。
  ていうか、昔の画集も結構持ってるんだけど、その画集に乗ってた池田先生はめっちゃスタイル良くて(笑)!・・・当時の先生のスタイルの良さがなければ、多分ベルばらって生まれ得なかった作品かもしれないな、とずっと自分は想っているんですが(描き手の体型って作品キャラを左右するよね・・・痩せたい;)、最近の池田先生も美人美人♪
  40周年記念で各漫画家の方々がイラスト色紙を寄せていて、それはミュージアム記念本(一般書店で入手可能)にも掲載されてますが、池田先生の他、自分的には「美」と一文字書いた声優田島令子さんの色紙と、さいとうちほのオスカルのコスプレをしたウテナと、オスカルに抱かれたのだめのぎゃぼーん!かなぁw「姫ちゃんのリボン〜」の水沢めぐみさんのオスカルとアンドレなんてめっちゃ似てたよね。
  展示されていた紅いオスカル人形がジェニー顔だったんだけど、カレンダージェニーの12月服?・・・って気のせいか。あれは発売停止措置だし(笑)。いつか市販されて欲しい気もするな。(タカラのオスカルとアントワネットのキーホルダーは持ってます。あとセガのフィギュアも持ってる。)
  単行本や連載誌表紙のカラー原稿のコーナーが一番最後でしたが、見れて感動した。さすがに40年前で薄い紙に描かれているのでさすがに痛みもあるけれど、やっぱり本物見れたのは感動でした。それと、現代の印刷も相当頑張って色補正をしてるのが偉い(水彩の色がそれほど落ちていないとは言っても彩度は今の絵具と違うので)。でも絵にかけた気持ちと魅力と技術は全く生き生きとしたまま。素晴らしい展覧会でした。
  物販ブースでもポスターや絵葉書やミニグラスとミニ皿買いました。結構◎な会場限定品が多い展覧会なので、今後福岡・大阪会場などに行かれる方にはお勧めです。
  やっぱりオスカルやアンドレはかっこよくて、マリーアントワネットはけなげで素敵だって事かもしれない。会場は華麗でめくるめく世界でした。すごい混雑だったけど(笑)。・・・いやー行って良かった♪。しばらくは余韻にひたりだいです。(2012_9/25 /28加筆)


◎ と、「真珠の耳飾りの少女」について下のように色々書いて来て、ターバンについて書き加えるなら・・・ターバンを付けている人をイスラム圏他中近東圏の人と素直に考えるなら(当時はまだターバンをつけた人々はオランダには来ていなかったそうだが)、仮にそういう女性がこの絵以前のヨーロッパにいたなら、魔女扱いされてしまっていたかもしれない、って事で。当時のヨーロッパには、14世紀から17世紀末までの4世紀間、魔女狩りという悪しき因習があったわけで、イスラム教徒なり異教徒なりは魔女として処罰されていたかもしれない。
  つまり、この少女はターバンを付けているわけだけど、少女がそのような遊びをするのは、フェルメールの時代以前では不可能だったのかもしれない。基本それらの宗教はキリスト教世界では敵認定の時代だから。で、フェルメールがターバンを付けた彼女を魔女のように描いているかと言えば当然そんな事は無く、まるで貞女というか聖女のように、魅力的に描いている。
  そこにフェルメールの主張があるとするなら、「少女の魅力というものは悪しきものでは無い」という主張なんじゃないかと思う(自分も大体そう思う)。昔は魅力的な女性を魔女扱いするような因習があったわけだけど(まぁ、魔女狩り大好きな連中多いよな、コ●ケスタッフとか)、そういう因習の丁度終わりの時期にフェルメールがこのような絵を描いたのは、けして偶然ではないと思う。フェルメールは多分、仮にこの少女がイスラム教徒やインド教徒であったとしても、イスラムなりインドなりの貞淑さや美がある、というように思っていたのじゃないかなぁ・・・推測。
  そういう意味では、ある種世界の文化に対する寛容さというのが芸術の世界にも見え出してきた頃で、それはつまり平和な世界に通じる。やっぱりこの絵は名作だと思う。 (2012_9/23)


◎ また、八王子夢美術館では、11/11まで「オールドノリタケのなかの女性たち」展を開催中。
これは意外とドール好きの女性におすすめかもしれません。早めに行きたい。(2012_9/20)


管理人は男ですので、念の為!

◎ マウリッツハイス美術館展、行って来ました!!例によって最終日(^^);
  本当にこの展覧会は行きたかったので、ぎりぎりでも行けて良かったです。しかし当日は出かけようとするたびに本降りの雨がザーザーと・・・歩きで駅まで行くタイミングを取りづらかった。
  とにかくよりによって最終日が祝日だった為に、やっぱり行列で、表で行列あるわ中で行列・・・それはまた後ほど。
  全体は風景画、歴史画、肖像画とトローニー、静物画、風俗画に区切られているんだけれど、フェルメール作品の他、ルーベンスやレンブラントの作品も来ていて、それらを見れた事に感動しました。どの絵画も良くて、どの方がとは言えないんだけど、なんと言ってもルーベンス!!『聖母被昇天』は小さい下絵の展示だけど、全てが聖的で荘厳でドラマティックでかつ繊細で美しくて、衣の流れなどはとても普通の才能では考えられないって思いました。逆に追いつきたい表現だと後世の方々が思ったのも解る。
  繊細で美しかったと言えば『四季の精から贈り物を受け取るケレスと、それを取り巻く果実の花輪』(ヤン・ブリューゲル(父)、ヘンドリック・ファン・パーレン)という絵で、それが繊細で本当に豪華。共同制作だそうだけど、比較的中サイズの絵で大きな絵画ではなく、でも本当に綺麗な絵だった。
  豪華なんだけど、それはあくまでも果実や花々と女神や四季の精の裸体による豪華さで、金品や宝石による豪華さではないわけで(絵画的には、それらが出てくると地上の物語になる)、その豊穣さ自然さ素朴さが、素晴らしい絵だと思いました。というか、オランダってそういう国だと思うので、すごくこの美術展を象徴している絵だと思いました。
  レンブラントは「スザンナ」が美しさも格調もあって良かったし、レンブラント自身の晩年の自画像も、なんか写実的なのに自身の良さも老いをちゃんと表現したいという画家の誠実さを感じて、あぁ、ありがたいなぁという感じでその場の人々全員が見てたと思います。
  『真珠の耳飾りの少女』もちゃんと見れました。フェルメール作品は『ディアナとニンフたち』と2作品来てたんですが、どちらも素晴らしかったです。
  『真珠の〜』の感想なんですが、どうしようか、書いていいものかどうか。自分がこの絵を知ったのは小学生か中学生の頃、教科書に載っていた写真などからで(大体みんなはそうだと思いますが。昔は「蒼いターバンの少女」というタイトルだった)、その頃から綺麗な女の子だなぁとは思っていた。で、やっぱり当時のつつましやかな女性(※自分が子供なので年上だと思ったんだが)の理想像みたいなものだと思っていた。多分そういう理想的絵画として教科書に載せた人も紹介したんだろうけど。私的に想った事や気づいた事を本物見てない人に書くのって何か・・・って気分ではあるんだが。
  まず、展示ライトの暗さのせいかもしれないけど、印象が全然違った。例えば印刷物や美術書なんかではもっと穏やかな優しい絵を想像するんだけど、なんていうかもっと強くこっちを見てくる絵です。技術的にあっさりしてる所もあるけど、基本的に重厚な所は重厚だという。印象、グロスなので魅惑性もあるし。で、タイトルは「真珠」なのに、1列目で見る為に何度並んで も真珠に目が行かない。やっぱり目とか顔に目が行ってしまう。
  理由はこの「少女」の目がこっちの内面まで見透かして来る視線だからで、なんていうか、この少女は僕が印刷物を見て思っていたよりずっと好奇心旺盛な子だという気がした。つまりこの絵にとって一番大事なのは、やっぱりターバンでも真珠の飾りでもなくこの女の子そのものだと思いました。
  実際この女の子が子だくさんだったフェルメールの実の娘だか関係ない別の人だか奥さんの若い頃だか全く不明なんだけど、フェルメールが彼女を相当「好き」だった事は事実だろうと思う。
  で・・・この時代にフェルメールのいた所にはターバン(ラピスラズリを砕いたものを亜麻油で溶いた所謂フェルメールブルーで、)を付けた異人が来るなどという事は無かったらしい。だからもしかするとこの少女は異人の扮装で衣装遊び(直訳すればコスプレなんだろうが)か絵の為に着付けられた姿をしていたようなんですが、それで僕が思ったのは、何でこの絵は 振り返った所 を描いたんだろう?と。
  なんていうか、夜の闇に浮かび上がってる少女の姿で、好奇心旺盛で人を見抜く子で、しかもターバンなどで衣装遊びをしていて(異人のイメージ画かもしれないが)、唇のハイライトは濡れている事を想像させていて、それは「誘ってくれている」とも「振り返ってくれている」とも取れる。多分フェルメールはどっちとも取れるように描いたんじゃないだろうか。そして、多分この少女は描き手より「先」を行っている。もしかするとフェルメールにとっての時代の先かもしれない。
  「女の子に振り返ってもらえると嬉しい」「女の子に先に導いてもらえている」という事かもしれない。フェルメール自身も、自分が少女より優れているだなんて全然思っていなかったんだろう。しかもそれはおそらく市井の普通の少女で。市井の少女をただ描くという、時代の変革。
  で、実際この少女画は、もう無数の人々を絵画の世界に導いてきたのだと思う。絵画の世界以外にもすごい影響を与えてきたんだろうし、文字通りのinvitationをしてきた招待者で文字通りのファムファタール。で、現代に至っても彼女の絵はアイコンみたいに使われて(やり過ぎ;)いるし。Vermerr is Farewell. 文字通りの永遠。 Johannes Farewell.
  ・・・真珠の飾りに焦点を合わせると、やっぱり「絵」なんだよね。ターバンでも同じ。だからターバンや真珠に目を逸らさないのが、正解なのかもしれないと思います。
  もちろん、夜を彼女と過ごせる事の幸せ、その幸せを感じた瞬間を永遠化した絵ともいえるし。
  この作品については1列目の観覧は行列だったんですが(一回につき数秒しか見れない)10周しました(笑)。でも10周しただけの発見はあったと思う)

  (この先の事は書いていいものか結構迷うが・・・彼女が誰だとしても、フェルメールは43〜44歳で逝去してるので、必ずしも幸せな別れでは無かった可能性もあり、その辺で色々想った事が多いのだが。
  20世紀になって名前がほぼ同じ語源のHans Bellmer が女性の心の闇をも描くような作品を描いているので余計にそう想うのかもしれない。まるで時代を超えてコインの裏表のように逆のベクトルに向いた表現だが。
  そして、彼女がフェルメールを未来に誘っているとして、これが仮に別れ際の印象であるなら、その彼女にとっても男尊女卑の著しい当時では、彼女の行く先も闇かもしれない。ただ、仮にそうだとしてもこの作品の口元が「またね」とでも言うべき笑顔なのは希望だと思う。美術を諦める多くの人々にもそうだろう。
  美術芸術としては、僕はこの少女画が大好きだが、ベルメールはベルメールで重大だとも思う。)

  この「真珠の耳飾りの少女」は十数年前に神戸に一度来日してて今回再来日。キュレーティングがやり直されているので、印象は違うかもしれないけど、結構ライティングが暗かったので、どれだけ違ったかは僕的には判らないけど。
  ディアナとニンフたちもフェルメール作品で、神話題材で、大人の女性、とくにその身体の量感が見えてくる絵としては、かなり少ないと思うので、そういう絵をフェルメールがどう描くのか?ってのは知る事ができて本当によかったと思います。ていうか見る限り衣装は一般女性っぽいのに、神話題材の絵だという・・・。顔つきとかポーズとか持ち物で、格を見せてなんとなく神話っぽさを感じさせているので、なぜ神話題材と納得してしまうのか不思議と言えば言える絵。
  肖像画の所では今回の展覧会で一番時代の古い作家であるフランツ・ハルスの「笑う少年」という肖像画が展示されてたんですが、もう本当に満面で笑ってる(笑)。どちらかと言うとアメリカの広告画みたいな感じで笑ってるんだけど、つまりは「市井の人々を描く表現」の嚆矢であり、笑顔をまんま肖像画にするっていう、それがかなりの発想のジャンプだったんだなぁ、って事で、展示されてるのが当然の絵ではありました。
  あと風俗画の所では「牡蠣を食べる娘」が小さいのにとても繊細で丁寧な絵だったんですが、カップルが絵とキャプションを見ながら「誘ってる?誘ってるよね!」と笑ってて、そういう会話を聞けるのもまた楽しいというか。・・・あとこの展覧会最後の絵「親に倣って子も歌う」(ヤン・ステーン)という、ある家族の酒飲み騒ぎを描いた大きい絵画があったんですが、なんか見ている内にボロボロ泣けてきて。キャプションでは風刺画で、「大人が子供に煙草を勧めている、この親にしてこの子あり」という内容だと書かれていたんだけど、親子世代揃ってそんな馬鹿馬鹿しい事をできる普通の家庭の幸せというか、普通に幸せでいれる時間のかけがえなさってのを感じた気がして、もし見ていて無条件に泣ける絵があるとしれば、この絵だったと思います。いや僕の家はそこまで大騒ぎしない普通の家だけど。
  ルーベンスの『聖母被昇天』は、なんていうか僕にとっては「そうあれかし」という絵なので、どちらかというと決意をさせる絵なんだよね。色々な意味で。本当に。
物販ブースではクリアファイルとか絵ハガキとか、母親用に「真珠の耳飾りの少女」のミニチュア額縁ブローチを買いました。これは喜んでもらえたので良かったです。
  マウリッツハイス展は 神戸市立博物館 で巡回展示されます。ていうか、神戸の館長の方が初来日の時に美術館の方を説得した方なので、神戸サイドなくして今回の展示は絶対ありえなかったわけだけど。

  また、隣で「真珠の首飾りの少女」を展示していたベルリン国立美術館展(国立西洋美術館)も終わってしまいました。寂しい・・・マウリッツハイス展は基本的にマウリッツ氏の像以外は立体が全くなく、時代も17世紀オランダ・フランドルに限定された作家作品のほぼ完成した油絵(下絵含)の展覧会だったので、ベルリン展の方がもしかすると技巧的には勉強になる展覧会かもしれないんですが。マニエリズムの「ルクレティア」とか、なんか近年のドールや女の子絵にもつながるデッサンバランスだよね。・・・国立西洋美術館はやっぱり優れた展覧会をしてたと思います。東京都美術館は(説明しづらいが)権威的演出をする事があると思うので、美術館としては僕は国立西洋美術館が好きかな。ベルリン展については、福岡近辺の方々は九州国立博物館で10月から巡回展示があるらしいので是非。(9/18)
  下は武井嬢(誕生日がクリスマスらしい)がパブやボイスナビで着た衣装。下半身などかなり考証と想像で作られてます。(9/25)



◎  右の画像はMXテレビで放送開始したアッコちゃん(2作目)のコンパクトと、
  ジョニーデップの出たアリスインワンダーランドのアリスの絵皿。
  綾瀬はるかばかりがフィーチャーされたりCMで目立つ映画のアッコって;本来子役の子とダブル主役じゃん;
  アリス役のミア・ワシコウスカなんて魅力的だが20歳。そういうアリス映画は一発ネタとしては許せるが、
  仮に今後大人のアリスや大人のアッコしか前面に出すなという規制があるなら、あまりにアスペルガーというか、神経症的だ。
  綾瀬はるかは嫌いじゃないけれど、なんだかマーケティングを間違ってる。 
  プリキュア好きが叩かれているのも変は変なんだが。なんだかな。変だよ。
  「アッコ」はマーケティングを間違ってはいるが、面白そうなので見たい事は見たい。微妙。(2012_9/11)


◎ ここに大人形博の感想入れる予定。写真も可能な限り入れます。


◎ ↑↑ 「念の為!」を「年の為!」と洒落たつもりだったんだが、本気で漢字間違いに思われそうなので元に戻しました。


◎ ノーマルでもちゃんと見れる「大人形博」の感想の前に・・・品川からの帰りがけ、渋谷bunkamuraの「Another〜眼球と少女たち〜」展に行って来ました(既に終了済。ホラー映画関連の展覧会です)。以下、美術者以外には、妙にハードル高い話。
  ホラーアニメのAnotherは、一応さらっと全話見てはいるけれど、スタッフのスタンスに疑問を感じる作品だったのは確かで、けれども自分は結構(前から書いているように)かなり以前から恋月姫さんの人形とか山本タカト氏の作品は好きなので。
  (確か親戚に某未●●がトレーディングカードの題材を探していると聞いた時に、企画的に恋月姫さんの人形トレカや、山本タカト氏の作品を題材にしたらという企画書送ったんだけど、ファンが少なそうなのでダメだと返事が来た事がある位)
  で、それはともかく、実はこの展覧会には相当行こうかどうしようか迷ったのだが、理由は別に例の叩き連中が会場に行くぞ行くぞとか予告出してたからってのもあるけれど、それ以前に、企画側のスタンスが結構気に要らないからだった。まずはタイトル。まぁ当然ヒロインのミサキメイが片目を子供の頃失っていて、義眼である、ってのはあるんだろうけど・・・
  まず球体関節人形の黎明期の事から書くと、女性型の球体関節人形(元々ドイツのデューラー派の関節人形などがあり、19世紀以前からジュモーを代表とするビスクドールは存在するが)を有名にしたのは当然ベルメールなんだけど、彼が挿絵を書いた作品でバタイユの「眼球譚」って’グロエロ暗黒文学’とネットでも言われてるような作品がある。で、ベルメールはそれに挿絵を描いていて、ていうかベルメールは解剖学的な絵が結構多いので線画がグロい事は確かなんだが・・・ちなみに眼球譚について単純に4コマにした人もいるわけで(http://blog.chakuriki.net/archives/51230733.html)
  で、つまりAnotherはとても普通にホラーなわけだが、今回の「眼球と少女たち展」の場合、単なるホラーじゃなくて、変態性欲者とか連中のいう変態紳士みたいな人々を釣っているんだろうな、ってのはタイトル的に見え見えだった。で、それはかなり企画の上の方から(K川編集なり社長なりもしくは原作者レベル)タイトル提示されていると思ったので、それが気に入らなかったわけだった。
  Anotherは明らかに14歳以上の少年少女から見ているのでそういう少年少女が展覧会に行っても別に構わないんだが、そういう変態紳士を誘うようなタイトルってのはなぁ・・・って感じだったわけです、マル
  変態紳士と少年少女の社交場になっちゃうと嫌じゃないですか。まぁ、期間中は交流もあったんだろうけど。なかった可能性もまぁ0ではないが・・・はぁ;
  作品自体を仮にエロティックだとして、ちょっとアングラ系が入っているとしても、そういう人の集め方をするかなぁ、って事で。作り手じゃない人が人を集める時の集め方だよね。ベルメールの人形写真は好きでも、サドやバタイユは嫌いだよって人もいるわけだから。
  ていうか何よりも僕のカンに触ったのがね、展覧会紹介文に書かれていた、
  >「原作に インスパイアされながらも 囚われず、より大きくイマジネーションを広げてゆける個性を持った、各分野で活躍する20余名の作家陣」
  あのなぁ・・・って。彼ら作家が自ら自主的にインスパイアされたのか?って・・・。依頼でしょ?と。オッドアイ(左右色の違う目)のキャラクターなんて昔から少女漫画やアニメ界(オルドナポセイダル他)にもいるし、もし変わった設定があるとしたらそれは「義眼」なんだろうけど、アニメのAnotherだって佐吉氏のお店にあった人形群他からインスパイアされてるわけだし。書き方が・・(憤

  で、行ってみると、いい作品もあり、そうでないのもあり・・・という感じで。確かにグロエロもありました。
  ただ、恋月姫ドールとかは本当に素晴らしかったし、いい作家の作品は良かった。ただグロい作品も多かったし(特に三浦悦子さんの人形は渋谷のマリアの「地獄太夫展」などで出てきた日本人顔のフランケンシュタイン的死に接したような呪いの人形的ドールが多くてそっちはきつかった。どちらかといえばハサミ使ったレリーフの方がまだ・・・と思ったが、首折れてるしなぁあれも・・・)。   テーマは解るが、うーんって感じ。森馨さんの人形は素直にクリアな感じで結構良かった。寺田克也氏はCGでノリノリだったし(ライダーWのクレイドール・ドーパントの延長のような絵だった)、高田美苗さんの絵が一番いかにもな少女っぽさでかわいかった。
  でも当然、依頼なしに描かれた風にはみえない。「インスパイアされて」って表現はおかしいと思った。
  でも山本タカト氏の作品は確かにいかにも少女としてテーマに合っていてホラー系グロテスクありでも魅力的だったし(山本氏の絵にはバタイユ的というか妖怪的意味で眼球は入っているんだが)まぁなによりかわいかった(笑。五反田以来展覧会行けてなかったけど久々絵を見れて良かった)。山本氏の作品や諏訪敦氏の鉛筆画を生で見れたのは、来場客にとっても良かったと思う。
  諏訪敦氏については「日曜美術館」で「記憶に辿りつく絵画〜亡き人を描く画家〜」というのをやっていたが、氏自身は極限まで精緻に対象物を描こうとするタイプの作家で、あの集中力たるやなく、写実画家(スプレーを使うスーパーリアルイラストなどというものではなく)の中でももはや磯江毅氏無き後では・・・って感じの画家の方なんだが、松井冬子さんを題材にしたり、舞踏家の死までを追ったり、ある意味極北を見続けてる画家だと思う。・・・って自分が諏訪氏に興味を持ったのは、「美術の窓」誌に「thread」が載った頃だから結構前だと思うけど。
  で、鉛筆画で花を食べている女性の絵が1枚展示されてたんだけど(花を食べるって、吸血鬼がそうだと言われているんだが)、もうこれは絶対勝てません参りましたと思う少年少女がとても多いだろうという精緻さで、この絵を見れた少年少女は、美術芸術ってここまでしなきゃいけないものなんだ!!と思って真剣になってくれるかもしれないなぁ、とは思った。(いや、自分は彼がすごい画家だと思ってみてます。自分と同じ年なので。しかもお子さんもいるのにこういうストイックというかペシミスティックな精緻さを維持できるってすごい事だと思う。逆に「thread」とかはすごく強いポジティブなテーマなんだけど。)
  フロアの女の方にさりげなく聞いてみると、「展覧会タイトルは多分バタイユから来たのではないと思うんですが・・・」と言っていたけれど、バタイユ自体を知らない方だったので彼女がタイトル決めには関わってないな、って事しか僕には判らずじまい。


  恋月姫さんの人形については、近年の展覧会に出してない新作が非常に多く、また、Another用に作られたドールが3体もあったって事でそれはびっくりした。指の関節が多いのも。1〜3の中では一番魅力的なのは自分的に伏し目がちな3の子(3体の中ではこれだけ販売されてた)だけど、よく見るとオッドアイじゃなかったので意外。
  顔の型自体が日本人的にまとまっていたので、それがいい感じでした。映画プロップとしての使用もあるので、指が可動したり結構解りやすい造形だと思った。
  過去の展覧会と重複するドールが多いかと思いきやそうでもなかった。クレイ系作品は無かったし、イノセンスの球体関節人形展の時に初お目見えだった、Das Seele1の子や月蝕1の子(ともに130cm)を久々見れたのは本当に良かった。血の涙を流す少女の「わたしはあなたの中にある」は、2000年だから彼女が一番古いのか。良かった人形は「水底の百合」「甘い誘惑」「凍る刻」など一杯ありましたが、ホラーじゃないよね。見てて幸せになれるというか。結合双生児ドールも綺麗だったし(ヘッドは何型だろう?コンセプ加工かと思ったらこちらもビスクらしい)・・・何でホラーくくりにされてしまうのか・・・(そりゃホラー映画出演したから今回の展示なんだけどw)
  バタイユの例の話になぞらえるなら、死からの視線とか、そういうテーマもあるのかもしれないが、むしろバタイユの話は少女が自らのどうしようもない性欲を神父の眼球に直視してもらいたいって話だが、まぁアバウトに「ホラーくくり」「義眼・眼帯くくり」での展覧会なので、そのアバウトなくくり方がなんとも納得行きかねた、わけだ。(※オッドアイならミサキメイを描いた作ったって感じなんだろうが、オッドアイばかりじゃAnother全体を表現している風に見えないって事で・・・)
  ていうか自分も既に結構年なので、Anotherの作品中でも、感情移入できるのは榊原君や望月が半分、結局は千曳司書に感情移入して見てたわけなので・・・
  ていうか恋月姫作品の周りを若者たちががんがん歩きまわってたのは見てて怖かった。それこそ、おいくらか気づいてないだろっ!って(笑)。

  展覧会の内容としては、なんというかこれはK川主導じゃなくて、トレヴィルだとかアップタイトだとか、夜想だとかがやるべき展覧会って気がした。ていうか物販ブースの販売物も明らかに他社製の書籍ばかりで、K川としては販売メリットが小説と映画ムック本とアニメDVD以外にあるのかって感じに見える位で・・・山本氏の画集も諏訪氏の「どうせなにもみえない」も別にK川じゃないだろってのもあるし、恋月姫人形の写真集は人形姫と人形月(通常・特装)があったけれど、あれも小学館・・・。
  いや、一番こういうのが向いているのは、「S」の飛鳥新社なんだと思うんだが、あそこも事実上ポップティーンを編集者ごとK川に渡している時点でK川とは分離しているわけだしな、って。
     自分的にはこういう展覧会をK川が開催する以前に、かなりそれぞれものすごい才能を持ち努力をしてきているの作家さんが揃っていて、その積み重ねの上にこういう展覧会があると思う。だから、「インスパイア」なんて一方的書き方は「良くない」と思ってイラつくわけだけど。
  ただ、主催を認める点が仮にあるとするならば、この作品群を若い子たちが見れる場を作った(しかも入場無料)って事に関しては認める。おそらく若者にとってはこれらの作品はAnotherって作品より、はるかに、はるかに、巨大な謎だと思う。その謎が解ける日が彼らに来るのだろうか。来ない方が幸せだ、というのも確かなんだけどね。むしろ来ない方がいいんじゃ?ってのが僕の主張(笑)。
  (既に会期終了しているので。この文は集客には影響なしでFA。 2012_8/30)
  

◎ 大人形博2012終了!最終日に行けて良かったです!! 

  感想はまた後ほど。いや、凄まじい量の展示でした。リカちゃんも凄い量。

◎ 大人形博については、実はずっと前から知ってたし、本多さん他からも先月から見に来るように言われてたし
  自分も好きな日本玩具文化財団系のイベントなので行きたかったのですが、
  例の叩きの一人fox_zero(ohga000)から僕個人に対する結構悪質な嫌がらせメール(画像)が届いたので
  (その件は会期終わったら書きますが)、困った事にまだ行ってません。
  本多氏他には事情伝えてますが・・・とりあえず僕以外は大丈夫だと思います。皆さん行って楽しんで下さい!!(8/21)

◎ ていうか、自分の友人というか知人の某オタク向けチェーン店(北は北海道から南は九州まで)のドール担当だった某女性店員さんが退社してしまった。SD系の人ならお世話になった人が多いと思う。結構仲良かったのでいまだに心配なんだが、理由はあくまでも社内の問題らしい。
  ていうか、その人、かなり長いこと同チェーン店のドール担当で、多分SD系では一番の人だったんだが、彼女自身が2〜3年間仕事を教えたやっぱりドール系の別店舗の後輩と、ファックスでやりとりしている内にノイローゼになってしまったらしい。問題だったのはその後輩が表向きはまともなのに、裏ではファックスでネチネチ延々クレーム付けてくる事だったそうだ。
  しかも、その後輩は大卒なのである意味キャリアで(実際幹部養成用の店舗勤めで)、知人店員が仕事とかドール系の鑑定価格他を後輩に教えても、結局は教えた友人店員の地位を後輩がすぐ追い越してしまう事になるらしい。それでなんか空しくなってしまったようで。退社話は僕が聞いた時には既に相当強い意思だった。
  当然、知人店員さんの味方も勤務先の店舗にはいて「やめないでくれ」と言っていたようだし、僕も「状況変わるかもしれないじゃん」とは言っていたんだけど、そういう事で済むような問題ではなかったみたいで結局やめてしまった。ひどすぎ。
  で、彼女がやめたわけなので、実際の所あのチェーン店全体で一番SDやDDについての知識のある人がやめてしまった、って事になる。ここで書きたいのはそういうのってSD者やDD者にとっても残念かもしれないんだが、残念なんじゃないのかな、という事で。なんていうのかな、データがあれば大丈夫って事なんだろうか。
  (ていうかSDやDDは昔からあるリカちゃんやジェニーなどのジャンルと違う最近のジャンルなので、ほぼ彼女が同チェーンの鑑定評価基準データを決めてきたようなもんで。で、ネット等ともちゃんと折り合う値段にしてたわけだから、えらかったよなぁ、と。)
  彼女自身は「●●さんと2人でドールやってた頃が一番楽しかった」としみじみ言っていたけれど。N店勤務の●●さんによれば「よく続いたと思う」「他に勤めるのなら年齢的に早い方がいいのかも」との事で。まぁその●●さん(乃至バックの某女性店員さん)がなんとか出来なかったのかって事でもあるんだけど、確かに新規一転の方がいいのかもしんないよね。頑張れーっっ!!!!
  まぁ、彼女の愚痴だったらいつでも聞くけれども(電話は通知でよろしく)。なんだか寂しい。 (2012_7/4)
  ※ ていうかむしろボークス系などドールメーカーに再就職してもいいのでは?って感じだが。多分SDやそれ以外のメーカーのドールにも詳しいだろうし。美術的勉強もしてた人だし。


◎ ていうか、リカちゃんの母方のおばあちゃん、香山洋子さんが発売らしい(◎◎)
4/26発売なので、もう発売されている筈です。各サイトの更新もそろそろかなぁ
洋子おばあさんはロイヤルローズというお店をやっているらしい。
僕もエレーヌおばあさんは一応持ってますが。ソフビ化したかこみくげんもそろそろ定着?


◎ 最近は予告もなくひっそり更新したかったんですが、なんか「カーネーション」でまた着火してしまいまして、何かやるかも。
  ていうか最近色々な所が1/3サイズや1/6サイズで萌えアニメのキャラクターの女子制服姿を売ってて揃いも揃ってミニスカートなんですが、
  いくらアニメ作品の中のキャラだからって、最初から制服スカートがミニってのは違和感ないですか?あれって腰の所でみんなたくしあげてるわけだし。中学高校で女子のスカートを最初からミニ設定してる学校って、多分無いよな。
  だったら、最初たくしあげる前の形で縫製して、その後たくしあげ縫製してほしい気もするんだけど。ていうかそこまでこだわるならブラ付けなきゃならないしコスト上がるからか?うーん;
  特にけいおんとか、リアル感ある話なのでドールもその線で行って欲しいんだけども(いや例えなんですが 4/5)


◎ 今年も四谷シモン先生の人形教室の団体展「エコールドシモン人形展」に行って来ました。
  ブログが面白くていつも見ていて、気づいてはいたけれど、生徒さんからのDMが届いてやっぱり行かねば・・・って感じで。
  多忙でぐだぐだしていて行ったのはまたしても最終日。でも楽しかったです。
  どの生徒さんの人形も個性的で良かったです。いやかわいいのがたくさんあった。
  他の人形教室の展覧会とはまた全然傾向が違ってるのも面白い。どこの教室が一番ってのではなく。
  (自分は成田氏の所を辞めた時に自分はもう誰にも師事しないと決めていて、それがBESTなのですが。)
  ていうか、やっぱりシモン先生の姉弟3人の人形が超かわいかったです。
  いや、今回のお姉さんの頭のてっぺんのちょうちょ風リボンは、アニメのアリス風。
  ベルメールの画稿や人形写真に昔からあるので、この世界での伝統と言えば言えるけれど、
  あぁ、アニメ「ハイジ」のクララのリボンもちょうちょなので・・・クララの人形作りたいんだよ僕は・・・
  そう見ると今回の3人はペーターとクララとハイジ?もう一人のお姉さんはハイジっぽくないか;
  とにかく今回も四谷シモン先生の人形は超素敵なのでした。マル!!
  紀伊国屋画廊が閉廊なので、あそこでの展覧会は今回が最後との事。でも次回が楽しみです!!(3/26)

◎ いや、それにしてもカーネーションは面白いです。尾野さんから夏木マリさんに変わっちゃったけど
  面白いものはどうひっくり返ったって面白いんだよなー。最近なんだか昔の「風見鶏」のラストの展開を思い出す。
  この間インフル(治りました)になった時のお医者さんのロビーにコシノ家関連書籍があったんだけど
  レディリカのマキシコートそっくりの服があったりして。誰の服だったっけ?ちょっと調べて後で更新してみます。
  それにしても、風見鶏の最後の2回分のフィルム、NHKにないのか!!悲しすぎる!!
  誰かNHKにあげて欲しい。それにしても最高視聴率48.2%とは、やっぱり伝説だよね >風見鶏
  (※風見鶏のラスト展開は、確かドイツから主人公女性の孫?か誰かがやってきて、主人公のぎんに、
  「僕もパン作りを勉強してます」とパンを焼くんだが、ぎんは「貴方のおじいさんのパンはこんなもんじゃなかった」と言います。
  青年にぎんがパンを焼くと、青年が「おばあさん、僕を弟子にしてください」と言って、
  神戸でパンを学ぶ事になるという、そういうラストでした。今でも覚えてます。自分の中では不朽の名作です。)(2012_3/10)


◎ ていうか先日オークションで出品されていた70年前後のタカラ玩具のカタログが、とんでもない値段になっていて驚いた。
  72年が16万、 73年が12万で、70年が3万円位。変身サイボーグ系が乗ってるのが高いのか?わからないけど、
  いくらなんでもこの金額は傍目に超驚いた。こっちの本はね、ボロいの持ってるんだけど。
旧だっこちゃん当時のタカラファンとしては、いつか欲しいパンフではあるよねー(2012_3/10)


◎ 先日放送の有吉AKB共和国でいけくみブログの管理人さんのリカコレクションが出ていて、壮観だった。
  紹介は結構アバウトだったんだけど、いやー、とてもとてもすごい物でした。
  僕はピチピチリカちゃんも集めたいのに、お洋服がまだ一着もないよ、そういえば;
  玩具系で懐かしのレアアイテムがテレビ紹介されると、やっぱりテンション高まるよなぁと。
  同回で紹介されたマジンガーZのソフビ光子力研究所セットがものすごい値段だったのにもびっくりでした。
  ていうか、いけくみブログにベ●ばら風あいこちゃん載ってるね。
  中野ブロードウェイ2F某店で売ってた事あるけれど、僕は買えなかった( とほほ2011_10/25)
  

◎ 人形屋佐吉氏の人形展示室「マリアの心臓」が、10月23日で閉館することになったそうです。
  昔のアンティークドールや、四谷シモン氏、恋月姫女史などの作家さんの
  球体人形やイラストなどを展示していて、独特の雰囲気が好きだったって人も多いかなぁ。
  自分も年に何回かしか行けなかったと思うけれど。オーラスに是非。(2011_10/15)
  ・・・P.S. 最後の展覧会行ってきました!エレベーターを降りると四谷シモン氏の人形がお出迎え、
  非常に充実した内容の展示だったです。恋月姫ドールの「レクイエム」も久々見れました。
  恋月姫ドールは、コンセプトドールも含めて何体も展示されてました。
  秋山まほ子さんは、マリア閉館によせてグリーティングボックス風の作品を寄せてたのですが、
  ファンタジックで想いのこもったとても美しい作品だったです。
  清水真理さん三浦悦子さんや故・天野可淡さんなど、マリアおなじみの作家さんの人形や昔の人形も展示されていて、
  同時に横井まい子さん(多摩美系)のアリスやオズの魔法使い系の油彩の個展もしていました。
  アリスやドロシーに代表される少女の心象ってのは、女子の年齢に関係ないと思わせてくれそうな絵画群でした。
  「パラドックス」はカウンターの方によるとオーナーが「処分」したそうで、誰かが引き取ったようです。
  このクラスのお人形を引き取るってよほどお金がないと無理だよね。大事にされるんだろうなぁ。
  自分もお金さえあったら、この作家さんの人形は全部欲しい!!って作家さんはいるけど、全然お金がない無情・・・
  また、どこかで展覧会開催される可能性はあるそうなので。それまで人形との再会を待ちましょう、待ちましょう。(;;)/   (2011_10/24)


◎ 東京多摩地区、永山駅(京王新線・小田急)のグリナード永山の手芸のお店(くまざわ書店のある3階)、
  「洋裁材料・手芸の店 コバヤシ」さんが、35年間続けてたお店を、9月27日で閉店する事になったそうです。
  大規模店じゃない家庭的な店だけど、生地やボタンや手芸用品など、地域で買ってた人もいるんじゃないかと思います。
  閉店という事で、全品2割引、5割引セールの品物もあります。色々品物を見てみると色々楽しいと思うので、是非。
  (自分はドールレストア用生地など買ってたんですが・・・ 一応許可済告知でした マル 2011_9/20)


◎ 「日本着せ替え人形協会」の本多淑人氏と、ヴォーグ学園関連の染谷知孝氏の2人展のパート2に行って来ました!(既に終了)
  中野ブロードウェイの中野画廊アヴェニューで開催されています。今回、本多氏的には、90年代からの映画モチーフドールや、新ジェニーを使ったドレスがメインでした。
  新ジェニーはどれもカワイかったり魅力的だったり。ヴォーグ学園講師さん達とのコラボドールが多かったです。
  ヴォーグ学園の講師の方々の実力発揮です。  (画像  撮影:自分)
  それにしても新ジェニーがここまでハンドリングできるのがすごい。日本製新ジェニーは当然超美麗ですが、髪結いしなおした市販新ジェニーも相当魅力的でした。
  新ジェニーだからこそこういうポップな衣装になったとの事でした。なるほどそういう良さもあったのか >新ジェニー
  ちなみに本多氏は子供の頃、初代リカ当時からママの髪をパンフ通りに結い直すなどしていたそうで、やっぱり実力発揮です。
  オードリーヘプバーンのイライザの服を来たジェニー、旧作のヨシキが魔界転生の沢田研二の服を来たものや、氏が過去に企画した黒髪リナの細川ガラシャ(;;)なども良かったです。←※そっちも旧作魔界転生版
  今回用に作られた展示スタンドも綺麗です。スタンドだけでも売ってくれ、ってお客さんまでいたそうな(^^);
  染谷氏の今回のイラストもなんか作風がひょろーんと確立されていて(笑)とても面白かったです。
  (この人は実は色彩にも展示法にもこだわりがある方で深いんだけど・・・ひょろーんとw)
  氏のコレクションのキャッスルドールや、活用できそうなブレードセットも販売されてます。僕も1個買ってきた。4本縦ロールのマリーン・・・(爆)

  (2011_9/12 写真は掲載許可もいただきました。かなり撮影させてもらって感謝。)


◎ 母さんの白内障の手術が無事に終わりました!!成功です、良かったです(;▽;)
  実はもうずっと白内障などわずらっていて、数年間点眼薬使ってたんだけど、
  いよいよって事で・・・こないだから2回入院して、片目ずつ、手術完了です。
  なんか目を見ると星がキラキラ状態です♪ 今後は単焦点らしいけど(vv);
  実は手術は今年の3月から決まっていて、東日本大震災の3/11の午前中も、その検査で。
  ・・・震災があったんで、手術中地震起きないかと怖かったんだけど、良かったです。
  叩きの攻撃を避けるために書かなかったので・・・やっと大震災中の肩の荷が下りました。
  医療負担は1割で済んで、保険にも入ってたんで、今回は実質的に負担なかったみたい。
  昭和の少女コミックの「リカちゃんトリオ」の連載で、リカパパが目の手術するけれど、
  40年前は目の手術は本当に大変だった。いまや手術時間30分。本当に医学の進歩はすごい。
  でも目の手術である以上、たとえ1%でも失明の危険はあるから、やっぱり終わるまで怖かったです。
  自分へのご褒美にリカ用パーツのセット落札しようとしたんだけど、元サ●ンはLの人に負けちゃったよ!!(泣)
  ま、自分へのご褒美はよく買ってる気がするので・・・次の機会だねっ!!vv (2011_7/10)


◎ 『 ベルサイユのばら 切手 』を買いました!!いやー、綺麗だ♪
  この切手はアニメヒーローヒロインシリーズの第16集。池田理代子さん原作の「ベルばら」の切手です。
  フランス革命前夜までを舞台にした、オスカル、アントワネット達を主人公にした群像劇です。
  キャラクター的にはオスカル、アンドレ、アントワネット、フェルゼンに、ロザリーと首飾り事件のジャンヌまで(ひー)
  オスカルはフェルゼンとダンスした時の女装(まともじゃん)オスカルまで切手になっていて、
  意外と切手のイラスト自体にも、シチュエーション選びにも、愛がある良いシートです。800円。
  ていうか脇イラスト含めるとオスカル4態、アントワネット3態、フェルゼン2態。アンドレ1態なのになぁ。
  版権は池田理代子プロダクションとTMS(トムスエンターテインメント=東京ムービー新社)になっているので、
  絵柄的にはアニメ版。荒木氏っぽい感じのオスカルたちです。美麗だよ!是非是非!♪
  (2011_6/20)


◎ 母の日ってリカちゃんママの誕生日なの?七夕じゃないの?というクレームがあったんですが
  初代の時にはそうだった、って事で・・・ (感動にうずまく〜 より)
  前にトリオの漫画のページでUPしてました。
  ここは昭和時代のリカちゃんを主に掲載してるページなので、当時にあわせてます。
  2代目リカちゃん以後の、髪をアップにしなくなった以降の初代顔2代目ママは、七夕が誕生日。



◎ 『 リボンの騎士 フレーム切手 』を買いました!
  サファイア姫(王子)が凛々しくてかわいいです!!フレーム切手っていうのは、
  シール切手なんだけど、中央のイラストも更に切り外してシールになります。
  切手はサファイアとチンク(ティンク=ティンカーベルから来た名前だけど正体は違うよ?)と馬って感じ。
  ていうか、真ん中のイラストを切ってシール化したら切手としては使えないので注意。
  付録としてサファイア紙人形着せ替えセットがついてます。「亜麻色の髪の乙女」のかつらとドレスが付いてます。(画像)
  価格は1200円。切手は50円X10枚なんだけどな(^^)。リボンの騎士好きだから買っちゃったよ。
  もうすぐベルばら切手も発売されるみたいです!Check it!!  (2011_5/27)


 
◎ 某リサイクル店に入荷してた4代目リカちゃん(800円)が着てた服なんだけど →
  どこかで見覚えあったのと、裏地のレースのパターンが70年代のだったので
  買ってみたら「思い出のリスボン」でした!!女性的なフリル使いがいい服です!!
  でもここまで赤に染まったり褐色化があるとなぁ・・・2着無いとレストア無理っぽい。
  長期的にはラッキーなんだけど、今の所フラストレーション感じるよねぇーっ・・・;
  オペラピンクのシフォンオーガンジーの具合はかなり良いんですが。
  ちなみにこの服の胸とスカートの白い布地はラメ糸織り込んであるんですが、
  胸の部分とスカートとでは、ラメ糸のパターンが違います(;▽;) (2011_5/3)


水でにじんだリカ絵の写真の修正版の色塗り版 →

リカちゃんキャッスル・業務再開で、バースディモデル受注開始!!
うわめっちゃカワイイ!!♪♪欲しいので頑張ろうそうしよう。とてつもないかわいさです。

よかったね!!リカちゃん持ってのリトルファクトリー社員さん達の写真が感動的。
キャッスルのある小野町は放射能的にも大丈夫みたいです。ブログにあんしん情報が載ってます。
オーダードール、リメイクドール、ともに出荷再開だそうです!!

◎ 「 冬 が 始まるよ〜♪」(←この曲についてはいいと思う)って事で、
  お散歩セットの服でなんとなく庭で撮影。綺麗に撮れました!!
  バックの紅葉はブルーベリーです。いい感じでしょ?♪ (その他写真 
  服の解説は初代リカページにて。

◎ 「初代リカちゃん偽物服」っていうレプリカ製作服のページ(MOZOMOZOさん)を見つけて、大感動。
  下手をするとオリジナルよりも魅力的にアレンジされた服があったり、
  やっぱり好きじゃなきゃ出来ないよなーと思います!!おすすめって事で、勝手にリンク!♪
◎ 新生ジェニーが開始するみたいなんですが、いきなりミリタリー風黒キャップをかぶったデザインはどうなのかなぁと思う。
  ミリタリールックという初代リカちゃん服はあったけどなぁ。
  新作服にはかわいいけどドクロのマークも入ってるらしいなぁ。うーむむだなぁ。
  アメリカLA出身の筈のジェニーのアイデンティティーにあのファッションは合っているのかなぁ。
  多分現時点で女の子にとっての玩具人気はプリキュアの方がリカやジェニーより上なのだが、
  プリキュアは戦士ではあっても、個の感情を本当に大事にしている作品で、「軍隊ではない」んだよね。ここが重要。
  今度のジェニーシリーズがセレブなのかギャル系なのかアゲ系なのか判らないけれども。
  日本のドレス文化を人形に留め置くのは大事かもしれませんが、
  いまいちどういう方向に行こうとしているのか判りません。(2010_7/21)

読みやすくはしたい・・・けどね;

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